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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
18/81

其ノ伍 ── 華ヲ喰ラフハ桜ノ神子 (5/11)


 協力(キョウリョク)──(スナハチ) 貸 力(カミニ チカラヲ) (カスコト) (ナリ)

 (ソノ) (ツイナルハ) 犠牲(ギセイ)──捧 身心(カミニ シンシンヲ) (ササゲルコト) (ナリ)

 各役割(カクヤクハリ)(スデニ) (ニンゲンニ) 人間(アタフル) (ナリ)


【協力──神に力を貸すこと。

 その対なるは犠牲──神に身心を捧げること。

 それぞれの役割は、既に決められた人間(ヒト)に与えられている。】



──────────────



 伯約(はくやく)の槍による突きの攻撃は、とどまることを知らず。

 躱して、時には弾いて。

 子元(しげん)は一方的に苦戦を強いられていた。


「くっ……!」

「なぁ、お前は〈六華將(ろっかしょう)〉のこと、どこまで知ってんだよ?」


 一方で、伯約は有利な状況にあるからか、余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)と子元を問い詰める。


「っ、そういうお前は……っ! どうなんだ……っ!」


 険しい顔をしながらも、子元は上手く躱しながら応じている。

 そんな彼を、伯約の翡翠(ひすい)の瞳は静かに、然してしっかりと捉えながら攻撃を繰り返す。

 突いて、穿って。

 ひたすら子元の身体を貫こうと、攻撃の手を緩めることなく攻め続ける。


「俺は知ってるさ。

 あいつらの目的のことも、その目的をなす為にやってることも……な」


 悠然と言葉を紡ぐ伯約。

 そんな態度でいられるのは、有利で余裕があるからだろうと、子元はそう思っていた。

 しかし、迷い無く槍を振るう攻勢とは対象的に、彼から殺意は感じられず。

 何を考えているのか分からない──その言葉が相応しい状況にある彼に、子元は半ば戸惑いを覚えていた。


「っ!」


 風切り音を纏いながら、子元の顔の真横を貫いた槍の刃は、彼の髪の一部を斬り裂いた。

 戸惑いが僅かに行動を鈍らせたらしい。

 刃は頬を掠っており、子元の右頬には切れた痕が浮かび上がる。


 休む間を与えることなく、再び襲い来る槍の切っ先。

 子元はそれを、刀で力強く弾き返した。


 ──こいつは何故、〈六華將〉のことをそこまで知り得ている?


 そもそも。

 今回の戦におけるこいつの目的は──何なんだ?


 子元は槍を躱しながら、冷静に思考を巡らせる。

 彼は出会ったとき、「桜と戦うために来た」と言っていた。

 恐らく、それこそが伯約の目的であり。

 そのことはきっと──〈六華將〉の目的と、繋がっている。

 子元がひとつの答えに辿り着いたとき。

 

