第六十六話「宿舎の乱」前編
「うああああああ!!!」
ズザザザァァ――。
ショウを招待(連行)した聖歌隊メンバーたちは、あっという間に宿舎の前まで到着した。
「とぉーちゃーく!」
「新記録~」
「最速」
「最短」
メンバーたちはベストパフォーマンスを称え合い、ショウは四つん這いになりながらゼェゼェと息切れしている。
「走り出しの時点で首がもげるかと思った!!」
一行が宿舎の前でワチャワチャしていると、玄関の扉が――
バァンッ!
と、蹴り開けられる。
「あなたたち……? 門限はとっくに過ぎているのだけれど?」
玄関に鬼がいた。
『ヒッ』
聖歌隊全員が短く悲鳴を上げる。その声には、短いながらも色濃い絶望が滲んでいた。
「ミア?アナタの門限遅れは今日で何回目かしら? そろそろ本気で懲罰コンバートを導入した方がいいようね?」
「え、え〜っと……トルミナマネージャー? これには深い訳がありまして〜〜」
ミアは手を上下逆さにしてバタバタさせながら、目を泳がせ必死に突破口を探す。
「……へぇ? では聞かせてもらいましょうか。その“深い訳”とやらを。
ララ、リリ。説明しなさい」
「! 説明は私がっ!!」
「ミアが」
「悪い」
双子は即答で首謀者の名を挙げた。
「そう」
トルミナの視線がミアに突き刺さる。ミアは体を仰け反らせ、これでもかというほどのしかめっ面を披露した。
「ではミア。その機体とは本日でお別れです。大量の工程を経て、最後に記念撮影をして……今日で交換を――」
「待って! トルミナ様!! 言います! 正直に言いますぅぅうう!!!
ついでにセッションも用意しますからぁ!! 許してくださぁぁい!!」
「……セッション?」
聞き慣れない単語にトルミナが首を傾げると、ミアは即座に白状した。
「ショウくんを連れてきました! 今日一日、一緒にお泊りします!!」
「!?」
ミアの指差す先には、ケーニャとレーゼ(ケーニャの背後に隠れている)と話しているショウの姿があった。
「?」
ミアの大声に振り返ったショウと、トルミナの視線が合う。
ショウはまた、彼女の下半身がブルルッと震えた気がした。
「……せ、セッション……ですね。……いいでしょう。今回は目を瞑ります」
彼女は意味を悟り、俯いたまま今回の違反を不問とした。
「やった!」
「今回だけですよ」
「ショウくん、行こ〜」
フリアに手を引かれ、ショウは宿舎の中へ入る。
「……ミアさんとトルミナさん、何を話してたんですか?」
「ん〜? なんだろうね〜?」
うやむやにされたまま玄関を通過するショウと聖歌隊一行。その最後尾でトルミナは扉を閉め、鍵をかけ――
外側から《閂》を差し込んだ。
そして、特大のガッツポーズを決めていた。
◆◆◆
宿舎内。
ショウはいつの間にか、聖歌隊に取り囲まれていた。
「? みなさん、どうかしたんですか?」
だが純粋無垢な少年には、この危機的状況がまだ理解できていない。
「ん〜? 特に何もないよ〜?」
「そうそう。これからちょ〜っとイベントがあるだけ〜」
なぜか息遣いの荒いミアとフリア。
後退るショウの背後からも、声が聞こえる。
「そうよ、私たち憧れの」
「可愛い弟とのお風呂タイム!!」
「え!? そんなの聞いてません!!」
「問答」
「無用」
有無を言わさず、一人を除いた全員がショウに飛びかかる。
――絶体絶命。
その瞬間、ショウの脳裏に稲妻が走った。
「に、逃げなきゃ……っ! ここだ!!」
ショウは狂気の群れの中、たった一箇所だけ残された綻びへと走り出す。
そこにいた人機――レーゼだけが、周囲の本気跳躍とは違い、恥ずかしそうに、可愛くピョンと飛びかかってきていた。
「レーゼさん! さっきのコブラツイスト、かっこよかったですよ!!」
「っ!? み、見られ……っ!?」
「いけない! レーゼちゃん!!」
ミアがカバーに入ろうとするが、間に合わない。
「イヤァァ!!」
羞恥に耐えきれず、レーゼはその場に座り込んだ。
「今だっ!」
ショウは完全に開いた退路を駆け抜け、レーゼを飛び越えて包囲網から脱出する。
運良く、すぐ目の前には扉があった。
「ぐぇぇ」
「きゃあ」
「回避」
「不可」
一瞬だけ完成した“混ぜるな危険のショタコン肉団子”は、繋ぎ役のショウの脱出と同時に崩壊する。
「お風呂はひとりで入れますから!!」
バタンッ!
