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影喰い  作者: 双葉 燐
1/2

#0 影

「俺は神だ」

 ビルの屋上に立って町を見下ろしている一人の青年が叫ぶ。動きやすそうな服の上に、どこで見つけてきたのか魔法使いのようなローブを身に付けている。

「俺だけがこの腐れきった世界から人間を開放することが出来る」

 大きな笑い声が夜の空に吸い込まれていく。

「この力は破滅の力。救いなんで物じゃない」

 青年の背後で声がする。屋上に繋がる階段の扉が開くような気配がしなかったので別の場所から表れたのだろう。

 驚くものの力をもっているという余裕からか、警戒するという事すらしない。ゆっくりとした動作で後ろを振り返る。

 視線の向こうで黒い影がゆっくりと体を起こす。身を包んでいた何かが解けるように霧散し、足元へと吸い込まれるように消えていく。後に表れたのは身長170センチほどの少年。顔は良く見えない。

 そういった状況ではあるが、その少年が何者であるのかを問う事をしない。手を左右に広げると何かをアピールするように声を上げる。

「何故そう悲観的になる。この力はすばらしいではないか」

 そういうと見せびらかすがごとく両手を腰の高さまで挙げる。それに伴って足元にある影が蠢き、黒いものが噴出す。噴出したそれは、青年の背後で孔雀の羽根のように広がる。

 それを見て少年はどんな表情をしているのか、ズボンのポケットに手を入れた状態から微動だにしない。

「これがあれば何でも出来る。そうは思わないか?」

 そういうと、背後に広がる黒い壁がうねり形を変える。半分に割れたかと思うと、片方は熊の形をなす。もう片方はさらに半分に分かれると、片方は青年の手の中に納まり、銃身のながい銃へと変貌する。残った一つは犬のようで犬でない異形へと変わる。

 手に握られた銃の感触を確かめるとこ少年のほうへと顔を向ける。一方で少年は動く気配がしない。

「手に入らないものでも、手なずけられないものでも、この世に存在しないものですら、この力は形に出来る。すばらしいではないか。それを何故貴様は、破滅の力という」

 青年はこれを言いたかったのだろうか。この力を否定された事がそんなにも気に食わなかったのだろうか。少年に向けている銃を握る手に力が入っている。周りの熊と異形も、地面に張り付き、いつでも襲ってやると言っているように見える。

 その様子を見て少年はくだらないとため息をつく。どうしてこんな奴が力を持ったのか、疑問で仕方がないといった感じだ。

「貴様も他のものと同じで、私をさげすむのか」

 どうやら今の行動が気に障ったらしく、怒りのボルテージが上がっているようだ。きっかけを作ったのは少年のほうかも知れないが、暴走しているのは明らかに青年のほうである。

「消えろ!」

 指先に力が送られて銃の引き金を引く。漆黒の弾丸が放たれる。それを合図に左右に構えていた熊と異形が地面を蹴る。続けざまに引き金が引かれ無数の弾丸が放たれる。

 それを見てため息をつくと少年は脚を少しだけずらす。それだけの動きで青年の時と同じように足元の影が蠢き守るように障壁が現れる。壁の出現と同時に弾丸が壁に刺さる。壁に接触した弾丸は解けるように壁に飲み込まれていく。

 青年が様子を見るために打つのを一時的にやめたとき次の変化が起きる。少年を守るように展開されていた壁が二方向に分かれる。それぞれが熊と異形のほうへ。そして次の瞬間、飲み込まれていた弾丸が吐き出される。

 弾丸は熊、異形に襲い掛かる。一瞬耐えた後、残りの弾丸に身を体を削られていく。ついには形を失い靄となってその姿を消す。

 その光景を青年は黙って見守っていた。目の前の光景にどのような感情を持ったのだろうか。持っていた銃が姿を失い靄となって消える。その代わりに青年の背後には先ほどと同じ孔雀の羽根のような黒い壁が存在している。青年の感情に呼応しているかのように黒い壁が蠢く。

「少しは出来るようだな」

 笑みを浮かべると、背後の壁が一際蠢く。そして、青年が左右に手を広げた後、何かを引っ掻くように腕を振るう。刹那、黒い壁から蟹の腕や、脚に似たものや、蟷螂の腕などが壁の中から現れると勢い良く少年へと襲い掛かる。

 それを見ると先ほどと同じように壁を出現させる。青年から放たれた爪が壁と接触する一瞬、少年は不意に距離を取る。直後、いくつもの爪が壁を突き破り先ほどまでいた場所に突き刺さる。

 空を裂き地面に突き刺さった爪は、地面から外れると青年の背中まで縮み千手観音のような風貌を見せる。

「親は誰だ?」

 少年は睨みつけるように青年を見るとそういった。それに対して青年は何を言っているのかというように背中にある爪を動きを確認するようにゆらゆらと動かしている。

「知らんな」

 青年は一通り動作を終えると少年のほうを向き一喝する。

「そうか……話す気はないか……」

 うつむき加減に呟くと右手をそっと地面を平行に出す。それにつられて影も動く。足元の影から黒い物が噴出し、掌と地面とを繋ぐ。何かを握るように手を握ると鞘から剣を抜くように腕を振るう。黒い靄が払われ月の光に黒い刃が鈍く光る。

 剣を構えると地面を蹴る。その様子に何も言わずに背中の爪をわずかに後ろに引きタイミングをはかり爪を振り下ろす。

 左右に少しづつ体をそらしながら爪を交わし、交わせないものは切り伏せていく。出来る限り直線的に進む。

 左に体をそらしたところに上から爪が振ってくる。それを舌打ちと同時に体をひねり、剣を振るう。振り下ろされた爪を砕くと横にすべる体を止める。無数の爪が同時に他方から迫ってくる。脚に裏に黒い靄があつまる。

 地面を砕く音が響くと周囲に粉塵が舞う。針山のような光景が広がっている。

 舞い上がってる粉塵の中から剣を構えた少年が飛び出す。それに対して青年は新しく背中から無数の爪などを作り出し叩きつける。

 その全てを叩き斬ると、あと一歩で剣が届く距離まで詰める。その時不意に地面が揺れる。一瞬脚が止まってしまい、振り下ろされる爪に対しての対処が遅れ、舌打ちをすると後ろに距離をとる。それにより青年のいるところの全体が見える。

「ここで負けるわけには行かない」

 まさか……。そう思って行動した時には遅かった。青年は屋上の床を砕きビルの中へと逃げた。あとを追おうとした時には次の振動が屋上を揺らす。

「くそっ」

 悪態をつくと手から剣を消すと慌てて屋上から外へと身を投げる。背中にコウモリのような翼膜のある羽根を生やすと空にとどまり、ビルを振り返る。

 背中の中ほどまである髪は首の後ろほどで結わえられ、女の人のようなさらりとした髪が、風になびいている。月の光の下で見る少年の顔は女の子と称しても良い気さえする。

 土台を失ったビルは砲撃を受けたように下へ下へと崩れてゆく。

「柱を喰ったね……」

 あたりに粉塵を巻き上げる形を失ったビルを見下ろしながら呟く。この粉塵の中では青年を見つけることさえ困難である。

 どうする事も出来なくなったビルの残骸を背中に空の中に消える。道路には粉塵が漂い車の進行を妨げている。粉塵を目の前に慌ててブレーキを踏んだのかブレーキ音が響いている。

 

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