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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
19/81

其ノ陸 ── 守護ノ神使【菊】(6/11)


 乱立する柱の空間、その中心部。

 子元(しげん)伯約(はくやく)は、〈六華將(ろっかしょう)〉の二人が乱舞するその様子を、付近にある円柱型の柱の上から見下ろしていた。


「すっごいな、開いた口が塞がらないとはまさにこれだ」

「……そうだな」

「女同士なのにな」

「……確かにそうだな……」


 二人の眼下で繰り広げられている、〈六華將〉同士の戦い。

 薙瑠が相手をしている蜀の〈六華將〉──和菊(なごみのぎく)狼莎(ろうさ)は、狼と共に戦っており。

 薙瑠は一人で、その両者を相手にしていた。

 二人と一匹が争う、その様子。

 それは何とも、不思議で、奇妙で、華やかで。

 一言では言い表せない世界が、そこにはあった。


「……ところで」

「なんだ」

「俺はそんなに信用できないのか?」


 伯約は横目で子元を見遣る。

 勝負に決着が着いたとき。

 伯約が人間(ヒト)の姿に戻ったのを確認し、子元も変化(へんげ)を解いたが。

 伯約は武器をも納め、無防備とも言えるような手ぶらの状態であるのに対し、子元だけは己の刀を手にしていた。

 とは言え。


「敵だという事実以上に、警戒する理由なんかあると思うか?」

「……そうだな」


 それもそうか、と呟きながら、伯約は平然とした態度で腕を組んでいる。

 そんな伯約の余裕のある態度が、子元は腑に落ちないでいた。

 彼は国として敵対している子元相手に、異様に気を許している。

 警戒心がなさ過ぎるのである。

 しかも、勝負に勝ったらという条件はあったものの、情報を教えるとまで言っていた。

 子元を敵として認識していれば、普通はあり得ない態度だろう。


 ──そう、敵として認識していれば、だ。


 故に子元は問うたのだ。


「お前は……敵なのか?」


 と。

 横目で伯約を見遣る子元の青白い瞳は、動揺しているかのように揺らいでいる。

 子元の静かな問いかけに、伯約が紡いだ答えは。


「国としては敵、だ」


 翡翠の瞳に子元の姿をしっかりと捉えながら、伯約はそう言った。

 子元が怪訝な顔をしたのは言うまでもない。


「国として……?」

「ああそうだ。

 だが勝負に敗れたお前に、話す義理はない」

「……」


 返す言葉もなく、子元は〈六華將〉の方へと視線を移しながら、悔しそうに黙り込む。


 先の勝負。

 子元と伯約はほぼ同時に地を蹴り、それぞれ付近にあった円柱の柱を、鬼であるが故の身体能力を活かして、頂上まで登りきった。

 しかし、その時点で既に、両者の間には差が出ていた。

 子元が僅かに遅れを取ったのだ。

 何か失敗を犯した訳ではない。

 〈六華將〉によって力を活性化させていた伯約の方が、身体能力が上だったから。

 しかし、それだけではなく。

 柱から柱へと伝いながら目的地を目指しているときの、余裕のある、而して無駄のない伯約の動き。

 子元はその背中を追う形になり。

 敗れた要因の中には、鬼としての経験の差によるものがあることを、子元は感じ取っていた。

 故に悔しい思いはあるものの、その結果には納得していた。


 二人の間に沈黙が訪れ、辺りには目下で行われている〈六華將〉同士の闘争音だけが響いている。

 そしてふと、子元はあることに気付く。

 彼の視線の先にいるのは、薙瑠ではなく、蜀の〈六華將〉──和菊(なごみのぎく)狼莎(ろうさ)

