【 1996年7月1日 】
ぼんやりと歪んだ視界をゆっくりと横切る、純白。
それは雨上がりの、くすんだ色をした住宅街では明らかに浮いていた。
下校途中の私はイヤホンを通して耳の中に響く世界から、慌てて戻り目を凝らす。
すると・・・その純白は人型に浮かび上がる。
真っ白な服を着た良く似た美しい顔立ちの少女が二人、反対側の路肩を歩いていた。
いや、よく見ると片方の女性は少女の様な装いには少し不釣り合いな年齢のようだ。
私はいつの間にか足を止めて見入っていた。
─── 急に視界が瞬きその眩しさにはっと息を飲む。
橙色の鮮烈な光が、梅雨の夕暮れらしい紫陽花のように曖昧な色をした雲間から降り注ぐ。
濡れた路面が輝いて、そこらじゅうの影が急に存在感を増してぐぅんと音をたてて伸びた気がした。
夕日に染められた二人の淡い色をした長い長い髪は、風に吹かれると透けて金色に輝いているように見える。
スカートの部分がふんわりと広がった白いワンピースは歩く度に羽のように軽やかに揺れた。
トウシューズのような靴のリボンを、細く白い脚にきっちりと巻きつけている様子はどこか神経質で、痛々しい。
揃いの純白の服を着て、夕日を浴びながら影を連れて踊るみたいに優雅な足取りで歩く二人。
ふと、本物の少女の方と目が合う。
不躾な視線を浴びせていた事に気が付いて慌てた。
けれどもう遅い。
視線に射抜かれたように固まっている私に向かって、少女は小首をかしげながら口を開いた。
私は慌てて耳からイヤホンを引き抜く。
「・・・てるの? 」
言葉の最後しか聞き取れなかった。
「 まぁいいや ・・・ねぇ貴女、畑の真ん中の中学校の子? 」
話しかけられるなんて夢にも思っていなかった私は、どぎまぎしながら、たどたどしく答える。
「 そう・・・だけど 」
その言葉を聞いて少女は顔をほころばせた。
「 私もその学校に行けるかもしれないの 」
「 友達になれたらいいな 」
「 私達きっと仲良くなれると思う 」
私がその言葉に戸惑いを隠せずにいる間に少女は、女性を追うようにしてまるで鳥が飛び立つようにぱっとその場を離れた。
後ろ姿を目が追う。
二人が消えた先はこの町で ゛ 幽霊屋敷 ゛ なんて呼ばれている建物だった。
どれも同じような代わり映えのしない家が、ぎゅうぎゅうとひしめき合う住宅地には似つかわしくない西洋の古城のような屋敷で、うんと広い敷地をまるで刑務所かと思う程の高い壁で囲っていた。
その高い高い壁から飛び出した無人のはずのお城のような屋敷の窓が時々開いている日があって、そんな事がある度に子供達は窓辺に幽霊を見たなんて噂をしあっていた。
゛ あぁ、人が住む事になったんだ ゛
そう思ってから、でも今見た人達が幽霊だったって言われたらなんか信じちゃうかもなんて考えた。
そうして気を取り直して家路についた。
1996年7月1日
こうして私にかけられた ゛ 魔法 ゛ に関する記憶は始まる。
最初の記憶から約2週間後、そんな事があった事すらも忘れかけた頃にこの記憶はまた、続きを紡がれてゆく事になるのだった。