第一幕 遭遇
おっかなびっくり初投稿です。
至らぬ点がありますれば御教授願います。
一人でも多くの人に読まれますように ^^
「ふ・・・ぁぁああ・・・」
俺は凝り固まった身体を解すように伸びをして、思わず漏れる欠伸を一つ噛み殺した。
パーカーのポケットに突っ込んだスマホを見ると、夜中の2時を回っている。
立ち読み5時間は流石にやり過ぎたかな・・・。
右の手首にぶら下げたコンビニ袋に入ったうまい棒をチラリと見て、四十過ぎのオッサン店員の絶対零度の熱視線と、心暖まる塩対応を思い出す。
顔覚えられただろうな~、悪い意味で。
漏れる苦笑い。
「うゎっ、寒・・・」
急に吹いた風に身震いする。
もう四月に入って季もは春になったはずなのに夜はまだまだ寒い。
人気の全くない静まり返った道端で、俺は冷たい空気を胸一杯に吸い込んだ。
空気がうまい・・・かなんて解りゃしないが、昼間の排ガス臭い空気に比べれば全然マシじゃなかろうか。
それにしても・・・。
「あ~、学校行きたくねぇ・・・」
ポロリと漏れる泣き言一つ。
別にイジメられてるとか家庭の不和とか、そんなものは一切無い・・・はず。
ただ何となく、漠然とつまらない。高1の五月病を一年近く引き摺っているのだろうか?上手く言葉で言い表せない。
ただただ俺が悪いのか。ただただ回りが悪いのか。
わっかんねぇや・・・帰って寝よ。
寝て起こされて、その時の気分で考えよう。
俺は公園の中を突っ切って近道することにする。
だだっ広い公園には、道なりに街灯がぽつ、ぽつ、ぽつとあるだけで、昼間の賑わいとうって変わった人っ子一人いない静けさと相まってより一層の不気味さを醸し出す、夜の学校の次くらいに居たくない場所だ。
いや、別にビビって無いしぃ。こんなの全然へっちゃらだしぃ。
早足なのはとっとと帰って寝たいだけだし、寝なくていいならずっといたって全然平気だしぃ・・・。
ゴキンッ
最初に耳に入ったのは、固いものが折れるような音だった。
次に目に入ったものは、俺の行く先ーー街灯と街灯の間の闇溜まりのような場所にあるデカい塊だった。
足を止めて目を凝らす。するとそれは踞った俺の背中だった。
街灯の光が届かないその場所で、小汚い腰簑ようなもの一枚身に付けた男の背中がもぞもぞと蠢く。
ゴリッ ゴリッ ボリ・・・
固いものを砕く音。
どうやら半裸男は夢中で何かを食べているようだ。
ん~~~・・・。
春になると土筆やミミズと一緒に、頭の中身が生暖かな連中が湧いてくるって言うし・・・。
うんーー。
見なかった事にしよう。
君子危うきに近寄らず。
左向け左して半裸男に気付かれないように息を殺してその場から離れようとしたその時ーー、
ゴリッゴリッ ボトッ
「げっ!!?」
あまり見ないようにしてたはずが、半裸男の陰から転がり落ちたそれのあまりにショッキングさに釘付けになる。
それは、赤いハイヒールを履いた女の脹ら脛だった。
反射的に漏れ出た俺の声が聞こえたせいか、半裸男のもぞもぞと蠢いていた背中が、その動きをピタリと止める。
そして緩慢な動きで立ち上がると俺の方へと振り向いた。
いつかテレビで観た世界一背の高い男のような背丈。レスラーやボディビルダーのような筋肉。
思ったよりも遥かにデカい・・・。
縦も横も兎に角デカい。
巨大な半裸男が赤い水溜まりの上に立つ。
肌はおよそ人のものとは思えない青。
ゴリラか原始人のような面構えに乱喰いの黄ばんだ牙。
暗く血のように紅い眼。
固く太い、鬣のような白い髪。
前髪の隙間から覗く額から生えた二本の角。
右手には長く茶色い髪の毛。それに繋がる原型を無くした肉の塊。
ピクッピクッと痙攣する度に滴る液体が足元の水溜まりの元になっている。
情報量が多すぎる。
脳味噌が処理が追い付かない。
半裸男が髪の毛から手を離す。
水溜まりの中へビチャリと肉塊が落ちる。
息が苦しい。
上手く呼吸が出来ない。
半裸男が一歩、また一歩、俺の方へと近付いてくる。
ズシッズシッという足音と共に地面に赤くてデカい足跡のスタンプが押されていく。
見上げる程にデカい身体は、ひょっとしたら3メートルはあるんじゃなかろうか。
手や口回り、胸元が赤く濡れている。
半裸男が目の前に立つ。
