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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
17/81

其ノ肆 ── 小サキ交ワリ妖シキ綻ビ (4/11)


 (イツハリナル) 偽之時間(ジカンヲ タダス)

 (ソレ) (スナハチ) 戻 時間(ジカンヲ モドスコト) (ナリ)

 神力 以(シンリキヲ モッテ) 実施(ジッシセンガ) (タメニ)(アマタノ) 数多(セイヤク) 制約(アリ)

 (コレヲ) 一挙(イッキョス)


 (ソレ) (スナハチ)協力(キョウリョク) () 犠牲(ギセイ)

 持 各役割(カクヤクハリヲ モツ) 人間(ニンゲンガ) 必須(ヒッス) (ナリ)



【偽りの世界を正す。

 それ即ち、時を戻すということ。

 神の力を以て実施に至る為には、数多(あまた)の制約が存在する。

 そのひとつとして、挙げられるのは。


 協力と犠牲──それぞれの役割を持つ人間(ヒト)が必要だと言うことだ。】



───────────────



 魏と蜀の国境付近──漢中(かんちゅう)

 今この場所では、攻めてきた蜀を迎え討つ為の戦いが繰り広げられようとしていた。

 広い荒野の両端に、各国の軍隊が向き合うようにして、お互いに様子を窺っている。

 距離的にはかなり離れているのだが、霧がないせいか、相手の様子がはっきりと分かる。

 そんな中、魏国(ぎのくに)側の軍隊の統率を任された子元(しげん)が、薙瑠(ちる)の隣で深く溜め息をついた。


「一向に動きそうにないな……向こうは何をしてるんだ……?」

「かなり慎重に様子を窺っているようですね」

「……にしても、長すぎだ」


 半ば苛ついたような表情で言う子元に対し、すぐ近くにいた薙瑠(ちる)は苦笑する。

 子上(しじょう)に関しては、眠そうに欠伸をしている始末だ。

 周囲の兵士もじっと相手の様子を伺っているようだが、中には待ちくたびれたとでも言いたそうに表情を歪めている者や、子上と同じように欠伸をしている者もいる。


 現在、蜀国(しょくのくに)を迎え撃とうとしているのは、子元率いる一部隊のみ。

 数的には、蜀国五百に対し、こちらは一千。

 何故こんな少数なのか──それは先日行われた軍議でのこと。



「蜀は漢中に向かってきている。だから俺たちはそこで迎え撃つ。

 そして忘れちゃいけないのが、蜀には〈六華將(ろっかしょう)〉の一人が居るってことだ」

「でも、こっちには薙瑠ちゃんが来たことで二人居る」

「ああ、そうだ。とは言え、警戒するに越したことはない」

「そうね」

「だが……相手は伯約(はくやく)と〈六華將〉を含めて約五百という、戦にしてはかなりの少人数だ。

 そこで提案がある。今回は子元を大将に、子上と薙瑠の三人で行け。兵数は一千も居れば十分だろ。

 それと……少し気になることがある。だから神流(かんな)には俺と共に来てもらいたい」

「そうね、はっきりさせるべきことがある以上、鴉の意見に異論はないわ」

「……と言うわけだ仲達(ちゅうたつ)

 今回は俺の言うとおりにしてくれないか?

