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育毛地獄から逃れるベストな方法

 ショッピングモールで買い物をしている途中、偶然に久しぶりの友人に会った。別にそいつとは仲が悪かったってわけじゃないのだけど、なんとなく僕は気まずさを感じていた。頭髪部分に目を向け難いと言うか、なんと言うか。

 まぁ、ここまで書けば分かるかもしれないけど、そいつは頭髪がかなり後退していたのだ。

 僕のよそよそしい態度を敏感に察したらしく、そいつも態度を変える。その所為でか、会話もあまり弾まない。当たり障りのない話題でお茶を濁すと、僕は逃げるようにそそくさとそいつと別れた。

 別れた後で、

 「あ~あ、きっと落ち込んでいるだろうな、あいつ」

 なんて思ってから、僕は“いい気味だ”と心の中で呟いた。

 性格が悪いと少しは自分でも思わないでもないけど、それほどの罪悪感は感じない。なんでかって言うと、そいつはいわゆるイケメンで、しかもケッコウなナルシストでもあったから。それで女にモテないっていうのならまだ許せるが、そいつはそれなりにモテていた。「なんであんな奴がモテるんだ? 女は分かっていない」って、当時はよく愚痴を言っていたもんだ。もっとも、賛否両論アリって感じで、嫌っている女もいたことはいたけれど。

 

 「あの頭じゃ、もう以前みたいなナルシストにはなれないだろうな……」

 

 僕はその話を何人かの友人にしてしまった。過去のあいつを羨ましく思っていたからってのもあったけど、話のネタとして面白かったのが一番の理由だ。まぁ、許される範疇だろうと、そう考えていたのだけど、少しだけ後悔をした。何故なら、そうして話してしまった友人の一人が、今は頭髪ケアの営業をやっていると後になって知ったからだ。

 その男は妙に口が上手くて、相手の心理を巧みに突く。“頭髪コンプレックス”を抱えているだろう今のあいつなら、恐らく簡単に餌食になるだろう。そして、きっと高い育毛剤やカツラなんかを買わされて、“育毛地獄”に陥るのだ。

 あいつのナルシストっぷりは正直あまり好きじゃなかったし、さっき書いたようにモテていた事を羨ましくも思っていたけど、だからって苦しんで欲しいとまで思っていたわけじゃない。

 「ちょっと、悪い事をしたなぁ」

 と、僕はそれで初めてちょっとした罪の意識を覚えた。もしも次、あいつに会う事があったなら謝ろう。そして、「育毛剤なんかどうせ効かないんだから諦めろ」とアドバイスをするのだ。ナルシストじゃなくなっただろう今のあいつとなら、モテない同士で気が合うかもしれない。

 ……なんて僕は思っていたのだけれど。

 

 そいつと会う機会は意外に早くやってきた。昔の仲間連中で集まって飲もうという話になったのだ。約束の店に行ってみると、例の頭髪ケアの営業をやっている男がいた。僕は話し難いなとは思ったけれど、避ける訳にもいかないと思ったので、ナルシストのあいつの事を尋ねてみた。

 「で、あいつへの営業はどうだったんだ? 育毛剤なりカツラなりを首尾よく売りつけられたのか?」

 十中八九上手くいっているだろうと思いながら。

 ところがそれを聞くと、営業は「いや、それがな……」なんて言葉を濁すのだ。不思議に思って「どうしたんだ?」と尋ねようとしたら、そのタイミングで声が聞こえて来た。

 「いやぁ、悪い。少し遅くなったよ」

 あいつの声だ。何だか妙に明るい。振り返ってみて、僕は少し驚いた。あいつはその後退した頭髪に手入れをし、明らかにカッコつけていたからだ。

 思わず、僕はじっとその頭を見つめてしまった。その視線に直ぐに奴は気が付いたらしかった。にこやかな笑顔でこんな事を言ってくる。

 「どうだ? キマッテてるだろう? このヘアスタイル!」

 そう言ってから、自分の頭を愛おしそうになでつける。

 「薄くなった頭の可能性を追求してみたんだよ! ブルース・ウィリス ニコラス・ケイジ イケてるハゲはたくさんいるからなぁ」

 僕はそれに「あ、ああ」と生返事をするしかなかった。どう見ても奴は上機嫌だった。無理して言っているわけでも、自棄になっているわけでもなさそうだ。

 そう察すると、それから僕は爽快感にも似た心地良さを感じた。

 “いやぁ、強い! なんなんだ、こいつ? あきれたナルシストっぷりだな!”

 今でも女にモテているかどうかは知らないが、本人が満足している事だけは確かだろう。僕は軽く尊敬すらした。

 

 ハゲに抵抗して、なんとかしようと足掻いているようなヘアスタイルより、ハゲを受け入れて堂々としている方が明らかに良いって人はたくさんいる。育毛地獄に陥らない一番の方法は、あるがままを受け入れる事なのかもしれない。ちょっと仏教っぽくもあるけれど。

喪○福造に狙われないタイプ

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