16 油断と懐柔
実際、セルヴァンテスはウィリアムにとって特別な存在になった。周りと違って、ウィリアムのことを常に心配してくれた。だが、左目の包帯だけはとらなかった。とれば、何かを失いそうな気がした。ついこの間まで孤独を好んでいたくせに、一人ぼっちでなくなると、それを失うのが怖い。我儘な奴、だから義父上にも好かれないんだ、と自分を責めた。
セルヴァンテスはウィリアムの世話だけを命じられたのか、いつも傍にいた。セルヴァンテスは、いろんな国の、今まで自分が見聞きしたことをたくさん話してくれた。ウィリアムもそれを楽しみにしていた。
一度、セルヴァンテスは自分の家族について話してくれた。父親はいるが、母と弟はいないのだと言う。数年前、スペイン軍がフランス軍と衝突した時、運悪く母親と幼かった弟はフランスにいた。戦いに巻き込まれたのだと。
ウィリアムが慌てて謝ると、セルヴァンテスはウィリアムの髪を優しく撫でた。そして、愛おしそうに言った。
「君は、僕の弟によく似ている。もう、失いたくないんだよ。」
ウィリアムには、セルヴァンテスの言わんとしていることが分からなかった。聞き返すと、セルヴァンテスは何も言わず、ウィリアムを抱きしめた。まるで、注意していなければ壊れそうなガラス細工を扱うように、そっと。しかし決して離さないくらいに。
牢からは外は見えなかった。壁板の隙間から、細い光が入って来るので、かろうじて、今が昼か夜か分かる程度だ。空気もあまり良いものではなかった。服はずっと同じ物を着ているし、食べ物もろくなものではなかった。手錠が日に日に重く感じられ、空気の冷たさは一層増すようだった。だが、セルヴァンテスは何かと気にかけてくれた。彼に迷惑と心配をかけたくない一心で、ウィリアムは全て耐えた。