 俺たちの方でも何か分かったことがあれば、必ずお前に報告する」



 ──という(からす)の半ば強引ながらも、的確に状況を判断しての提案に、仲達は渋々従い、そして今に至る。

 そういうわけで、現在戦場にいる魏国の鬼は、子元と子上、そして薙瑠の三人のみだ。


 強めの風が、子元の灰色の髪を舞い上げる。

 長めの前髪の下から現れる、青白い瞳。

 その双眸は真っ直ぐと、砂埃舞う前方の様子を見据えている。

 砂埃がおさまってきたとき。

 彼の双眸は、荒野の真ん中に現れた二人の人影を捉えた。


「……あれは」

「恐らく、大将の姜維(きょうい)様と……〈六華將〉でしょう」


 同じく前方の姿を捉えたらしい彼女の一言で、緩んでいた空気が一瞬にして張り詰める。

 再び強い風。

 その風によって舞い上がった砂埃が、荒野の中心にいる二人の姿を隠した。

 その、直後だった。


 大きな地の揺れが、地響きと共に子元たちを襲う。

 立つことも難しいほどの、縦の揺れ。


「なっ……何だこれは……!?」

「子元様!! 下です!!」


 薙瑠が叫ぶと同時に、突如足元が崩壊する。

 ──いや、崩壊したのではない。

 地面から岩の柱のようなものが飛び出してきたのだ。

 それも、至るところに、数多く。


 子元や子上、そして薙瑠は、飛び退きながら何とか回避しているものの、それ以外の兵士たち、即ち人間は成す術がなく。

 地形の変形に多くの者が巻き込まれる。


 しばらく経つと揺れもおさまり、静寂が訪れる。

 しかし、辺りに広がっていた荒野は見る影もなく。

 そこには岩の柱が乱立した、奇妙な場所に景色を変えていた。

 いつの間にか濃い霧も出てきており、まるで一瞬にして()なる世界に飛ばされたような気分だった。


 子元は空に向かって伸びているであろう円柱を呆然と見上げる。

 霧に遮られており、空すらも見ることはできないが。


「これは……〈六華將〉の仕業か……?」

「いえ、彼女にこのような力はありません」


 子元の問いかけに気付いた薙瑠が、静かに応じる。


「これは姜維様の力だと思われます」

「は……? こんな地形変動のような大規模な妖術が、〈六華將〉でない鬼に扱えるのか?」

「できますよ。〈六華將〉が力を活性化させればいいんです」

「活性化って……〈(はな)〉の相性が良いとできるっていうやつ?」


 薙瑠の言葉に疑問を投げかけたのは子上だった。

 彼女は子上の方を見て、小さく頷く。


「一般的にはそうです。

 ですが……今回の場合に関しては、相性によるものではないと思います」


 視線を周囲を覆う霧へと移しながら、薙瑠は再び言葉を紡いでいく。


「彼女……蜀国(しょくのくに)にいる〈六華將〉が、補助と防御に長けた〈六華將〉だからです。その道で言えば、彼女に敵う者はここには存在しないと、断言できます」


 なるほど、と子元は小さく頷いた。

 そういうことなのであれば、確かにこれ程大規模な地形変動を、妖術によって引き起こすことができてもおかしくない。

 しかし、子元が今の彼女の言葉で気になったのは、そこではなかった。


 ──ここには(丶丶丶丶)、存在しない。


 その言葉に引っかかりを覚えていたのだった。

 どうやらそれは、子上も同じだったようで。


「……ねぇ、ここにはって、どういう意味で言ってるの?」


 恐る恐る尋ねた子上の問いかけに、薙瑠は応えなかった。

 その代わり子元へと視線を移して、別の話題を切り出す。


「子元様、この状況を創り出した以上、向こうの兵士たちはきっとこの状況に慣れていると考えたほうがいいでしょう。

 そしてこの霧は〈六華將〉が創り出したものです。ですので、〈六華將〉を見つけ出して霧を晴らすことができれば、この状況を少しでも打開できるかと」


 いつも以上に真面目な声音で言う薙瑠には、普段とは違う雰囲気があった。

 戦場での彼女は、いつもの穏やかな雰囲気とは一転して、冷たさを感じさせるものがある。

 青瑪瑙(あおめのう)のような色をしている髪と瞳が、より一層その冷たさを際立たせているようで。

 真っ直ぐと見据えてくるその瞳から、子元は背筋にぞくりとした感覚を覚えた。


「そう……だな。

 ならばお前は〈六華將〉の相手に専念してくれるか?