「……ははっ」


 伯約が、嗤った。

 険しい顔の子元を捉える瞳は、その心をも見透かしているようで。


「その様子じゃ……何も知らないみたいだなっ!!」


 大きく一歩を踏み出し、子元の胸元めがけて力強い突きが放たれる。

 その瞬間、力んだことによって生まれた、伯約の一瞬の隙。

 子元はそれを見逃さなかった。


「ああ、そうだ」


 伯約の突きによる一撃を、子元は低くしゃがみ込むことで間一髪、回避した。

 槍は子元の身体ではなく、宙に停滞した長い髪を貫く。

 そしてその体勢のまま地を蹴り、子元は一気に伯約との間合いを詰めた。


「今はまだ何も知らない。……だが」


 彼の青白い双眸は、伯約の腹部を捉えており。


「これから……知っていくつもりだ!!」


 強い意志と共に、柄を握る右手に力を込める。

 輝きを帯びた白銀の刃を、素早く横に薙ぎ。

 綺麗な弧を描いた一撃は、伯約の腹部に命中する──かと思いきや。



「遅ぇんだよ」



 低く、然してはっきりと言葉が紡がれた直後、子元の刀は空を斬った。

 伯約は間一髪、踏み出した足を軸に上へ跳び、上空へと身を躱したのだった。

 和服を靡かせながら空中で一回転、子元の背後へと舞うように着地する。

 肩越しに振り返る彼は、真っ直ぐと子元を見据え。


「そんなんじゃ……桜に喰われる(丶丶丶丶)ぞ」


 低い声ではっきりと、そう告げた。

 背後から紡がれたその言葉には、酷く冷たい感情が込められていて。

 言葉の意味を理解できていない子元は、背後に得体の知れない何かがいるような、そんな感覚に襲われていた。


「……何を言って」


 伯約に言葉の意味するところを尋ねようと、恐る恐る口を開いた時だった。

 子元の前方から、轟きの音と共に突然の突風が吹き荒れる。


「なっ……!?」

「うおっ!?」


 尋常ではない突風に、二人は両足でしっかりと踏み止まるので精一杯だった。

 二人の髪や和服が強くはためく様が、その風の強さを物語っている。

 とは言え、伯約に関しては子元がいい感じに風除けになっており、子元よりも余裕があるようだが。


 吹き荒れる突風のせいか、周囲に漂っていた濃い霧は瞬く間に消え去って、視界が気持ちいい程に晴れていた。

 その時、子元の双眸は。


 姿が顕になった、乱立する柱の地形の中。

 遠く離れた場所で。

 誰かと相対している、薙瑠の後ろ姿を捉えていた。

 恐らく、その相手をしている者が蜀の〈六華將〉なのだろう。

 そんな彼女の姿は、すぐに視界から消える。


「今のが桜の鬼か……名前通りの容姿だな」


 子元の背後で、同じく薙瑠の姿を捉えていたらしい伯約が、ぽつりと言葉を漏らした。

 その言葉で我に返った子元が振り返ると同時に、伯約はある提案を切り出す。


「なぁ、今から勝負の仕方を変えようぜ」

「……どういう意味だそれは」

「いいか、これは提案だ。

 乗るか乗らないかはお前の判断に任せる」


 じっと睨む子元を見て楽しそうに口角を上げる伯約は、真っ直ぐと子元の背後──〈六華將〉がいる方向を指差した。


「どちらが先に、彼処(あそこ)まで辿り着けるか。それで勝負しよう」

「何故そんなことをする必要がある?」

「言っただろ、俺は桜と戦いに来たんだよ。

 つまり俺は、桜の鬼の戦いが、〈六華將〉同士の戦いが、見たい」


 指差す先を真っ直ぐと見つめる伯約の緑色の瞳は、澄んだような明るさをしていて、心なしか今までよりも楽しそうに見える。

 そんな彼に、子元は怪訝な顔をする他なかった。


「おい……それだけの理由ならば、一人で勝手に行けばいいだろう。わざわざ俺を誘う必要がどこにある?」

「話はまだ終わってない。この勝負で俺に勝ったら、俺が知る限りの〈六華將〉の情報を教えてやる」


 手をおろし、伯約は真剣な瞳で子元を捉え。

 静かに、而してはっきりと。



お前が(丶丶丶)知らなければ(丶丶丶丶丶丶)ならない(丶丶丶丶)ことだ、司馬(しば)子元」



 そう言った。

 思いもよらない言葉に、子元は目を丸くする。


 知らなければ、ならない。

 しかも──俺が(丶丶)


 半ば呆然としたような顔で、子元は呟くように問いかける。


「お前は……一体何を知っている?」

「それを話すのは勝負の後だ。

 で、どうするんだ?

