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三國ノ華 ◇ 偽リノ陽ノ物語  作者: 言詠 紅華
― 第壱章 ―
11/81

其ノ拾 ── 誘キ寄セルハ開キシ華 (10/11)


 (イツハリ) () 時間(セカイ) (ナレド) 不 偽(イツハリ ナラザル) (モノ) (アリ)

 (ソレ) 何 也(ナンゾヤ)(ソレ) (スナハチ) 六花(ロッカ) (ナリ)

 (イマハ) 非 示(シンジツヲ シメス) 真実 時(トキニ アラズ)


【──偽りの時間(せかい)

 そんな世界の中にも、偽りではないものがある。

 それは何なのか。

 今は、この時間(せかい)で咲き誇る六つの花、とだけ言っておく。

 真実はいずれ──明らかになるからだ。】



───────────────



 洛陽(らくよう)の都の一角にある廊下に、二人分の靴音が響く。

 彼らは何を語るでもなく、ただ静かに歩いているため、靴音が異様に響いている。

 そしてとある部屋の前に着くと、前を歩いていた人物──子元(しげん)が戸を開けて、彼の後ろを付いて歩いていた薙瑠(ちる)に入室を促した。


「入れ」

「はい、失礼します」


 薙瑠は部屋の前で礼儀正しく一礼してから足を踏み入れる。

 大広間を後にした二人が向かった先は彼の自室だ。

 彼女には彼女の部屋が用意されているのだが、側近になった以上、彼の指示なくては自室に戻れない。

 そして当然、彼女が子元の部屋に入るのは今が初めてである。

 子元は戸を閉めた後、窓際にある寝台に腰掛けた。


「お前も座れ」


 そう言いながら、寝台の近くにある木製の丸椅子を指し示した。

 薙瑠はありがとうございます、と軽く頭を下げてから、勧められた椅子に静かに座る。


 ──再び沈黙が訪れた。

 あの後、軽めの昼食を取り、子元は薙瑠に都内を案内した。

 神流にある程度は案内されたと言っていたが、全てを回りきれたわけではなかったようで、案内されていない箇所を中心に回った。

 そうしているうちにあっという間に時間は過ぎ。

 そして現在(いま)に至る、と言うわけだ。


 金烏(たいよう)は徐々に沈み始めており、彼の背後にある幾何学(きかがく)な窓からは、茜色に輝く光が部屋を照らすようにして差し込んでいる。

 子元は何かを考えているのか、足を組みながらじっと地面を見詰めていた。

 その状態で一向に口を開こうとしない彼を見て、沈黙に耐えかねたらしい薙瑠がおずおずと尋ねる。


「あの……何か用があって、私をここに連れてきたのでは……?」

「ああ……そうだな」


 僅かに首を傾げながら尋ねる彼女に対し、子元は見向きもしないでそう答えた。

 そして暫くの間を開けたあと、ゆっくりと言葉を紡いでいく。


「〈蕾華(らいか)〉の状態……いや、俺みたいな〈()(ぞこ)ない〉の状態の時……自分の意思とは関係なく、身体が動くことは……ある、のか?」

「自分の意思とは関係なく、ですか?」


 予想だにしない質問に彼女は一瞬怯んだようで、右の蒼い瞳が僅かに見開かれたが、直ぐに答えを返してくれた。


「ない……とは言い切れないと思います。〈(くる)()き〉の状態にある時のあなたの記憶は無い、ですよね?」

「……そうだな。気付いたら……あの人に殺されかけてた」


 呟くように言いながら、子元は自分の右掌を見詰めた。

 薙瑠はその言葉にはっとして彼を見るが、その表情は穏やかなもので、内心でほっとして言葉を続ける。


「それは、あなたの中の〈(はな)〉が、あなたの身体を支配していたからです。先程も言いましたけど、〈華〉自体も意思を持っています。〈開華(かいか)〉とは、その意思と一体になる──悪い言い方をすれば、その意思を自らの支配下に置くということです。

