第七十四話「巫女」
「………遠路はるばるよくぞいらっしゃいました。
私の名前はルナ・アルシェ、廻帰教の巫女をしています。」
薄い幕に囲まれる部屋の最奥、
椅子に座って語りかける巫女と名乗る人物が
幕越しにシルエットで見える。
「姿を見せられない……とは、
何か事情がおありのようで…良ければ私に
お話いただけないでしょうか?」
「...っ……お気持ちは誠に嬉しいのですが
それは出来ないのです......何か事情があるということだけご理解頂ければ幸いです。」
「……承知しました…
それで、今回は何故我々と謁見を?」
歯切れの悪い巫女の言葉に違和感を覚えながらもダンは話を進めた。
「あなた方をお呼びした理由は二点ほどあります。
まず一点は今回こちらの要請で降臨祭の防衛をお願いし、
それに応じて頂いたお礼です。
この度の防衛任務、快諾いただき誠に感謝いたします。」
「礼には及びません。
人機を救うのが我々の責務ですから……
ーーそれで"もう一点"とは…?」
「……感謝を伝える事とは別にダン様、
あなたにお伝えしなくてはならないこと、
それを伝えた後、確認しなければならないことがあった為です。」
ーー
ここは聖堂の地下、装甲車に載っていた木箱や鉄箱は
この地下にある倉庫に全て運び込まれ、保管されていた。
ウィーン
部屋の中央に置かれた鉄箱の一部の側面がそれぞれ開き、中からショウたちが出てくる。
「箱を開けられるってなった時はどうなることかと思ったが
まさか箱の中が二重構造になっているとはな.....」
「相手に見せる時は食料の入った方を開ければよくて.......」
「箱に入ってる人は潜入したら中にあるコンソールを操作して出られる!
なんかスパイみたいでカッコいいよね!!」
「ぺちゃくちゃ話してないで行くわよ?
ここだっていつ警備が来るかわからないわ...」
「そうだね。
ミアさんたちに書いてもらった地図もあるし、
さすがに地下に地図はないけど直ぐにここから出て
巫女様のいる場所に向かおう!」
ショウたちは速やかに倉庫を出て目の前の階段を上がる
近くに気配を感じなかった為、ショウはこの街に来てから思った疑問を投げかける。
「そういえばこの街ってフェムニカみたいに人機軍の拠点がないよね
アルボリアみたいだけど街の規模も桁違いだし......こんな大きな街で不思議だよね??」
「ショウは気づいてなかったかもしれねぇが
この街はアレだ、最前線で心の壊れた人機や戦えなくなった人機の
保養所のような場所だな。」
「保養所.......?
人機にそんなものが必要なの?」
コールの話に疑問を抱いたシンが質問する。
「シンの言いてぇことも分かる。
俺たち人機は身体が機械だ、壊れてもコアや重要なパーツと回路が無事なら
コンバートできてまた戦闘に参加することができる。
確かにそれは間違いじゃないが俺たちの意識は人間、
身体が問題なくとも心に問題が出てくることもあるんだよ。」
「軟弱ね?」
コールの話にセレナが厳しい言葉を吐き捨てる。
「まあそういってやるなよ。
噂じゃ最前線は相当悲惨な戦いらしい、詳しくは知らねぇが
心に異常が出るのも致し方ない程の戦況らしいぜ?」
「そっか、だから聖歌隊のライブの観客は破損した機体ばかりだったんだね」
「そうだったっけ?」
「ショウはライブを食い入るように見てたからな
気づかねぇのも無理はねぇぜ?
まあもう戦えねぇ奴らに新しい機体を与えるほどの余裕は
今の人機軍にはないからな、聖歌隊のライブも慰問のようなモンだろうし
この街は”戦争が生んだ兵士の墓場”だよ」
「.....墓場....兵士だった人はもうずっとここで過ごしていくのかな?」
「ほとんどの奴がそうだろうが
まだ戦えはしないとしても指示を受けて動けるような奴がいれば
そいつは俺たちみたいに非戦闘員として拠点に送られるな」
「確かに僕たちの拠点でも最前線から送られてきた人機は何人か居たね」
「おっといつの間にか地上に出れる所まで来たな
ここからは何人か警備の人機がいるはずだ、気を引き締めていけよ?」
ーー
「ーーそれで、私に伝えることというのは?」
ダンは片膝をついたまま顔を上げてルナに質問を投げかける。
「ツヴァイ、ダン様を例の場所へ
大変申し訳ありませんが私は同席できません。
今から行く場所で聴いたことへの感想を戻り次第、
私に伝えてください。」
ルナはダンの質問に直接返答せず、ツヴァイに案内を任せた。
「ハッ! ダン様、こちらです。
.....お連れのお嬢様方は応接室での待機をお願い致します。」
「えっ!?
