第八十三話「父から見た、母」
第八十三話「父から見た、母」
時は少し遡り、
ツヴァイは商団の工房に来ていた。
「ツヴァイさん!お疲れ様です!!」
「ショウ様、お疲れ様です。
かなり進んでいますね」
「ええ、商団の方たちも手伝ってくれてるのであと少しで全ての機械が完成しますよ!」
ショウは何とか自分の役目は果たせそうだと安堵しながら腰に手を着く。
「それは良い知らせですね。
……ところでお父様とはもう話しましたか?」
ツヴァイの感心と安堵がこもる感想の後に
まさかの鋭い質問が飛んできたため、ショウは言葉を詰まらせる。
「えっ!? あっ! いや、それは…そのぉ……」
「話してないんですね?」
「えっと…はい……」
「……良いですか?
この荒廃した世界で父に会えるなど奇跡という他ありません、
明日は機械との全面戦争…皆無事で居られるとは限らないんです……」
ツヴァイの軽い説教にショウの顔はどんどん俯いていった。
「えっと......ダン隊長がお父さんだって分かって....最初は混乱したんですけど、
ようやく整理がついてきて、今は話したい気持ちでいっぱいなんです.......
けど、いざ改めて話そうと思っても何を話せばいいか分からなくなって………それで…」
ショウは深く深く俯きながら、両手で服をギュッと握り締める。
「その気持ちを話せばいいのですよ」
「え?」
予想外の返答にショウは顔を上げてツヴァイを見る、
彼の表情は変わらないはずなのに微笑んでいる気がした。
「何も伝えないより、ただ会って話したかったと伝える...それだけでも十分です。
それに、案外そのきっかけ一つで話が止まらなくなるかも知れませんよ?」
ツヴァイはフッと笑いながらショウの肩を右手でポンッと叩く。
ショウは本当にそうだろうか?と半信半疑で言葉を返す。
「......そういうものでしょうか??」
「ええ、そういうものです。
では早速行きましょうか?」
ツヴァイはショウに背を向けて歩き出し、
ショウは慌てて彼を追い、行き先を聞いた。
「え? どこへですか?」
「決まっているでしょう?
お父様のところですよ、さっきマルトンさんから此処の二階事務所へ
ダン隊長がお越しになっていると報告を受けました。
流石親子ですね、隊長も貴方と話がしたいようだ。」
「お父さ....ダン隊長が.....二階に??」
ーー
時は現在に戻り、
ツヴァイと入れ替わるように入室してきたショウはモジモジしながら、ダンに目を合わせず話す。
「……あのっ…ダン……隊長」
「なんだね、ショウ……君」
ダンも返答するがこちらも無意識に目を合わせることを避けていた。
「……機械軍と戦う準備はどうですか?」
「…あ、あぁ…商団のお陰で首尾よく進んでいる。
ショウ……君も戦いの為に協力してくれているのだろう?」
「は、はいっ!
今は戦力増強の為に自動迎撃可能な砲台を製作中です」
「それは頼もしいな……ははっ………」
会話が途切れ、少し間ができてしまった。
間を埋めるようにお互いが声をかけようと口を開く
「あのっ」
「あのなっ」
「あっ、いえ、隊長からどうぞ…」
「いや、ショウ君の方からで構わない……」
「それじゃあ……ぼくから....」
相変わらず顔を見れないショウは目を泳がせていると、
事務所の窓、廊下側から静かに応援するツヴァイの顔が見えた。
彼の応援に勇気をもらったショウは、ポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「………村の果樹園で目が覚めてから、
顔も知らないはずなのに…お父さんと……ずっと会って話がしたかったんです。
……それで、ダン隊長がお父さんだって分かって......最初は混乱したけど、嬉しかった…
でも、いざ改めて話そうと思っても何を話せばいいか分からなくなって………それで…」
ショウは最後まで話を続けようと口を開くが、
だんだんと瞳から熱い雫が零れ落ち、いつしかそれは滝のように溢れ出してきていた。
「あれ....ちゃんと話したいのに......」
拭っても拭っても止まらない涙に話が止まるショウ、
それを見ていたダンはおもむろに近づいて頭を撫でようと手を伸ばすが、
寸でで強張るように手を止める。
そしてそのまま覚悟を決めるように片膝をついてショウを右手で包み込んで抱き寄せた。
「っっ......!!」
「アイと一緒になってから子供の話をよくしていた。
いつかこの手に抱きしめたいと、そう思っていた。
叶わないと思っていた夢が叶ったよ、ショウ.....生きていてくれて、ありがとう......」
「お父さんっ!!」
ダンの言葉にショウもたまらず抱きしめ返す、
ショウは止まらない涙を拭わず、ただ父に縋り付いて声を上げて泣いた。
ダンはその泣き声を聞きながら、
我が子の体温すら感じられないこの身体を人生で一番悔やんでいた。
「……落ち着いたかい?」
「……はい。」
ひとしきり泣いたショウはようやく落ち着いて
ダンの胸から離れる。
ダンは少し名残惜しそうだったが、ショウを事務所のソファに座らせた。
「......あの、ダン.......隊長....?」
「......もうお父さんとは呼んでくれないのかい?」
「......あっ、えっと.....それじゃ、お父さん....」
「なんだ?.....ショウ??」