 ……ですから、まだ〈華〉を支配できていない状態、即ち〈蕾華〉の状態なら、自らの意思とは関係なく体が動くこともあると思いますし、〈咲き損ない〉の状態であっても、〈華〉が生きていれば……可能性はあるんじゃないでしょうか」

「……そうか」


 彼女の説明を聞き、子元は内心で安心していた。

 そういう事ならば、あの時の自身の行動にも説明がつく。

 自分があんな事をしたのは、〈華〉の意思が俺の身体を支配していたからで──



「……もしかして、さっきの……出会った時のことを考えてたんですか……?」



 突然の彼女の言葉に思わずぴくりと肩を震わせる。

 ──図星だったからだ。


「……悪いか?」

「い、いえ! そんなことないです……!」

 不機嫌な空気を漂わせながらこちらを見る子元に対し、薙瑠は慌てて言葉を付け加える。

「あ、あの時、閉じていた〈華〉が開いたんです、子元様の、咲かないはずの……〈華〉が」

「……開いた?」


 未だ不機嫌そうにしていることにかわりはないが、聞き返す彼の声音は穏やかだった。


「どういうことだ?」

「子元様が……よ、嫁になれ……とおっしゃった時に、私には子元様の〈華〉がわずかに開くのが視えたんです。……すぐに閉じてしまいましたが。本来、〈咲き損ない〉であれば、自ずと開くことはあり得ません」

