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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
20/81

其ノ漆 ── 神ナル者ノミ知ル世界 (7/11)


 時を遡り、広々とした荒野が、乱立する柱の世界へと姿を変えたとき。

 この地形変動が〈六華將(ろっかしょう)〉によるものではないということを、薙瑠(ちる)は理解していた。

 故に、子元(しげん)に〈六華將〉の仕業かと問われたときには、そうでないと答え。

 蜀国(しょくのくに)にいる〈六華將〉の特性を説明した。


 霧の中、至るところで僅かに漂う、火の粉のような朱き光の粒──彼女にしか(丶丶丶丶)視えない(丶丶丶丶)それを、目で追いながら。


「彼女……蜀国(しょくのくに)にいる〈六華將〉が、補助と防御に長けた〈六華將〉だからです。その道で言えば、彼女に敵う者はここには存在しないと、断言できます」


 薙瑠が静かにそう言うと、子元も子上(しじょう)も納得したようだったが。

 やはり引っかかりを覚えたらしい。


 ──ここには(丶丶丶丶)、存在しない。


 その言葉に。


「……ねぇ、ここにはって、どういう意味で言ってるの?」


 子上からそう問われたが、薙瑠は応えようとしなかった。

 別に話しても構わないのだけれど。

 話が拗れる。

 それ故に、今はまだ話すときではないと、そう考えたのだった。

 代わりに彼女は、子元にある提案をする。


「子元様、この状況を創り出した以上、向こうの兵士たちはきっとこの状況に慣れていると考えたほうがいいでしょう。

 そしてこの霧は〈六華將〉が創り出したものです。ですので、〈六華將〉を見つけ出して霧を晴らすことができれば、この状況を少しでも打開できるかと」

「そう……だな。

 ならばお前は〈六華將〉の相手に専念してくれるか?

