02 敵は神官
低い岩山には洞窟がいくつもあったが、男は迷わず一つを選んだ。だが、部下を二分し、別の穴へ行かせた。進むにつれ、嫌な霧が立ち込めた。
壁には、クシュ族の歴史が描いてあった。ほとんど侵略を受けないこの島は、滅多に内乱もなく、比較的穏やかな気候を持つ。そのため、壁画も動物や植物、魔術や祭式のものしか見られない。
男は部下達に松明を持たせていた。だが、壁にはクシュ族の松明があり、魔術がかけられているのだろう、彼らが差しかかると、音も無く炎が宿った。不気味なことこの上ない。
いくら侵略を受けないと言っても、その力を狙って、自分のような不届き者が攻めて来ることはあった。地面には骨が散らばっている。踏むと、ただの土くれになった。生きていることが馬鹿らしくなる。もともと、全て土だったとしたら。この器に入って、体を支配している『これ』は何なのだろう。何のために、人は、人に限らず生きるものは、生に執着するのか。生きていれば、いつか分かるのだろうか。
部下の緊張がだんだんと増してくる。突然、視界が開けた。広い水場に出た。水は青く濁り、鍾乳石が生えている。水は濁っているといえど、鍾乳石の白っぽくくすんだ茶色と一つの景色を造り出し、何とも言えず幻想的だ。こんな時でさえなければ。
「来ると分かっていたぞ、ウェン・ツェン。」
白い神官服を纏った銀髪の男がいた。額には、クシュ族の神官の長である印の、楕円の鏡が輝いている。四十代くらいで、がっしりした体つきだ。ユニコーンに翼の生えたような生き物にまたがっている。といっても、その動物は馬ではない。体は黄緑の輝く鱗に覆われ、赤いルビーのような角を額にもつ。長いたてがみ、尾、眉、ヤギのような顎髭は全て黄金色で、蹄は黒曜石のように黒い。瞳はたてがみと同じく黄金色で、それ以外は黒、という目をしている。竜だ。その男の後ろには、同じように竜にまたがり、武装した者がたくさんいた。
「分かっていた、か。だが、こちらもそれくらいは知っている。何しろお前はクシュ族の長。先見くらい簡単だろう。なあ、アイエス・クゼ・タリク。」
ウェン・ツェンが笑った。