「つまり……外から何らかの影響を受けた……?」

「はい。恐らく、私の〈華〉に反応したのではないかと……」


 〈華〉は、外部からの影響を受けることがあるが、それには主に二つの場合がある。


 一つは、〈華〉そのものに働きかける場合。

 しかし、これを成し得るのは桜の鬼のみであり、先ほどの〈開華〉の一連の出来事はこれにあたる。


 そしてもう一つは、相手の〈華〉が近くに在り、尚且つ相性が良い、という条件が揃っている場合。

 〈華〉には属性による相性の良し悪しとは別に、〈華〉自体の相性が存在する。

 人間同士に性格的相性があるのと同じように、〈華〉にも相性があり、その相性が良いと何らかの影響を受けるのである。

 その影響は〈華〉の能力を活性化させたり、合わせ技──二人以上で一つの技を繰り出すことが出来たり、様々な形で現れる。


 子元の場合は、薙瑠の〈華〉と相性が良かったために、二人が近づいたとき、自ずと開くという形で影響した。

 それによって、〈華〉の意思が回復──言い換えれば、枯れてしまった〈華〉が息を吹き返したのではないかと、そう彼女が説明してくれた。


「ですから、私と子元様は、鬼としての相性が良いんです」


 微笑みながら、そして何処か嬉しそうに彼女は言う。

 その表情に、子元は自身の胸がきゅ、と締め付けられる感覚を覚える。

 あの時──彼女と初めて出会った時と、同じ感覚。


「あなたの側近になれて良かったです」


 にこりと微笑む薙瑠。

 その笑顔に、思わず何かを破壊してしまいたいような──そんな衝動に駆られるが、手のひらをぎゅ、と力強く握り締めて堪える。


「俺も……お前が側近で良かった。自分が抱える〈華〉のことを、色々知れたからな」


 そう言って、自分の胸元に手を当てた。

 その表情には僅かに微笑みが溢れていた。


 彼を背後から照らす夕日。

 薙瑠はその光が差し込む窓へと視線を移した。

 僅かに視線を感じた──そんな気がしたからだ。

 暖かく見守ってくれているような、穏やかな視線を。


 突如、バサバサと音をたてながら一羽のカラスが飛び立つ。

 まるで、こちらの視線に気づいたかのように。

 それを見て、薙瑠の中の予想が確信に変わった。

 彼女は小さく、くすりと笑う。


「……薙瑠?」

「あっ……いえ、なんでもないです、すみません」


 不審に思ったらしい子元に名前を呼ばれ、慌てて誤魔化す。

 そんな彼女を見て、子元は追求することはなく、逆にどこか遠慮がちに別の話題を切り出した。


「もうひとつ、気になっていることがあるんだが……いいか?」

「なんでしょうか?」

「……それ、なんたが」


 そう言いながら彼が指差しているのは、薙瑠の左目──それを覆っている黒い眼帯だ。

 遠慮がちに聞いているのは、彼なりに配慮があっての事だろう。

 薙瑠は静かに眼帯へ手を添えた。


「……このこと、ですか」

「ああ……聞いても良かったか……?」

「はい、大丈夫ですよ」


 彼を安心させようと微笑みながら返事をする。

 そしてすぐに、後ろで結んでいた紐を解き、眼帯を外した。

 しかし、左側だけ長い前髪に遮られていてその瞳はまだ見えていない。

 眼帯をしているなら前髪で隠すことはないのでは、とも思うだろうが、それでも伸ばしているのは恐らく眼帯そのものを隠すためだ。

 彼女はゆっくりと左の前髪をかき上げる。

 その下から現れた瞳は──

「……色が……違う……」

「……はい、そうなんです」


 驚きを隠せない彼の呟きに、彼女は頷いた。

 そう、彼女の右目は蒼色だが、眼帯で隠していた左目は桃色だったのだ。


「眼帯で隠していたのは……それが理由か?」

「そう……ですね」


 薙瑠は髪をかき上げていた手を降ろすと、俯きがちに言葉を紡ぐ。


「瞳の色が違うというのはかなり珍しいですから……人によっては恐いとか、不気味だ、と思うみたいで。私はそういう反応をされるのが嫌だったんです。

 普通は鬼であっても、ヒトの姿をしていれば鬼だと分からないのに……私はヒトの姿でも、こんな目をしている。

 だから隠すために、前髪を片側だけ伸ばしたんです。でもそれだけでは、風に煽られたりすることで見えてしまうので、眼帯をするようになった……というわけです」


 話を終えると、薙瑠は俯き気味だった顔をあげ、子元を見て微笑んだ。

 その微笑みは優しいものだが、どこか悲しさを感じさせるような哀愁が漂っていた。


「俺は……そうは思わない」


 黙って話を聞いていた子元が、自分に注がれる彼女視線をしっかりと見返しながら言う。


「俺は、その瞳が恐いとか不気味だとか……そんなふうには思わない。

 寧ろ……綺麗、だと思う」


 ──綺麗。

 そんな言葉で表現してくれた彼に僅かに驚きを覚えた薙瑠だったが、すぐにふふっと笑った。


「ありがとうございます」

「俺は真剣に言ってるからな」

「分かってます、嘘だとは思っていませんよ」


 ならいいが、と呟いて子元は立ち上がる。


「今日はお前も疲れただろう、このあとはゆっくり休むといい」

「はい、そうさせていただきます」

「いろいろ付き合わせて悪かったな」

「いえ、お構いなく」


 微笑みながら受け答えをする彼女は眼帯をつけ直してから立ち上がり、退出しようと戸へ向かう。


「……薙瑠」


 背後から呼ばれ、その場で振り返ると。

 突如彼の手が伸びてきて、頭の上にぽん、と乗せられた。


「その……いろいろと助かった。

 …………ありがとな」


 目を逸らしながら、ものすごい小声で紡がれた言葉と、僅かに赤く染まる彼の頬。

 こういうことは慣れていないのだと、薙瑠はそう察した。

 けれど、彼が変わろうとしている強い意志が伝わってきて、そのことが素直に嬉しかった。


「はい、これからも、私で良ければお役に立ちたいです」

「……ああ」


 もう一度軽くぽん、と頭を叩くと、彼は頭から手を離した。

 失礼します、と告げてから薙瑠は子元の部屋から退室する。


 自室に戻る際、廊下にある窓の外から、小さくカラスの鳴き声が聞こえた。


「……これからも、よろしくお願いします、(からす)様」


 小さく呟いた言葉に答えるように、再びカラスの鳴き声が、夜に覆われていく街に響いた。

 こうして芝桜──司馬(しば)子元(しげん)(さくら)薙瑠(ちる)の長い一日は、漸く終わりを迎えたのだった。


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