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終幕

「ったく。何アホな真似しとるんや、あんたは?」


 麗はかなり草臥くたびれた風体で俺の身体を見下ろし、溜め息混じりの呆れ声を吐き出した。


「ウチの封魔石ほうませきまでワヤ(台無し)にしてからに・・・」

「グ、ゥ・・・」


 ギチギチと不自由そうに振り返り麗に憤怒の視線で睨み付ける。

 それを見て意外そうな顔をする。


「何やまだ動けるんかいな?えらいタフやな」


 驚きの言葉を漏らすと、血の赤か肌の紅か判別の付かない俺の身体の両腕を後ろ手に回し紙切れを貼り付ける。


「・・・ばく


 腕の自由が奪われた。

 ベットリと血に濡れた髪を鷲掴みにして、血の池に沈む物言わぬ鬼から引き摺り離す。

 亀裂の無い床まで連れて行くと放り出し、今度は足を揃えて紙切れを貼り付ける。


「・・・縛」


 足の自由も奪われ、正に手も足も出せなくなった。


「ほんじゃまぁ始めるとしますか」


 ボロっちくなったジャケットのポケットから筆とインク壺を取り出すと、一階で書いたような図形をつらつらと描き始める。


「あ~あ、今回は赤字かなぁ~」

「ウチの考えが甘かったんかな?全然思た通りにならなんだわ」

「コ・・・ロズ」

「はいはい、出来るもんならやってみて」

「今度から規模の大きい仕事は誰かと組んだ方が良いかも知れんなぁ。でもウチのペース崩されるのは勘弁やしな~・・・」

「コロ、ス・・・」

「解った解った。後でな、後で」


 愚痴とも反省とも付かない事をぶちぶちと言いながら直径2メートル程の図形を完成させる。

 その中心へと俺の身体を転がした。


「ゴロス、ゴロス、コロズ、ゴロズッ!」

かいっ!」


 床の図形が淡い光を放つ。光は徐々に強さを増して行き最後には柱になった。


じょうっ!」


 光の柱の中で更に強い光が俺の身体をまゆのように包み込む。

 身体が勝手に苦しみ悶えるが、何をされでいるのかさっぱり解らない。

 暫く悶える様を見続ける麗。何かを待っているのだろうか。

 そうしている内に光の中の身体の動きが弱まり、俺の姿を模した半透明な赤い色がテレビのゴースト現象のように二重三重にぶれ始めた。


そう!」


 光の繭がキュッと縮まり密度を増すと、身体中から赤い煙のようなものがそれに押し出されるようにして噴き出した。

 煙を噴き出すと手も足も身体も封じられて芋虫のようにうごめいていた身体が身を仰け反らせて激しく痙攣けいれんする。

 煙が抜けるにしたがい俺の身体の肌の色や全身の筋肉量が徐々に元に戻って行く。

 身体が元に戻るに従い、俯瞰から見下ろす俺の意識も徐々に薄く霧散して行った。


 やがて身体の方の赤い煙が出なくなった。

 しかし、どういう理由ワケか後少し鬼のフォルムが残っている。

 首を傾げる麗。


「なんやろ?同化してもうとるんかな・・・」


 暫し考えて答えを出す。左手をジャケットのポケットに突っ込んで紙切れ数枚を取り出すと言葉を紡ぐ。


「・・・解」


 光の柱が消えて俺の身体から噴き出した赤い煙が解き放たれた。

 煙は意志があるかの如く霧散せずその場に止まり、紙切れの一枚を右手に構えた麗へ襲い掛かった。


「正も負も等しく無くせ、全部纏めてゼロへと還せ、滅っ!」


 紙切れを赤い煙に向かって投げ付ける。それは一直線に煙へ向かい中へ入り込むとボロボロと形を崩し、周囲の赤い煙にも伝染していく。

 塵芥ちりあくたへ変わって行く赤い煙が最後、鬼の断末魔の形相を形作り完全に消え去った。


「よし。こっちはこれでええな。

 問題はあっちやけども、さて・・・」


 ぐったりとして動かない俺の身体へ向き直る。仰向けにして胸元に手にした紙切れの一枚をを貼る。


「んー・・・」


 また暫し考えて、


「その力は必要無き力、底の底へ、奥の奥へ今は隠せ、ほう


 違和感の残っていた俺の身体がどんどん元の姿に戻っていく。

 そして俯瞰して見ていた俺の意識が消え去った。


 まぶたを開くーー。

 視界にコンクリートの剥き出しの天井が映る。

 瞼・・・身体がある?