 魏軍(俺たち)のことは気にしなくていい」

「承知致しました」


 丁寧に拱手(きょうしゅ)すると、薙瑠は再び、周囲に漂う朱き光の粒を瞳に捉える。

 帯に差していた刀を鞘ごと抜き、抜刀はせずに、親指のみで(つば)を押して、僅かに刀身を露わにさせた。

 白い霧に包まれた空間の中で、鞘から覗く桃色の刀身が小さく輝く。

 そして小さな声で、刀に呼びかけるように。


「〈紅桜(くおう)(かすみ)(かた)〉」


 そんな言葉を紡いだ瞬間。

 彼女の姿は、霧に紛れるようにゆらりと消える。

 何処からともなく現れた、桜の花弁(はなびら)のみを数枚、その場に残して。

 しかし、その花弁も、地に落ちる直前でふわりと消える。


 ──と言うのが、他の人から見た時の、今の彼女の様子だ。


「き、消えた……しかも、妖気まで完全に消えてる」

「……あんなこともできるのか」


 子上と子元が呆然としながら呟くのを、彼女はその場で聞いていた。

 その瞳は、しっかりと子元を見ていても。

 今の彼に、自分の姿は映っていない。


 そのことを確認した直後。

 少し離れたところから喧騒が聞こえ始める。

 どうやら両軍が衝突したらしい。


 薙瑠は再び前を向く。

 目標は、恐らく真っ直ぐ進んだ先にいる。

 姿を消している今、敢えて前から仕掛けるのも、ひとつの方法ではある。

 しかし、確実にその位置を把握するためにも、左右どちらかに大きく遠回りをし。

 うまく行けば、背後からの奇襲で仕掛ける。

 喧騒が聞こえるのは左方向。

 行くとすれば──右。


 そんな考えに至ると同時に、薙瑠は静かに左目の眼帯を外す。

 それを懐にしまい、小さく深呼吸をして、その双眸が再び前を見据えたとき。

 地を蹴って瞬発的に駆け出した。


 しかしすぐに、前方に強大な妖気を感じ、同時にその正体が視界に入る。

 体内に、金色(こんじき)の輝きを纏った、翡翠色の〈(はな)〉を宿す鬼。

 彼の周囲には、金色の光の粒が漂っている。


 彼に限らず、〈華〉を宿す鬼は皆、金色の光の粒子を周囲に漂わせている。

 それは〈華〉特有の、謂わば花粉のようなもの。

 〈華〉自体の色は様々だが、どの〈華〉も必ず金色の輝きを纏っているのである。

 故に、この時間(せかい)に咲く〈華〉は、この時間(せかい)に生きる鬼は美しい。



 ──〈六華將〉とは、違って。



 そんなことを考えながら、薙瑠は足を止めることなく駆ける。

 彼──伯約の背後を、青き髪を靡かせながら。

 長い前髪の下からは、左右で色の違う両の目が覗くが、その左目、桃色の瞳だけが、燃えるような輝きを放っていた。


 先が見えないほど濃い霧の中。

 至るところに現れる柱を避けながら、先へ先へと進んでいく。

 何も当てがなく進んでいるわけではない。

 彼女の進行方向の左側で、霧の中を漂う朱い光の粒。

 右側にも漂ってはいるものの、左の方が僅かに量が多い。

 それはつまり、その粒子の持ち主が、そちら側にいるという証。


 花粉が花を中心に舞うように。

 鬼が放つ光の粒も、同心円状に広がる。

 それは離れれば離れるほど少なくなり。

 近づけば近づくほど多く漂う。


 一般的な鬼や人間相手に姿は隠せても。



 桜にだけは──姿を隠せない。



 白い霧の中、風を切り、華服と髪を靡かせながら。

 薙瑠は輝く朱い粒子を頼りに、おおよそ同心円状に疾走を続けた。

 そしてこの辺りで良いだろうと判断したところで、彼女は漸く足を止める。

 粒子が放たれている、〈六華將〉がいるであろう中心を見据えた、刹那。

 彼女は瞬発的に駆け出した。

 目標との距離を一気に詰めていく。


 交戦の始まりは、彼女が己の前方、霧の向こうに黒い影を捉えた瞬間だった。

 霧の中から、突如として姿を現したのは、灰色の毛並みを持つ一匹の獣──狼。

 鋭い牙を持つその口を大きく開けて、薙瑠に向かって飛びかかってくる。

 しかし、その狼に彼女の姿は見えていない。

 それ故に、その攻撃は彼女が軽く横に避けるだけで、容易く外れた──が。

 狼は彼女の方へと、しっかりと顔を向けた。


 匂い、だ。


 鋭い嗅覚で、僅かに漂う人の匂いを、狼は嗅ぎ取っているのである。

 そう察した直後。



「薙瑠ちゃん、久しぶり〜」



 のんびりとした声が聞こえ、薙瑠は声がした方向、狼が現れた方へと視線を移す。

 肩甲骨の当たりまでのびているふわりとした茶色い髪に、薄茶色の瞳。

 全体的にほんわかとした雰囲気をまとっている彼女の周囲には、無数の朱い粒子が漂っている。

 彼女は刀も何も持っておらず、狼もその場に座り込んでおり、すぐに戦闘する気はないようだった。

 先程の狼の先制は、おそらく薙瑠の存在を確認するためだろう。

 そんな考えに至ると、薙瑠も構えを解いて、その場に姿を現した。

 そこで初めて、二人の目が合う。

 そしてお互いに小さく微笑んだ。


「お久しぶりです、狼莎(ろうさ)様」


 狼莎と呼ばれた彼女は、座っている狼のもとへ近づくと、隣にしゃがみ込み、その頭を優しく撫で回す。

 撫でられている狼も嬉しそうで。

 その様子を見て、薙瑠はくすりと笑う。


「狼莎様は相変わらず動物の扱いが上手ですね」

「当然だよ〜、この子達がいないと私は戦えないからね〜」

「いるから戦わない、の間違いでは?」

「そのお話はここじゃダメだよ〜、お口を閉じましょうね〜」

「ふふ、そうですね」


 ここが戦場である事をすっかり忘れているかのように、二人はまったりと会話を交わしている。

 蜀の〈六華將〉である菊は、まさに今、魏の〈六華將〉・桜と相対している。

 狼莎──彼女の姓は、和菊(なごみのぎく)

