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第二幕 交番

 開け放たれた引き戸に手を掛けて中へと入り愕然がくぜんとする。


 蛍光灯の明かりに照らし出された六畳程の室内には机が二つに椅子が三つ。本やらファイルが入った戸棚二つに奥へと続くドアが一つ。

 壁には指名手配のポスターや何かが貼られていたが、酷く殺風景な場所だった。


 そしてそこには誰もいない。


 足に力が入らずへたり込む。床に落ちた視線の先が暗くなる。


「何でたよ・・・」


 漠然とした期待感は裏切られ、失意の底へと落とされる。


「何で誰も居ないんだよ!」


 失意は直ぐに怒りへ変わり、積もり積もったストレスが怒声となって吐き出した。


「ふざっけんな、クソッタレ!!」


 わなわなと立ち上がり、手近にあった机を蹴り飛ばす。


 ジャァァーーーッ ゴボゴボゴボゴボゴボッ


 水の流れる音が目の前のドアの向こうから聞こえてきた。

 次いでカチャカチャという金属音。ガチャリとドアが開いて閉じる。コツコツと床を叩く足音。

 目の前のドアノブが回り、目の前のドアが開いた。


「ん?いったい何事だ??」


 目の前のドアから警官が現れた。


「た、たす、助けてくれっ!!」

「ちょ、まっ、ちょっと、落ち着きなさい!」


 さっきまでの怒りは何処へやら。

 親父と同じか少し若いくらいの警官にすがり付く俺に、面喰らった顔を向けてくる。


「いったい何があったんだ。喧嘩か?」

「違う!鬼が出たんだっ!!」


 ・・・・・・。


 両腕を掴んだ手をゆっくり外す。

 ジト目で俺の目をじっと見る。


「何を言ってるんだ、君は」

「だから鬼が出たんだってば!」

「寝惚けてるのか?」

「起きてるよっ!!」

「あれか。こんな時間まで遊び呆けてて、家で角を生やした母親が・・・」

「待ってねぇっ!」

「酒を・・・」

「飲んでねぇよっ!」

「・・・・・・」

「何で解ってくれないんだ!鬼だよ!鬼が出たんだ!!鬼が人を殺して喰って、犬がミンチになって・・・」

「お前・・・薬やってるのか?」

「なっ!!?」


 警官の目が座り、言葉に鋭さが増した。


「何でそうなるんだよ!?」

「何でも何も、鬼なんて存在するはずが無いだろうか」


 その一言が酷く心に響く。


 鬼が居ない?

 んなバカな。確かにあそこに居たじゃないか。

 あれはホントに鬼だったのか?

 角だって生えてただろ!

 暗くて別の何かと見間違えただけだろ?

 縦にも横にもバカデカい図体は?

 ホントにデカかったのか?恐怖でサイズを錯覚してただけじゃないのか?