生臭い嫌な臭いがしつこい程鼻にまとわり付く。
垂らした腕が持ち上がる。
俺の視界が、長く伸びた鋭い爪の生えたグローブのような掌で覆われていく。
指の隙間から半裸男の口の端が歪に持ち上がるのが見えた。
「ウゥ~~、ワンッ!ワンワンッ!ワンッッ!!」
唐突にーー。
そうとしか言い様が無い程唐突に、敵意剥き出しの吠え声が辺りに響く。
声の方へ視線を向けると牙を剥き出しにした一匹の犬が、敵意剥き出しで半裸男を睨み付けていた。
犬種はゴールデンレトリバーだろうか。
明るい茶色の毛並みにベッタリと赤いペンキのようなものが付着していた。
「ウゥゥゥゥ・・・」
どうやら野良犬ではないようだ。水色の首輪からリードが伸びている。
地面スレスレまで頭を落として全身のバネを目一杯縮めている。
半裸男の視線が俺から犬に移っていた。
一瞬の沈黙の後ーー。
「ガアゥ!!」
犬が半裸男に向かって跳んだ。
剥き出しの牙。血走った眼。
殺意の塊が、いつの間にか突き上げた左腕を降り下ろす半裸男の喉笛目掛けて飛び掛かる。
グシャッッ
嫌な音が辺りに響き、何かが頬に当たる。
俺のすぐ側に物言わず、ピクピクと痙攣する肉の塊と血溜まりがもう一つ出来上がった。
二本の指でそっと頬を撫でそれを見る。
ヌルリと指に付いた赤い血と小さな肉片・・・。
「ぁ・・・」
俺の中で何かが切れた。
小さな音を立てて何かが切れた。
「うわあああぁぁああぁあぁぁあぁっっっ!!!」
身体を捻る、足を踏み出す、地面を蹴る。
声を張り上げ、腕を突き出し宙を掻く。
目の前に突き付けられた恐怖から、俺は背中を向けて力の限り逃げ出した。
「何だあれ?何だあれっ!?何だあれっっ!!」
叫び声は空しく夜闇の中へ消えていく。
何度もつんのめって転びそうになりながら芝生の上を、林の中を、兎に角前へ、兎に角遠くへと走り抜ける。
デカい図体青い肌。長い爪に乱喰いの牙。そして額に生えた二本の角。
あれはまるで昔話何かに出てくる敵役ーー。
いやいやいやいやいや、んなバカな。
口に出す余裕すらなく頭の中で否定する。
酸素が足りなくて混乱してるせいだ。そうに違いない。絶対そうだ。
そんなものがこの世に存在する理由がない。
と、頭でいくら否定してもまざまざと記憶に甦る、半裸男の異様な姿。
奴はそこに居た。奴は犬をミンチにした。奴は女を殺した。奴はーー。
奴は女を喰っていたーー。
頭がかち割れ目玉が飛び出し、手足の半分がもげて、乳が千切れて腹が割け、中身をぶちまけた無惨な映像がありありと甦る。
「うっぷ・・・」
一口ゲロが喉の奥まで込み上げる。
目尻に涙が溜まり視界が滲む。
その視界に映る景色が変わった。
雑多に生えた木々が開けて道路が見える。公園の敷地から脱け出せた。
助かったーー。
どんな根拠があってそう思ったのかは解らないが、そんな言葉が頭を過る。
その瞬間足元の地面がなくなった。
「なっーー!??」
落下する景色。落下する身体。
咄嗟に身体を捻り手足を縮めて首を曲げ、道路脇の歩道に背中から落ちると勢いでガードレールにぶつかるまで転がった。
一瞬、公園の端と歩道の間に膝丈程の段差が目に映った。
「げぇっ、げほっ・・・」
さっきの一口ゲロが本ゲロになって一気にリバース。喉がイガイガする。
早鐘を打ちならす心臓が痛い。
酸素が足りず息が苦しい。
溜まった乳酸のせいで足腰が怠い。
打ち付けた背中や肩がジンジンする。
もう動きたくない。何もかも投げ出したい。
そんな欲求を無理矢理押さえ付けて、肘を突き半身を起こす。
辺りはしんと静まり返り、等間隔に並んだ街灯だけが、寒々しい道路を煌々と照らしている。
右を見ても左を見ても車一台、人っ子一人見当たらない。
何処か、何処かに逃げないと。
しかし一度止まったせいか、身体は言う事を聞いてくれない。
ガードレールを支えに何とか立つが、膝は笑うし身体は重い。
助かるための何かを求め、右へ左へさ迷う視線。
その視線がピタリと止まる。
引き戸の開いた入口からは明かりが漏れている。
入口の上の壁には赤いランプが遠くからでも解るように柔らかい光を放つ小さな建物ーー。
交番がそこにあった。
俺は気力を振り絞って交番へ向かってヨロヨロと走り出した。