 何を隠そうと、彼女こそが、唯一蜀国(しょくのくに)に所属する〈六華將〉だった。


「戦いは避けられない……ですよね」

「〈六華將〉としては仲間だけど、表向きは所属国が違う敵同士、だからね〜……」


 辛そうに紡がれた薙瑠の言葉に、狼莎は立ち上がりながら答える。

 そんな彼女もまた、悲しそうな微笑みを浮かべていた。


 ──菊が施す千代(ちよ)の〝守護(まもり)〟は

 鬼狼が結んだ(ちぎり)によるもの──


 これは間違いなく狼莎のことである。

 本来ならば同じ立場に立っているはずだが、本来の目的を果たすためにも、時には敵として争う必要がある──それが〈六華將〉であるが故の使命だった。


「薙瑠ちゃん、ここは戦場。

 そして私達は、今からここで戦わないといけないの」

「手加減は無用……そういうことですね?」

「うん、そういうこと〜」


 悲しさの名残を見せつつも、笑顔で言う狼莎。

 これから戦うという状況の中で笑顔でいる彼女に、薙瑠は僅かに恐怖を覚える。

 しかし、それに負けじと真っ直ぐと狼莎を見据えて、強かな笑みを浮かべる。


「狼莎様、死なないでくださいね」

「もちろんだよ〜、私よりも薙瑠ちゃんは大丈夫なの?」

「はい、神流(かんな)様や(からす)様と修行をしましたし、鬼の力も問題なく使いこなせてます」

「そっか〜、それなら安心だね〜」


 お互いに笑顔で話す二人。

 その間を、ゆっくりと風が通る。

 どこからともなく現れた、一枚の葉。

 それがふわりと舞い、地面に降りた──その瞬間。

 狼がくわえる刀と、薙瑠が抜刀した刀との甲高い衝突音が響いた。


 狼がくわえる刀は狼自信が〝呼び出した〟もの。

 薙瑠が抜刀して襲いかかるまでの、その僅かな時間で刀を呼び出したしたらしい。

 そしてその狼自体も、狼莎が〝呼び出した〟存在で。

 神流や薙瑠とは違い、狼莎は自身の刀以外にも、〈神霊(しんれい)〉と呼ばれる、様々な生き物を呼び寄せる特殊な能力〈神霊術〉を扱う鬼だった。


 薙瑠も刀同士が交錯すると同時に、鬼の姿へと変化(へんげ)しており。

 桃色の和服と淡紅色の髪を、妖艶に靡かせている。


 和菊(なごみのぎく)狼莎(ろうさ)と、(さくら)薙瑠(ちる)

 〈六華將〉である桜と菊が、今、戦場に咲き乱れる。



───────────────



 仲間(ナカマト) 相攻伐(アイコウバツス)

 (ソレ) (スナハチ) 寧 為 残酷(ザンコクナル) 運命 乎(ウンメイタルカ)(ムシロ) 為 否 耶(イナタルカ)

 然而(シカレドモ)(コレ) 無 及(モンダイニ) 問題(オヨブトコロ ナシ)

 何遽(ナンゾ)六華將(ロッカショウ)不 所属(ドウコクニ ショゾク) 同国(セザル) ()

 彼等(カレラ) (アヘテ) 所属 異国(イコクニ ショゾクス)(ソノ) 所以(ユエン)(タダ) (ヒトツノミ)


 (コレ) (ロッカ)〈六華將〉(ショウ カクコクヲ )支配(シハイスルガ) 各国(タメ) (ナリ)


【仲間と相対すること。

 それは残酷な運命か、否か。

 しかし、問題はそこではない。

 何故、彼らは同じ国に所属しなかったのか。

 仲間ならば、同じ国に所属することができたのに。

 彼らは敢えて、違う国に所属することを選んだ。

 その理由は、ただひとつ。


 各国を──自分たちの傀儡(くぐつ)にするためだ。】


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