第9話 最悪の最上級
「と言う事は、つまりは・・・」
ベンは言葉に詰まった、その先に続く言葉を想像して、俺は小さく頷いた、
「仮説が本当なのかを確認して、それを持ち帰らないといけない。それが斥候の役目だから」
ベンの口角が少し持ち上がった、恐らくは作り笑顔でも何でも無く、ただ引きつっている様に見える、
「ハンマーテールってのは俺たち全員で掛かれば十分狩れるらしいけどよ・・・、それを喰っちまう様なのには何人で掛かれば良いんだろうな」
「わからない、その為に俺達がこの眼で確かめる必要が有るんだ、それからの話しは今ここでする事じゃない」
ベンは大きく息を吸い、間を置いて息を吐きだした、その眼にはもう怯えは感じられず、強い意志が感じられた、ため息と共に恐怖を吐き出したかのようだ。
「俺の命よりも他の仲間の命、シリルもわかっているよな」
「わかっているよ、俺の命よりもみんなの命。その時は振り返る事無く逃げるよ」
ベンは大きく頷いた、それに俺も答えて小さく頷き、静かに真新しいハンマーテールの足跡の追跡を開始した。ごめんよ、俺は多分振り返ってしまう、ベンを置いて逃げたく無いからじゃ無くて、恐らくは自分の為に・・・。
深く刻まれた足跡は恐ろしく深く、ところどころに異様な凹みが見て取れた、
「これは、尻尾のハンマーって言われてるところが、地面に当たった痕なのかな」
「多分・・・」
しゃがみ込んで凹みを計測した、小指から親指を広げて両手で余るくらいのその凹みは、ちょうど足首位まで硬い地面に刻まれていた。
「逃げながら振り廻してこれか、そりゃあ・・・」
俺は思い出したくも無い事を思い出してしまい、それはベンに聞かせるべきでは無いと判断して言葉を飲み込んだ。
そして追跡を続けるために立ち上がった時に違和感を感じた、それは木の幹に刻まれた深い切れ込みだった。
走って逃げるハンマーテールの身体がぶつかったにしては傷痕がおかしい、ハンマーテールの爪は鋭く尖っているのだが、走りながら幹に傷痕を残せるほど前足は強靭では無い。
鋭く鋭利な物を想像すると、爪と牙ぐらいしか思い当たらないが、そのどちらでも無いとするとこの傷はどうやって付けたのだろうか。
傷痕にそっと手を伸ばしてみる、その高さが自分の首の高さと同じだと気付き戦慄が走った。
「大丈夫かシリル、その傷が気になるのか」
「ん、ああ、何の傷だろうと思って」
「そうだなぁ、飛び上がって後ろ足で蹴ったんじゃないか、それならそれぐらいの傷が付くだろう」
「サーベルタイガーみたいに?」
「そうそれ、前足じゃあここまでの傷は付かないだろうからな」
なるほど、それならば多少は説得力がある。なんにせよここにいつまでも居るわけにはいかない、日が暮れないうちに狩りの役に立つ情報を見つけて、明日からの狩りに備えなければ。
そして俺達はゆっくりと足跡を辿った、少しずつ血糊が見え始め、狩りが成功したことを如実に知らしめてくる。
やがて森の中に突如として木々の無い広場の様な場所が現れた、これがペインの言っていたハンマーテールの狩り場だとしたら、より一層気を引き締めて挑まなければならない、気を引き締めた理由はもう一つある、微かに漂っていた血の匂いが一層濃くなって噎せ返る程漂い始め、体液や臓物、未消化の獲物の匂いが混じり合い、呼吸をするのも苦しくなって来たからだ、
「最悪だ、今すぐにここを離れよう」
木々の間から広場を覗き見た、そこには、俺が想像していた最悪よりも、もっと恐ろしい光景が広がっていた。俺はベンの肩を掴み、その場を離れるように促した。