 認識した瞬間腹の底から沸き上がる血の臭い。


「おぇっ、げぇ・・・げほ、おっ、ぅおろろろろろろろろろろろろっっ、げぇほっおげ・・・」


 胃の中の物を吐き出すと血の臭いが更に強くなる。その生臭さにやられ更に吐き気が込み上げる。吐き出すと更に臭いが強くなる。強くなった臭いに吐き気が増す。吐き出すと・・・。

 ゲロのスパイラルは胃の中身が空っぽになる所か胃壁や腹筋が痙攣するまで続いた。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

「何やごっつ汚いな・・・」


 真っ赤なゲロまみれの俺を眉をしかめて見下ろす麗。口許に手を当てている。

 そんな麗を涙目で睨み付ける。


「いい加減動けるようにしろよ」

「せやな。もうかれてないみたいやし大丈夫か」


 余り近付きたく無いと言わんばかりに爪先で俺を転がしうつぶせにする。


 足と手と後頭部に貼られた紙切れを順番に剥がして行く。全て剥がされてやっと身体が動くようになった。

 手の甲で口許を拭い軋む身体を起こす。

 身体の脂肪が随分減って筋肉が半回り太くなった気がする。


「全部終わったのか?」

「終わったな」


 そっか、終わったのか。

 疲れた。ただただ疲れた・・・。


「そんじゃあんたももう大丈夫そうやし、ウチはもう行くわ」

「大丈夫そうに見えるか?」

「ウチが請け負ったのは命の保証だけやさかいな。その心配はもう無くなったし、オニ退治の依頼主に結果報告にも行かなあかんし」


 それだけ言うと背を向ける。

 名残惜しい気もするが、いつまでも一緒にいると面倒事に巻き込まれそうな気もするし、これでさよならだと言うのであれば、それはそれで良しとするか。

 そのまま去って行くのかと思ったらもう一度俺の方へ向き直った。


「忘れる所やった。

 バイクと封魔石の損害分は後々弁償して貰うからな」

「えええ?」


 いきなり何を言い出すんだこの女は?

 『最低三千万とか』が脳裏を過る。


「今度回収に行くさかい楽しみに待っときや♪」


 胸のポケットから一枚のカードを取り出して見せる。それには俺の顔写真がプリントされていた。


「あっ!?」


 俺の学生証だ。

 あれには学校やら住所やらが記載されている。


「ちょっ、麗、待て!」

「ひょっひょっひょっひょっひょっ~~♪」


 俺の制止の声なんか全く聞く耳持たず、わざとらしい笑い声を上げながら跳ねるように去って行ってしまった。


「はぁ~~・・・」


 一人取り残された俺は深々と溜め息を吐き出す。まだ少し血生臭くて胃が競り上がって来そうになった。


「・・・帰ろ」


 ヨロヨロと立ち上がり、重い身体を引きるようにビルから出る。

 外に出ると東の空がうっすらと白み始めていた。夜が明けようとしている。


 俺は夜明けの空気を胸一杯に吸い込んで大きく伸びをすると帰路に着いた。


 街が目覚める前に家に着いた俺を待っていたのは玄関で角を生やし仁王立ちになっていた母親だった。

 母は俺の血みどろの姿を見た瞬間に卒倒。

 物音を聞いて二階から下りてきて俺の姿を見た妹は爆笑しやがった。

 最後に姿を見せた親父が慌てて救急車を呼んだ。

 弟は我関せずで爆睡していた。


 あぁ、俺は生きてるんだ。


 家族の顔を見てほっとする。

 すぐさま飛んで来た救急車に乗せられ病院へ直行する。

 色々有りすぎて頭の中がぐちゃぐちゃだったけど、取り敢えず今日はもういいや。もう疲れた。


 一度寝て、やらなきゃいけない事は起きてからにしよう。

 ストレッチゃーに揺られながらそう決めると、俺は瞼を閉じて眠りに就いた。



 ~ ひょんな事からオニ退治 終 ~

最後までお読み頂きありがとうございました ^^

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