第二話
街が燃えていた。俺たちが拠点とするはずだった街は赤黒く歪み滲んだ景色をを見せている。
遠目からでも分かるほどの惨状。そしてその災禍を引き起こした存在、竜<ドラゴン>の姿も。
「そんなどうして…」
リセスが絶句している。他の二人も同様だ。グラディはともかく普段全く表情の変わらないハンナまで息を呑んだのがわかった。
「どうする」
横目で見ていたハンナが俺に気づき問うた。どうする、そんなの決まっている。
「このまま街に突っ込んで竜<ドラゴン>を斬る。これは好機だ」
「ウェ!?マジに言ってんの…?」
「正気ではありませんわ!逃げましょう!」
反対も当たり前だ。自ら死地に飛び込んでいくなど狂気以外にありえないだろう。しかし、竜殺しを成そうと言うのだ。狂わずしてなんとするだ。
「逃げるなら逃げていいぞ。俺一人で殺る。元からそのつもりだったし」
本心を告げた。そもそも俺は集団戦闘に向いていないのだ。
「なっそれは、しかし」
「時間が惜しい。どちらにせよ俺はもう行く」
そう言って背中に背負っていた特大剣の封を外す。何重にも巻かれた封印付帯を紐解いて現れたのはゆるく湾曲した真っ黒な剣だ。剣と言っても洗練されたそれでは無く、とある竜の爪を削って無理矢理に剣の形に押し込めている。幅は子供の胴より広く、長さは柄も含めれば俺の身長とほぼ同じ。武器として人類が扱うにはあまりにも相応しくないものだ。これは俺が屠竜剣のみが扱うことのできる魔剣。
体に刻まれた術式を起こす。黒いモヤのようなマナが剣より立ち上る。それはすぐさまに俺の体を覆うよにしてまとわりつく。
「グ、グゥウウ…!」
呪いじみた契約のおかげで俺は魔剣を扱うことのできる力――竜の膂力――を得ている。ただしその代償は大きい。解放するたびに俺は命を削られ、竜の憎悪に苛まれる。
ここからは文字通り時間との勝負だ。ただ剣を持っているだけで俺は死に近づいていく。
「そんじゃま、いっちょいきますか――!」
脚に力を込めて地面を蹴る。爆発めいた推進力を得て矢の速度で街へと駆けだした。
地獄が広がっていた。空気は灼け熱風が吹き荒れている。焼け落ちた家屋と黒く炭化した人型の何か。たった一匹の魔法生物が引き起こした特大の災厄。
その地獄の只中を魔剣を肩に担ぎ地を這う低さで駆ける。
目当ての物はすぐに見つかった。なにせでかい。全長20mはあろうかという巨大だ。
食事中だった竜<ドラゴン>がぎょろりと爬虫類の目で俺を捉える。自身の餌場にすぎなかった場所に禍々しい魔力を纏ったものが突っ込んできているのだ。その目に怒りの色が燃えて咆哮する。
叫び声だけで突風が巻き起こり瓦礫が弾丸のように飛んできた。俺は構わずに突っ込んでゆく。今さらその程度でビビると思ってんのか!
竜<ドラゴン>が前脚を振り上げ叩き潰しにかかる。指の一本が立派に成長した樹と同じぐらいに太く長い。さらにその先に生えた爪は死の大鎌だ。
叩きつけられた大質量が大通りに爆発めいた衝撃を与える。土砂と一緒に竜<ドラゴン>の中指が飛んでいった。
「GRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
熱湯のように熱い血を浴びながら俺は前脚を駆け上る。ただの羽虫だと思って油断していたか?オレはお前を殺せるぞ。
振り払うように前脚を横薙ぎした時にはもう俺は跳躍済みだった。間をおかずに着地地点の肩を蹴り、首元へと跳ぶ。
竜<ドラゴン>が魔力の感知力で俺の居場所を超反応。剣列が如き牙の並んだ口腔が視界いっぱいに広がる。だが、遅い――!
自ら口の中へ飛び込む。
屠竜の剣は剣術にあらず。竜<ドラゴン>と人とでは明らかに規格<スケール>が違いすぎる。そんなものに技だ何だのは役に立つはずもない。ならば人が竜を殺すに足るためにはどうするか。それは絶対に殺すという強迫観念めいた気概。一撃で殺さなければ死ね、と絶死の覚悟で臨んでようやく一太刀いれることができるのだと。俺はただ竜を殺すために特化され魔剣を振るうための機能になった屠竜剣だ。
そして今まで溜めに溜めてきた力を開放。半弧を描いて上顎に突き刺さった魔剣を更に力を込めて全力で振り抜く。眉間から脳漿を切り裂いて喉を通過、そのまま下顎までを一気に両断した。
ばっくりと足場にしていた口蓋が割れて俺は落下した。
「それで、これからどうしますの」
仰向けに倒れた俺をリセスが怒った顔で見ている。
「どうするったって、なあ。今は休みてえ」
「まったくあなたって人は!人の話も聞かずに一人で突っ走って!私達がどれほど心配したか!」
「あー悪かった悪かったって」
「全然反省していないようですわね!?」
ガミガミとリセスのお説教が上から降ってくる。助けを求めるようにラディとハンナを見る。
「じごーじとくってやつ?」
「ああ。まあ我々を甘く見て見捨てたやつだからな。リセスが終わったら次は私だ」
「ええ…竜殺しを成した英雄はもっと敬ってもいいのでは?」
「ちょっと聞いてますの!?」
はい、とうなずいて俺はお叱りを素直に受けることにした。とりあえずは生きているのだ。この生ぬるさを今は報酬として受け取っておこう。そして俺は静かに目を閉じた。
おわり