 彼女を目で追いながら。


「何故……鬼の姿になっていない?」


 呟くように言葉を紡いだ。

 本来鬼は、人間が相手であれば、鬼の姿に変化(へんげ)すること無なく、人間(ヒト)の姿のまま戦う。

 鬼と人間、その力の差は歴然で、変化するまでもないからだ。

 また、鬼と人間を見分けられるのは鬼のみであり、人間は相手が鬼であるかどうかは分からない。

 だからこそ、鬼は相手が鬼だと分かれば変化して戦うのが基本だった。


 しかし、彼女──狼莎(ろうさ)は、鬼の姿に変化していない。

 相手をしているのは、同じ〈六華將〉である薙瑠であるにも関わらず、人間(ヒト)の姿のままだった。

 ──いや。



「同じ〈六華將〉だから……か?」



 子元の言葉を、伯約は聞いていたらしい。

 視線は〈六華將〉に向けたままではあるものの、穏やかな口調で問う。


狼莎(ろうさ)のことだろ?」

「そうだ。鬼同士ならば、力を抑える必要がないだろう。何故人間(ヒト)の姿のまま戦っている?」

「それは、あいつがただの鬼じゃないからだ」


 ──ただの鬼ではない。

 その言葉に、子元は首を傾げる他なかった。


「どういうことだ?」

「あいつは自分のことを〝鬼狼種(きろうしゅ)〟だと言ってた。それ以上の詳しいことは俺も知らないが、その言葉通りだと俺は思ってる」


 伯約は淡々と子元の問いかけに答える。

 一方で、鬼狼種、という言葉から、子元はあることを思い出していた。

 それは、あの奇譚(きたん)と、その解釈。


「──菊が施す千代(ちよ)の〝守護(まもり)〟は

 鬼狼が結んだ(ちぎり)によるもの──

 その鬼狼だろうな、これはあくまでも俺の推測だが」


 子元が思い浮かべていたことを見抜いたかのように、伯約がそれを口にした。

 〈六華將〉に向いたままの伯約の眼差しには、優しさが含まれており。


千代(ちよ)──千代(せんだい)に値する程の長い間、守護(しゅご)としての役割を全うする。

 そんなあいつが、蜀国(こっち)に来てくれたことに感謝してるんだよ、俺は」


 そう言う伯約の声音も、酷く穏やかで。

 嬉しそうな、それでいてどこか悲しそうな、そんな笑みを浮かべていた。


 魏国(ぎのくに)に攻め込んで来た、蜀国(しょくのくに)

 この国には鬼が伯約と狼莎の二人しかいない。

 もっとも鬼の出現が遅かった国──それが蜀国だ。

 彼の生まれる前から狼莎は蜀にいて、その国の行く末と、蜀国唯一の鬼である伯約を見守ってきたという。

 そんな狼莎の存在があったが故に、蜀国は存続していると言っても過言ではなかった。


 約一年程前、かの諸葛(しょかつ)孔明(こうめい)が亡くなってからは守りに徹し、自国を守るためにも他国を攻めるということをしなかった、蜀国。

 そんな彼らが攻めてきた理由を、子元は未だに理解できないままだった。

 その目的は、伯約曰く「桜と戦うため」だというが。


「何故だ? 何故……守りを捨ててまで、攻めに転じる必要があった?」


 伯約の目を見て、子元は真っ直ぐと素直な問いを投げかけた。

 何度も言わせるなと、伯約は半ば気だるそうに子元を見遣る。


「言っただろ、桜と戦うためだと。

 守りを捨ててまで攻めに転じたのは、桜と戦うため。それだけだ。

 だが……桜と戦うことが何を意味するのか。

 お前がその答えに辿り付けないってことは、本当に何も知らねぇんだな」


 大きく溜め息をついたあと、伯約は真っ直ぐと子元の目を見て言う。


「桜に斬られるってことだ。桜に斬られることが、桜に喰われることを意味する。というのも、桜は鬼を斬ることで、その妖力を喰らうからだ。それがあいつらの本当の……っ!?」


 伯約の言葉が、最後まで紡がれる前に。

 すぐ近くから、衝突音のようなものが響く。

 反射的にそちらに視線を向ければ。

 二人がいた柱からすぐ近くの別の柱に、何かが衝突したらしい。

 その柱の側面から、衝突したことで粉塵が舞い上がっている。

 

「おいおい……派手に戦いすぎだろ、あいつら」


 伯約は驚きと呆れを半々に含んだ声音で呟いた。

 子元も呆然とその柱を見ていると、粉塵はすぐにおさまり。

 顕になったその姿は──


「薙瑠……!?」


 子元は思わず、その名を呼んだ。

 柱が倒壊することはなかったものの、側面は大きく窪んでおり、その様子から少なくとも無傷ではないことくらい、子元にも察しが付く。

 しかし彼女は、怪我などしていないかのように、その場にゆっくりと立ち上がり。

 じっと一点を、地上にいる狼莎(ろうさ)の方を見つめている。


 その、表情が。視線が。


 酷く冷たく、鋭いもので。


 離れた距離にいるにも関わらず、子元は背筋が凍るような感覚を覚えた。


「……何故かぞっとするな……人間なら戦意も喪失するのも頷ける」


 伯約も同じように感じていたらしい。

 その呟きで、子元は内心なるほど、と思っていた。


 ──これが、兵士の戦意を奪った要因、か。


 そんなことを考えていたとき。


「──待って」


 静かで、而してはっきりとした薙瑠の声が聞こえた、ような気がした。

 しかし、それは決して気のせいではなかったらしい。

 彼女の異変に気付いたらしい狼莎が戦闘の構えを解き、それを確認した薙瑠は軽快に地上へと着地した。

 先程までの戦闘が嘘だったかのように、〈六華將(ろっかしょう)〉の二人は何かを話している。

 そんな様子を見れば、伯約は間違いなく。


「おい、俺たちも行くぞ」


 予想通りの伯約の言葉に、子元は小さく頷いた。


「……そうだな」

「お? 今回はやけに素直だな」

「何かが起こった。

 戦闘を中断するほどの何かが、だ」

「ははっ、よく分かってるじゃねぇか」


 初めて意見が合致した二人は、同時に柱から飛び降りる。

 髪や華服を激しく靡かせながら、地上へと急降下する。

 その最中だった。



 何かが割れるような、甲高い音が響いたのは。



────────────────



 (ツイナル) 二人(フタリ)両者(リョウシャ) (トモニ) 不 知(ヤクワリヲ) 役割(シラズ)

 (モシ) 彼等(カレラ) 知 役割(ヤクワリヲ シレバ)(リョウシャニ) (ホコロビ) 両者(ショウズ)

 (ソレ) (ショウナリ)(シカシテ) 不埋(ウマラズノ) (ホコロビ) (ナリ)


【対なる二人は、両者共に役割を知らず。

 彼らが役割を知ったとき。

 両者の間には、とても小さな、而して埋まらない綻びが生じることとなる。】

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