「兎に角だ。調書を取るからこっちに来て座りなさい」


 我に返ると、警官が入口左に設置した机に黒い帳面を置いてタイヤ付きの椅子に腰掛けて、そのすぐ側に置いた椅子に座るよう促してきていた。


「鬼云々は置いといて、まず何があったのか初めから話してくれないか?」


 ズンン・・・


 俺を興奮させないようにする為か、警官が出来る限り優しげな口調で言ってくる。

 同時に何処かから地響きが聞こえてくる。


 そうか・・・あれは鬼なんかじゃなかったのかもしれない。

 ホントは通り魔か何かを見て、俺の脳味噌が処理しきれなくて幻覚にすげ変わったのかもしれない。

 犬だって工事用ハンマーみたいので殴り付けたから一発で身体半分潰せたのかもしれない。

 鬼なんて存在する理由ないのかもしれない。


 そう自分の中で整理を付けて大きく深呼吸すると、改めて警官を見る。


「ん?」


 目の前の警官は口を半開きにして、目玉が飛び出すとじゃないかと思えるくらい見開いた目で一点を凝視する。

 それは俺に向けられたものじゃなく、俺の背後に向かっていた。


 背中の汗腺から一気に汗が吹き出す。産毛が総毛立つのを感じる。


 まさか・・・まさか・・・。


 錆びたブリキの人形のようにギギギギギッと首だけ後ろに向ける。


 いつかテレビで観た世界一背の高い男のような背丈。

 レスラーやボディビルダーのような筋肉。

 肌はおよそ人のものとは思えない青。

 ゴリラか原始人のような面構えに乱喰いの黄ばんだ牙。

 暗く血のように紅い眼。

 固く太い、たてがみのような白い髪。

 前髪の隙間から覗く額から生えた二本の角。


 交番の出入口に。

 それはーー居た。


「あ・・・」


 声にならない音を警官が喉から漏らす。


 入口の上の部分の壁に、覗き込むように身体を折り曲げる鬼の手が掛かる。


 メリメリメキベキベキッッ


「うぉぉぉおおぉっっ」

「うわぁぁああぁっっ」


 張りぼてのように天井まで押し潰されるのを目の当たりにして俺と警官の二人して反対側の壁際まで逃げた。


「何だあれ?何だあれ!何なんだあれはっ!?」

「だからだからだから言っただろ!!」


 半歩中に入ってくる。

 高さが足りず、鬼の首が左に折れる。

 それでもまだ高さが足りないせいで天井にヒビが入り、パラパラと欠片が落ちてきた。


「な、な、何とかしてくれよ。あんた警官だろ!?」

「き、き、き、器物破損の罪でた、逮捕する!無駄な抵抗は止めて、て、おと、大人しく逮捕されりょ!!」

「そんな事言ってる場合かよ!早く何とかしてくれよ!!」

「何とかってどうすれば・・・」

「今のこの状況から助け出してくれよおおおおっ!」


 メキィッ


 右手をこちらに伸ばそうとしたせいで右肩が触れていた天井が音を立てて割れる。


「う、うご、動くな!動くとう、撃つぞ!」


 確かニューナンブって名前だったろうか。

 隣で震える手で腰のホルスターから一丁の拳銃を抜き放ち、その銃口を窮屈そうに身体を詰め込んでこちらに近付いてくる鬼に向けた。


「ふしゅぅぅぅぅぅぅ・・・」


 しかしそれがどうしたと言わんばかりに大きく息を吐き出した。

 部屋一杯に生臭い、錆びた鉄のような嫌な臭いが充満していく。


 鬼が一歩踏み込む。


 バキッッ


「!!」

「っっ!?」


 天井が抜けた。

 上から大きな塊がゴロゴロ落ちてきた。


「動くな!来るなっ!止まって!!」

「撃て、撃て撃て撃て!早く撃てぇぇっ!!」


 パンパンッ パンッ


 三発。

 爆竹のような乾いた炸裂音が鼓膜を強打する。


 その音と共に拳銃が吐き出した鉛玉は、一発は鬼の鬣のような髪を掠めて後ろへ、残り二発は右肩と左胸に命中した。


「な・・・え?」


 確かに命中したが、ただそれだけだった。


 鬼に命中した二発の鉛玉はひしゃげてそのまま床に落ちる。

 よく見なければ解らない程、僅かな凹みを残して。


 夢かこれは・・・?

 しかし銃声に叩かれてジンジンと痺れる鼓膜が、これは夢ではないと主張し続ける。


「ふぅぅぅぅぅ・・・」


 唸るように息を吐き出し、鬼の口の端が歪に持ち上がる。笑っているのか?

 膝を付き、グローブのような手が硝煙昇る拳銃へと差し伸ばされーー、


 ベキッッ


 拳銃ごと警官の両手を握り潰した。


「ぎゃああああああああああああああああああっっっ!!」


 聞いた事もないような絶叫が空気を引っ掻き回す。

 鬼の手が開くと赤い泥粘土のような両手がぶら下がっている。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいだいいだいいだいぃっっ」


 泣き叫ぶ警官を満足気に目を細めて眺めながら、今度は長く鋭く伸びた爪の一本を警官の足へ突き立てる。


 上がる絶叫。喜ぶ鬼。さらに爪を突き立てる。


 遊んでやがる・・・。


 せ返るような血の臭いにヘドが出そうになるのを堪え、俺に意識が向かないよう必死に気配を殺す。

 そこでふとある事に気が付いた。


 今なら逃げれるんじゃね?


 鬼は今、警官(新しい玩具)に夢中になって俺の事など目に入ってないように見える。

 破壊された出入口は鬼が部屋の中央まで入ってきたせいで出入り自由になっている。

 行くなら今しかない。


 気付かれないように壁を背にゆっくり動き出す。

 途中床に落ちた天井の破片を踏んで音を立てないよう慎重に足を運ぶ。

 鬼の背後まで回り込み今出入口をーー、


 出たーー。


 張り詰めた緊張から解放されてから、呼吸をするのも忘れていた事に気付きゆっくり音を立てないように深呼吸する。

 冷たい空気が血生臭くなった肺を洗い流してくれたような気分になる。


 交番の中に目をやると鬼は俺が逃げ出した事にまだ気付いてないようだ。

 ・・・警官と目が合ってしまった。


 頬が裂かれ血にまみれた顔。

 涙を流す目が『助けてくれ』と懇願する。


 ゴメン。ムリ。


 俺はかぶりを振って目を逸らせその場から逃げ出した。



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