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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
─ 第弐章 ─
15/81

其ノ弐 ── 真ノハジマリ蒼キ華 (2/11)


 (ツボミノ) 姿(スガタ)(サキ) (ホコル) 姿(スガタ)(マイ) (チル) 姿(スガタ)

 (サクラ) (カナラズ) 持 三種(サンシュノ スガタヲ) 姿(モツ)

 (ツボミ)(サク)(チル)(サクラ) (カナラズ) (サンシュノ) 三種(ヤクハリ) 役割(マットウス)


 (ツボミ) ── (ソレ) (スナハチ) 表〝始〟(ハジマリヲ アラハス) 言葉(コトバ) (ナリ)

 (サク) ── (ソレ) (スナハチ) 結〝始〟与(ハジマリト オハリヲ)(ムスブ)言葉(コトバ) (ナリ)

 (チル) ── (ソレ) (スナハチ) 表〝終〟(オハリヲ アラハス) 言葉(コトバ) (ナリ)


 (サクラ) (チル) ── (サクラ) 薙瑠(チル)

 (サクラハ) 変 姿(スガタヲ カヘ)各々(オノオノ) (ヤクハリヲ) 役割(マットウス)


(つぼみ)の姿、咲き誇る姿、舞い散る姿。

 桜は必ず三つの姿を持つ。

 蕾、咲く、散る。

 桜は必ず三つの役割を全うする。


 蕾──それは〝始まり〟を表す言葉。

 咲く──それは〝始まり〟と〝終わり〟を繋ぐ言葉。

 散る──それは〝終わり〟を表す言葉。


 桜散る──(さくら)薙瑠(ちる)

 桜は姿を変えながら、各々の役割を全うしていく。】



───────────────



 神流(かんな)薙瑠(ちる)、そして(からす)が出て行った後の軍議室は、暫くの間誰もが喋ることなく、沈黙が続いていた。

 地図を照らすようにして置かれている蝋燭(ろうそく)のみが、机上でゆらゆらとその灯火を揺らしている。


「……(からす)が言っていたあの人……のことだが」


 静寂を割いたのは、仲達(ちゅうたつ)の低い声。

 僅かに顔を伏せているため、その表情は前髪に隠れていて見えないが、言葉を紡ぐその声音は穏やかで、その場にいる者は黙って耳を傾けている。

 仲達は一呼吸した後、静かな口調で、それでいてはっきりと告げた。


「あの人とは、曹丕(そうひ)様の父親にあたる人物の事だ」


 再び沈黙が訪れる。

 しかしその沈黙はすぐに破られた。


「……父上、お言葉ですが……それはあのお方が生きている……という認識でよろしいのですか?」


 そう問うたのは子元(しげん)だ。

 その言葉通り、ここにいる者──いや、この国に所属する者はもちろん、他国にもその人は「死んだ」と伝えられていたのである。

 もちろん、そう伝えるよう本人が(めい)(くだ)していたわけだが。


「そうだ。曹操(そうそう)様は生きている」

「……生きてたんだ」


 父の言葉に対して、子上(しじょう)は呆然とするようにぽつりと呟いた。


「名前は聞いたことがあるだろう。この魏国(ぎのくに)を立ち上げたという話はお前らも知ってると思うが……」



 曹操──(あざな)孟徳(もうとく)

 この魏国の建国者であり、世の中で最初の鬼だと言われている人物。

 人間の父と鬼の母から生まれた存在。

 しかし、彼が〝最初(はじまり)の鬼〟と言われているのならば、その母は一体何者なのか──

 その正体は彼にしか分からない。


 その圧倒的な力──当時はまだ化け物と呼ばれていた鬼の力で、次々と人間を支配下に置き、国を統べた彼。

 そんな彼にも息子が生まれ、その子も鬼の力を宿した。

 それが曹丕である。

 曹丕が成長すると共に、各地にも鬼の力を宿す者が次々と現れ始める。

 どのようにして各地に鬼が現れ始めたのか、その原因は不明だが、ちょうどその頃桜の鬼も現れ、曹操は桜の鬼に会っていたとか──



「実際会ってたのかどうかは知らねぇが……曹操様についてはそういうことだ」


 仲達はらしくない程丁寧に、自身が知る彼についての情報を話した。


何故(なにゆえ)死んだことになされた?

 生きていらしても、問題があるようには思えませぬが」


 そう尋ねたのは、年配の郭淮(かくわい)──(かく)伯済(はくせい)

 この場にいる者の中では、唯一の人間(ヒト)である。

 黒髪黒目で、僅かに年老いているその見た目は、人間ならではの特徴だ。


「知らない。そう伝えろと言われたから俺はそうしていただけだ」

「仲達様、俺からも一つ質問いいですか?」


 ぶっきらぼうに、しかしいつも通り答える仲達に対して、平然と訪ねるのは夏侯覇(かこうは)──夏侯(かこう)仲権(ちゅうけん)

 朱色の髪が特徴的な人物だ。


「……なんだ」

孟徳(もうとく)様と桜の鬼の話で気になったんですけど、孟徳様は桜の鬼とは会ってないんじゃないですか?」


 仲達は黙ったまま彼の言葉を聞いている。

 その様子を見た仲権は、少し間を開けて言葉を続けた。


「さっき、彼女……薙瑠は、鴉とかいう人に孟徳様について尋ねられた時、『少し話を聞いた程度で』知っていると言ってました。会っていたとしたら、わざわざそんな言い方しませんよね?」

「……」

「その事について、(わたくし)なりに考えたことがあるのですが……よろしいですか?」


 黙ったままの仲達に代わり、礼儀正しく拱手(きょうしゅ)をして発言の許可を待つ者がいた。

 彼の名は賈充(かじゅう)──()公閭(こうりょ)

 髪も瞳も紫色で、仲達や子元と同じ闇属性を得意とする鬼だ。


 仲達は彼にちらりと視線を移し、彼の発言を待つ。

 公閭はその合図に軽く頭を下げ、拱手していた手を下ろした。


「孟徳様が桜の鬼と会っていた事が仮に事実だったとし、また先程の彼女の発言も嘘ではないとすると、あることの裏付けになると言っても過言ではないと思います。

 桜の鬼は一人ではない──という話のことです」

「……どういうことだ?」


 淡々と語る公閭に、顔をしかめながら質問したのは子元だ。


「桜の鬼は一人ではないというならば、桜の鬼は薙瑠以外にもいる……ということか?」

「はい。正確には、いた(丶丶)と言ったほうが正しいかもしれません」


 灯されている蝋燭(ろうそく)の炎が、ゆらりと揺れる。


「ですが、その話も事実を確認できない限りは、流言飛語(りゅうげんひご)、ただの噂話に過ぎません。正確なことは彼女に聞いた方が良いでしょう。

 しかし、孟徳様が〈六華將〉について、手を出すなとの(めい)(くだ)したのには、彼女が──桜の鬼が現れたことと、何か関係があると考えた方が良いのでは」


 真剣な表情で静かに紡がれる彼の言葉には、確かな説得力があった。

 桜の鬼についても、〈六華將〉についても、多くのことがまだ謎のままだ。

 しかし、これから何かが起こる──仲達にはそんな予感がしていた。

 いや、彼だけでなく、その場に居る全員がそう感じていたかもしれない。


 灯火はゆらゆらと揺れ続けている。

 室内をほんのりと照らす蝋燭(ろうそく)(ろう)は、既に残り少なく。

 今にも消えてしまいそうな、儚い(あか)りが揺れ動いていた。


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