一緒に行けないの?」
ツヴァイの指示にシェルンは大袈裟に反応して
形だけの残念そうな声を出していた。
「申し訳ございません。」
「.....はぁ...仕方がない、お前たちは待機だ
くれぐれも勝手な真似だけはしないように!」
「.....任せて、ちゃんと分かってる.......」
何が分かっているのかこちらは全く分からない
ただ、ドヤ顔のエリナにダンは内心頭を抱えていた。
彼は物凄く目を離したくなかったが相手方からの指示、
なのでため息交じりに二人に釘を刺す程度で治めておいた。
「では参りましょう。」
ツヴァイが案内を再開する。
謁見の間から退出し、廊下を進んでいく彼にダンは言われるがままについていった。
ーー
ここは応接室、ツヴァイとは別の人機がシェルンとエリナを案内して部屋に通す。
「こちらでお待ちください。」
と一声掛けたかと思えば、
忙しいのかそそくさと部屋を離れて行ってしまった。
「エリナ? 分かってるよね??」
「......ん、当たり前。
早くショウに合流して、巫女様のところまで案内してあげよう...」
問題児二人は静かに応接室を出る。
その行動のせいかは分からないが
聖堂の真上の空だけが雲行きが怪しくなってきているようだった。
ーー
「ここです。」
ツヴァイの案内したそこは、廻帰教の施設としては異様な
精密で頑強な合金のスライド自動ドアの前だった。
「廻帰教の聖堂にこんな設備が?」
「機械や技術に頼り過ぎていた過去の過ちに異を唱える我々が
一番持ってはならない設備です......これが信者に知られれば暴動は不可避でしょうね........」
「......それでもこの設備がまだ生きているのはなぜなんだ?」
「それが今からお見せすることと繋がっているのですよ。」
ツヴァイが操作パネルを押し、扉が開く、緩やかに地下へと降りる階段があり、
二人はゆっくりと降りて行った。
地下に着くとそこは思ったよりも広くなく、
だが所狭しと精密機械が並べられ、それらはすべて稼働していた。
「........これは.....すべて周辺探索や無線傍受...型は古いがメッセージやファイルの受信送信........」
「.....我々廻帰教の最大の目的は
全ての人機が人間に戻ること、この設備はそれを叶えるために必要なものです。」
設備を撫でながらツヴァイは語りだす。
「現在、廻帰教の巫女をして頂いているルナ様も
この設備のお陰で保護することができたのですよ。」
「!?
彼女は元々別の場所にいたのか!!?」
「ええ.....理由は分かりませんが、
ルナ様は聖街から南東に数十キロ離れた場所にいるところを我々が保護したのです。」
「.....南東?
......いや、まさかな.......」
「ルナ様の話はいいのです。
それよりも重要なのはこちらのビデオメッセージ
こちらにはルナ様のような生身の人間の生存者がいると示唆する
大変重要な手掛かりが残されているのです。」
「巫女以外の.....生身の人間......?」
ダンは悟られないように惚けたふりをしながら話を聞く。
ツヴァイはダンの演技に気づかず誇らしげに
一つの端末を操作し、ある動画をダンに見せようとするーーが
どこからか連絡が来たのだろうか、彼の手が止まった。
「......申し訳ありません。
火急の用がありますので私は席を外します、
戻るまでにビデオを見ておいていただけますか??」
「....ああ......構わないが?」
「ありがとうございます!」
ツヴァイは飛び跳ねるように部屋から出て行き、
ダンは気配がなくなったことを見計らって動画を再生した。
『……誰か、聞いていますか? 私はイリス(以下略)
……アイの助手として彼女の――(以下略)……どうか……この子を……守ってください……』
「っ!?
いや.....まさか……あの子が…アイと私の……?」
ビデオを見終え、激しく動揺するダンは右手で顔支え、
もう起こりはしないはずの目眩にフラついていた。
ーー
ショウたちは地下倉庫から出て、
一階の探索を進めようと移動するが、なかなか苦戦しているようだった。
一階には想像以上に警備が多く、中々進むことができない
右往左往しているとコメットがあるものに気づいた。
「ここすごいわね?
廊下にもシャンデリアがあるなんて奮発してること......」
「ママ、ナイスよ!
アタシちょっと行ってくるわっ」
それを聞いたセレナが糸でシャンデリアに登り、下へ糸を垂らす
無駄に装飾を凝った建物内の壁は人一人が通れるようなスペースが沢山あり、
そこからの移動は楽の一言だった。
「移動はできるがこれじゃ部屋には入れねぇな.....」
「どこが巫女の部屋かも分からないし厳しいね.....」
先頭を進むシンとコールが次の手を考える中、
ショウは最後尾で壁に嵌め込まれているステンドグラスに見惚れていた。
「......きれい............えっ??」
吸い込まれそうな美しさのガラスに手を伸ばして
ちょんっと触れたショウは音もたてずに開いた
ガラス窓の向こうへ本当に吸い込まれていくのだった。
「手当たり次第に天井から糸で垂れ下がって部屋を確認していけばいいのよっ
ね? ショウ?? ってあれ???」
白熱する議論にパワー思考強めなセレナが意見し
ショウに賛同を求めるが、そこにショウはいなかった。
ーー
ガラス窓に吸い込まれたショウ、奥に滑り込む少年は落ちるではなく
降ろされるような感覚を感じながら地面にススゥっと到着する。
薄暗い部屋、周りは天井から薄い幕が垂れ下がり、
大きな繭の中にいるような気分になる。
状況が吞み込めないショウが辺りを見回していると
背後から「誰!?」と声が聞こえてきた。
すぐにショウが声のした方を見ると
そこには白いドレスを着た”人機”がこちらを見て固まっていた。
ツヴァイ
聖街の騎士”天罰軍団”(スカージ・コープス)の副長
見た目は赤薔薇の機体の白バージョン
見た目は完全に女騎士なのに声はイケメン.....というかナルシスト風である。