 魏軍(俺たち)のことは気にしなくていい」

「承知致しました」


 丁寧に拱手(きょうしゅ)した薙瑠は、再び霧の向こうを見据えながら、帯に差していた刀を鞘ごと抜く。

 左手に持った刀を抜刀はせず、親指のみで(つば)を押し、僅かに刀身を露わににさせた。

 白い霧に包まれた空間の中で、鞘から覗く桃色の刀身が小さく輝く。

 そして静かに、小さな声で。


「〈紅桜(くおう)(かすみ)(かた)〉」


 そんな言葉が紡がれた瞬間。

 彼女の姿は、霧に紛れるようにして。



 ゆらりと、消えた。



 何処からともなく現れた桜の花弁(はなびら)のみを数枚、その場に残して。



 しかし、その花弁も、地に落ちる直前でふわりと消える。


「き、消えた……しかも、妖気まで完全に消えてる」

「……あんなこともできるのか」


 一連の行動を見ていた子上は、目を丸くしながら呟いた。

 それは子元も同じだったようで。

 子上に続いて、呆然としたように言葉を紡いだ。


 妖気──鬼のみが感じ取れる、鬼固有の気。

 人間には感じ取れないその気は、ある程度抑えることが可能であるものの。

 完全に消すことは、不可能だった。

 ──いや。

 それを可能にしている鬼が存在するという、その事実を。


「……知らなかっただけか……」


 そんなことを考え、子元は小さく呟いた。

 その直後。

 少し離れたところから喧騒が聞こえ始めた。

 それによって、子元も子上も我に返ったらしい。


「もうここまで来たの? 慣れてるってのは本当みたいだね」

「そうだな、俺たちも分散して、この総崩れの状況を少しでも打開するぞ。

 子上、お前は今戦闘が始まった辺りに向かってくれ、俺はこの付近の兵士をなんとかする」

「了解」


 子上はすぐ様、喧騒が聞こえる方向へと向かい、その姿は直ぐに霧の中へと消える。

 刹那のことだった。

 隠す気のない強大な妖気が、真っ直ぐとこちらに向かってくる。

 子元は右手に刀を出現させながら、その方向をじっと睨む。

 迷いなくこちらに向かってきているということは、相手も妖気の気配を感じ取って、進行方向を定めているということだろう。

 しかし、近付いてくる速度はゆっくりで。

 仕掛けてくる気配がまるでない。

 そんな状況に半ば怪訝な顔をしながらも、子元は相手の姿が露わになるのを待った。

 彼の瞳は、霧の向こうに黒い人影を捉える。

 そしてすぐに、その正体が明らかになった。


「……やっぱそう簡単には会えないか」


 その人物は子元の姿を瞳に捉えると、足を止めてそんな言葉を紡いだ。

 姿を表したのは、右手に持つ長い槍を肩に抱えた、茶髪の青年。

 前髪の一部を、瞳と同じ(みどり)に染めているのが特徴的だ。

 そんな彼の額には赤黒い角があり、緑色の生地に金の刺繍が入った和服を纏っている。


「会えない? 桜の鬼のことか?」

「ああそうだ。俺は桜と戦うために来たんだよ」


 鋭い目付きで睨む彼から、子元は一般的な鬼よりも強大な妖気を感じ取っていた。

 恐らくこれが、〈六華將〉による活性化の影響なのだろう。

 そして薙瑠が、蜀に所属する〈六華將〉のことを彼女と呼んでいたことを踏まえれば、その人物が誰なのかを特定するのは容易なことだった。


「まるで桜以外は相手にならないとでも言いたそうな口振りだな、(きょう)伯約(はくやく)

「どうだろうなぁ?」


 細い糸を張ったように、一瞬にして空気が張り詰める。

 馬鹿にしたように嗤う伯約と、鋭く睨む子元。

 互いの双眸が交錯する中、子元も鬼の姿に変化(へんげ)した。

 それぞれの緑と青の和服が小さく(なび)き、白い霧と相まって妖しく奇妙な雰囲気が漂う。

 時が止まったかのような静寂。


 彼が手にしているのは槍。

 対して、子元が持つのは太刀。

 槍相手では間合いに差がある以上、圧倒的に不利な状況で、無闇に攻撃を仕掛けることも出来ず。

 子元は相手の出方を伺うしかなかった。

 そんな状況を理解していた伯約は。


「桜以外は相手にならない……か。

 ──ははっ」


 じっと睨むだけの子元を嗤い。


「案外──本当にそうかもしれないな!!」


 その心臓を貫くかの如く、地を蹴った。


 白い霧に包まれた、巨大な柱が乱立する空間の中。

 子元の瞳には、己に迫る、翡翠(ヒスイ)の鬼の姿が映し出されていた。


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