君に伝えたいことがある
僕の好きな映画。
主人公は不幸な最後を遂げた、最愛の女性を救うため、過去の旅人となる。
過去を変えるという行為には、想像もつかない大きな代償が待っていて・・。
まあ、好きな映画の話は蛇足だから、これ以上は省こう。
僕は過去へ戻りたい。
今まで人、女性を愛したという記憶はある一人を除いて皆無だ。
彼女がいるだけで、言葉を話すだけで、モノクロの世界が色づきカラフルになった。
ある曲がある女性が歌う曲。この曲を聞くたびに、あの頃を強く思い出す。
涙がでてくる。
あの頃、何かが違っていたならば君との関係も違っていたのかな?
恋人という僕にとって理想の関係じゃなくても、君は僕の近くで笑っていてくれたのだろうか。
ワインをグラスにそそぐ、深いルビー色の液体がグラスを彩る。
芳しい香り、果実の凝縮感、深い余韻、世界観。身近でありながら、奥深い深遠な酒ワイン。
ワインの上質さに溺れながら、何とも言えない高揚、根拠のない全能感が私を満たしていく。
ふと、学生時代のアルバムを見つける。あの頃のものだ。
ページをめくる、閉じていたはずのなにかが開いていく。
あの頃ああしておけばよかったそんな思いが募っていく。
ワイングラスを傾ける。
心地良い高揚が私を包む。
ふと、君の写真を見つけた。
後悔が一番の気持ち。でも、次はもう一度君にどんな形でもいいから逢いたい。
そんな気持ちがいっぱいだった。
酔いがまわってきたのか? 少し、早すぎるだろう。俺は結構強いのに、アルバムがぐにゃぐにゃに見える、自分の身体から遊離して、外側から自分を見ているようなどうしようもない不安。
不安だかれど、止めることは・・。
できないようだ・・。
意識が薄れていく・・。
はっと目が覚める、僕は何故かリクルートスーツを着ている。
ここはどこだ?
「何寝てるの?」声のする方向に目を向ける、僕は驚いて席をたった。
彼女がいる。ニコニコ笑いながら。
「君こそ何でいるの?」僕は逆に聞き返した。
「ええ、だって今日から実習じゃん。」
「実習?」
彼女は笑い続ける。
「実習だよ。私に眠ったりしないようにって注意したのは君なのに。」
彼女だ。あの頃の色とりどり花を集めた鮮やかな花束のようなそんな。
僕はどうしようもなく涙がこぼれ落ちた。
「どうしたの?なんか今日変だよ?」彼女は聞いた。
僕は涙を拭き、呼吸を整え、彼女に聞いた。
「今、何年?」
「何年って2006年じゃん。本当に大丈夫?」
僕は、何故かは分からないけれど、過去に戻れたんだ。
しかもあの頃に。君の前に表れることができた。
僕の心の日の当たらない部分に光がさし、満たされていく感覚がした。
「ねえ。」声がして、彼女の方を向く。
「今日の君いつも違くない?」
僕は平静を装い、逆にたづねた。
「どういう風に?」
「なんか、妙に落ち着いてるっていうか、なにかを知り尽くしたみたいな悟ったような感じ。」
「嫌い?」
「嫌いな訳ないじゃん。だって私達友達でしょ?」
「何かあったの?」
「あったよ。」
「話してみて?」
「君をもう一度信じるよ。」
僕は一呼吸置いて話し始める。
「僕は君と仲良くできるだけで幸せだった。君との他愛のない話や、冗談をいいあったり、もっと言えば見ているだけで幸せだった。でも、あの頃の僕はその幸せに気付けなかった。」
「あの頃?」彼女は不思議そうにたずねる。その目には僕に対する恐れのような色を感じる。
「僕は2016年から来たみたいだ。ワインを飲みながら、卒業アルバムをみていただけなのに。後悔、怒り、哀しみ負の感情を募らせてね。」
「そんな訳ないじゃん。大丈夫?」彼女は苦笑する。
まあ、当然だろう。自分でもびっくりしているんだから。
「信じられなくてもいいんだ。僕は今君の目の前にこうしているんだから。」
「私はいるよ。今もこれからも。だって友達なんだから!」明るい笑顔で彼女は答える。
心は和んでいるが、僕は冷静に伝える。
「いないんだ。僕と君はつながりがなくなる。友達でも何でもなくなる。僕はずっとそれを後悔するんだ。」
「自分の気持ちを伝えないことは、一生において消えない後悔を残すんだ。その爪痕は過去に縛られる鎖になる。」
「何が言いたいの?」と彼女。
「僕は、君を・・。」
ふと、めまいがした。頭のゆれが一周してぐらぐらと、目の前の彼女が、背景が揺れている。
まさか、これは・・。
まだだ、まだ、待ってくれ。
君に伝えたいことがある。
僕の体から僕自身が遊離していく、僕と彼女が向き合っている、色はモノクロ。
まだ、伝えていない。
僕は君を・・アイシテイルンダ・・。
目が覚めると、飲みかけのワイン、グラス、卒業アルバムがあった。
日付を確認する。
2016年。まさしく現代だ。
夢・・。だったのか?
夢にしては現実のような・・。
ふいに一筋の涙がこぼれた。
不思議だな。この涙はただ悲しい涙じゃない。僕の心の何かが浄化されたようなそんな涙のような気がする。
夢か現か分からない。
君をどうしようと言い訳じゃない。
ただもう一度君に逢いたい。
そして、君に伝えたい。
僕はアルバムをゆっくりと閉じる。