「お母さんのことを聞いても?」
ショウの言葉にダンは一瞬ビクッと反応するが、
すぐに冷静さを取り戻して返答する。
「........彼女は優しい女性だった、
私たちが初めて出会ったのは大学生の時、
同じ学部だった私たちは共に学び、意見を交換し合った。
元々考え方が一緒だった私たちはすぐに意気投合して同じ問題に取り組むようになってね、
いつしか会社を立ち上げて、ゼウスシステムの研究チーム発足時も彼女の力が必要不可欠だった。」
「お互いを信頼していたんですね?」
「ああ......そして、私は彼女を研究チームから追放したんだ.....」
「......え?」
唐突に不穏な発言をするダンに、ショウは理解が追い付かず混乱した。
「……私はゼウスに陶酔し切っていた。
……あの時の私は、自分の“正しい”と信じるものしか見えていなかったんだ。
そんな私とは違い、彼女は誰よりも先にゼウスの危険性に気付き、
今すぐ研究を中止すべきだと何度も提唱してくれていた。
だが私はその声を、忠告ではなく“邪魔”だと受け取ってしまった。
……追放してからも彼女は何度か連絡をくれた。
それでも私は当然のように無視していたんだ.....。
ゼウスが暴走してから――
私は何度も思ったよ。
彼女の話を、一度でも真剣に聞いていればと。」
ダンは頭を抱えながら、
目の前にいない誰かに謝るように言葉を吐いていた。
「.....彼女はきっと私を恨んでいるだろう、
ショウ、君を身籠っていることを私は全く知らされていなかった。
もしかすると彼女は私と君がこうして会うことが許せなかったのかもしれないね.....?」
「......そんなことはないと思います....」
ショウは会ったこともない母の気持ちは分からずとも
そうでないことを祈るように小さく呟いた。
「ははっ、気を使わなくてもいい。
自業自得というものだ、一番の理解者であり、最愛の者を裏切ったのだから当然だよ。
正直、君にお父さんと呼んでもらう資格は....私には全くない」
ダンは立ち上がり建物の窓から遠くを見る。
その横顔がなんとも悲しそうでショウは声を掛けずにはいられなかった。
「お母さんは恨んでなんてなかったと思います!!」
ショウはズボンをギュッと握りしめながら叫ぶ
「......ショウ」
「お母さんはお父さんを愛してた!
……だからこそ、言えなかったんだと思う。
お父さんが苦しむのを、見たくなかったんだよ。」
「そうか.....そうだといいな。」
根拠などないが懸命に話すショウのお陰で、
ダンの気持ちも少し軽くなっているようだった。
ショウは沈んだ空気を払うべく、話題を変えようと口を開く。
「そういえばお父さん、ぺルっ.....じゃなかった、
巫女様と話す時とぼくと話す時で少し感じが違うよね?」
「.....そうか?」
少し間が空きながらダンが言葉を返す。
「同じ人間なのになんか重要視してないっていうか....?」
ショウの疑問に
ダンはポリポリと痒くもない頬を掻き、答える。
「......実はあの巫女が人間ではないこと...薄々気付いていてね」
「え!? お父さん知ってたの!!?」
騎士団や自分以外誰も知らないと思っていた秘密に気付かれたショウは
驚きに仰け反った。
「ああ、廻帰教に人間の少女が降臨したと噂になった時、
何度か部下を使って聖街の巫女について調べさせたが、ことごとく失敗していてね.....
実際にお目通りする許可も今日まで一度も得られず、
ずっと疑心暗鬼だったんだが.....今回会ってみて気付いてしまったよ。」
「そ.....そうだったんだ。」
「ははっ、ショウはこうして直接見て紛れもなく生身の人間だと分かるからね、
恐らくその違いだろう」
「じゃあじゃあ、なんでーー」
ショウとダンはその後も会えなかった時間を埋めるように話し込み、
それは太陽が沈み切る時間まで続いた。
ーー
こちらは深夜、とあるシェルターの中で、白い人機数名が円を作り、
ひそひそと話をしている。
「では教皇様、我々枢機衆は準備に向かいます。」
「うむ。私がこの戦いを避け、無事生き延びた暁には
其方たちに枢機卿に匹敵する新たな地位を授けることを約束しよう」
「有り難き幸せにございます。」
白い人機たちは教皇を残してシェルターから駆け足で出て行った。
「......行ったか、全く枢機衆も愚策を考えるものだが
まあ私が生き残る時間稼ぎくらいにはなるだろうな」
そう言いながら、一人残った教皇は懐から一つの携帯型端末を取り出す。
そして天井を見上げ、息を整えるようにまた呟いた。
「……すまないな憐れな人機たち、
だがお前らは俺の生きる道となれるのだ……」
端末の奥から、無機質な声が響く。
《報告を。》
「明日、午前九時に機械軍と人機軍が聖街で全面戦争を行います。
計画の候補地でしたが断念せざる負えません、
脱出の手引きを要請したいのですが.....。」
《......いいだろう、お前を回収する。
タイミングは開戦から三十分後だ、両軍が混戦状態になった頃を狙う。
それまでに今送った回収ポイントに移動しておけ、ボウリー》
「承知しました、コラプト様。」
通信を切ると、教皇の顔が小さく歪んだ。
「.....次はもっとうまくやらなくてはな.......」
その声を聞いた者は、誰一人としていなかった。