 この勝負、乗るのか乗らないのか」


 真剣な眼差しを向けたまま、伯約は小さく笑みを浮かべる。

 嘘偽りではないことは間違いない。

 桜と戦いに来たというその目的。

 そして「桜に喰われる」という言葉。

 それらを以てしても、〈六華將〉についての情報量は伯約の方が豊富であることは明らかだった。


 しかし、今は戦の最中である。

 兵の指揮を放ってまで、己の目的の為に動くわけには行かないと、子元が考えあぐねているとき。


「兄さん!」


 背後からの聞きなれた声が耳に届き、子元はそちらを振り返る。

 そこには、薙刀を手にしながら駆けて来る子上の姿があった。


「子上、そっちはどうなった」

「うん、それを伝えに来た」


 いつもと変わらない涼しい顔をして、子上は言葉を続けていく。


「さっきの暴風。そのお陰で僕たちの体勢を整え直す余裕ができたんだ。けど……」

「けど?」

「多分、もう戦闘にはならない」

「……は?」

「何でだ?」


 子元だけでなく、その背後で話を聞いていた伯約にも、子上の言葉は予想外だったらしい。

 翡翠の瞳を驚いたように丸くさせながら、子元に続いて子上に問うた。

 そんな二人の様子に、子上は表情ひとつ変えることなく、淡々と言葉を紡ぐ。


「彼女……薙瑠殿の、人が変わったような顔付き。

 それで睨まれたのが効いたみたい」

「睨まれた……?」

「うん、ちょっと距離があるし、もしかしたら薙瑠殿はこっちの様子を見ただけ、かもしれないけど。

 その距離があっても、力なき人間の戦意喪失を招くには、充分だったってこと。

 正直、こっちを見られた瞬間は僕も少しだけ……怖いって、思ったよ」


 淡々と子元に応えた子上だったが、最後の言葉を紡ぐときには、彼の表情に僅かな陰りが見えた。

 それとは対象的に。

 子元の背後で話を聞いていた伯約は、より一層明るい表情になっていた。


「ははっ、そんなこと聞いたら尚更見るしかなくなったな」


 槍を肩に担ぎながら、伯約は子元の隣に並ぶ。

 茶色い髪から覗くその瞳は、楽しそうに〈六華將〉を映している。

 一方で子元は、楽しいなどという感情は欠片も持ち合わせていなかったが、彼女の様子が気になることは事実だった。

 それだけではなく。


 伯約の言葉の、意味するところも。


 子元は意を決したように、青白い双眸を鋭く光らせながら、伯約を睨む。


「伯約。お前の勝負に乗ってやろう」


 それに応じるように、伯約の翡翠の瞳が子元を見やった。

 二人の視線が交錯し、空気が僅かに張り詰める。


「だよな、そうこなきゃ意味ねぇよ」

「勝負? 何の話?」


 目の前で睨み合う二人に、子上は僅かに首を傾げている。


「子上、お前は兵を後退させてくれ。

 俺は薙瑠の様子を見てくる」

「……分かった」

「任せたぞ」


 頷くと子上は再び兵士たちのもとへと駆けていく。

 その様子を見ながら、伯約は子元に問うた。


「準備はいいか?」

「ただ彼処(あそこ)まで行くだけだろう? 準備も何も」

「あー言い忘れてたが、途中で地に足がついたら負けとみなし、情報はお預けだ」

「…………は?」

「足をつけなきゃ良いんだよ。

 丁度良く利用できるものが沢山あるだろ」


 伯約は片手を広げて愉しそうに嗤う。

 怪訝な顔をした子元だったが、彼の言わんとしていることをすぐに理解した。

 丁度良く利用できるもの。

 それはつまり、周囲に乱立する柱のことだ。

 そうと分かれば、方法を練ればいい。


 子元は近くに聳え立つ柱を、静かに見上げる。

 青い空へと向かって聳える、円柱型の柱。

 その側面はごつごつとしており、その凹凸を利用すれば簡単に上まで行くことができるだろう。

 そして柱から柱へと、乗り移って行けば。


「……なるほど」


 移動方法を見出した子元は、小さく呟いた。


「準備ができたようだな」

「ああ」

「目指すべき地点は、あの少しだけ傾いてる柱の上な」

「いいだろう」


 子元のしっかりとした返答を聞き、伯約は小さく笑う。

 そして両者ともに、前を見据えたとき。

 伯約は、少しの間を空けて。


「じゃあ──行くぞ!!」

 

 その声を合図に、二人は同時に地を蹴った。


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