ショウはそう叫び、勢いよく扉を閉めた。
――
「…………モウオヨメニイケナイ……」
顔を両手で覆いながら身体を丸めるレーゼ
――を他所に、ミア、フリア、ナフタが起き上がる。
「う……うぐぐ…みんな、追うよ……」
「……手分けして確保ぉ〜.........」
「私はお風呂場を見てくるわ…」
三人はすぐに体勢を立て直して散開した。
「…レーゼちゃん大丈夫?」
心配したケーニャが悶えるレーゼを人差し指でつっつくが
「ショウくん」 「優先」
と 双子に促され、ケーニャも捜索を開始した。
「……たしかに…ごめんね、レーゼちゃん!!」
その場には恥ずかしさのあまりプルプルと震えて縮こまるレーゼだけが取り残されーーいや、
「........ワタシモオフロイッショハイリタイ.......」
彼女も芋虫のように動きながらショウの捜索を開始したのだった。
◆◆◆
一方その頃――。
ショウは何度か扉を潜り、階段を駆け上がり、
長い廊下の真ん中に立っていた。
「はぁ……はぁ……。ここまで来れば、ひとまず安心だ……」
肩で息をしながら、次の一手を考える。
その時だった。
すぐ横の窓が、音もなく開け放たれる。
「――うわぁぁっ!?」
驚いたショウは尻もちをつく。
次の瞬間、窓の外から黒い影が飛びかかり、
その口を塞いだ。
「むぐっ!?」
――もうダメだ。
ショウが固く目を閉じた、その時。
「ショウ! アタシよ、助けに来たの!!」
聞き慣れた声に、目を開ける。
そこにいたのは――セレナだった。
「セレナ!! でも……どうして……!?」
「アタシを見くびらないで?
ママの拘束なんて、取るに足らないわ!!」
胸を張って自信満々に言うセレナ。
しかし。
「……あれ?
腰に糸が付いてるよ……?
って、なんかその糸、窓の外のずっと向こうまで伸びてるけど……?」
「……これは……そういう約束なのよ……」
「……約束?」
聞けば、正面から頼み込むしか手がなかったため、
**リード付き単独行動**という条件でコメットから許可が下りたらしい。
「何かあれば、腰の紐を二回引っ張る。
そうすればママが急行するの」
「……それ、まだ拘束中じゃ?」
「軟縛ってやつね!」
「……聞いたことないよ……」
ショウは頭を振り、気を取り直す。
「と、とにかく今は隠れないと!
ミアさんたちに追われてるんだ!」
「あのアバズレ共、ついに本性を現したわね!」
セレナは獰猛な笑みを浮かべる。
「ショウ、アタシがいればもう安心よ。
さ、早く隠れましょ」
――だが、時は待ってくれなかった。
「ショ~~~ウく~ん」
「……っ、来た!?」
声のする方を見る。
廊下の奥から、ぬるりと姿を現すミアたち。
彼女たちはフラフラとしながらも、
確実にこちらへ近づき、
突き当たりの壁や角を入念に調べていた。
「まだ、こっちには気付いてないわ……今のうちに!」
「……う、うん!」
セレナに促され、ショウは反対方向へ走り出す。
だが――。
後ろが気になり、振り返ったその瞬間。
調査を終えたミアが、
廊下を駆ける音に反応して、ピクリと動いた。
「――みぃ〜つけたぁ〜」
「ひっ……!」
こちらを向いたミア。
……いや。
首だけが、こちらを正面に見据え、
身体は背を向けたままのミア――。
「かぁあくほぉぉおお!!」
まさにホラー映画のワンシーンのようだった。
ミアが振り向いた時の描写で”首だけがこちらを向いた”的なことが書いてありますが、これは完全にショウの錯覚なのでご安心ください。
懲罰コンバート
コンバートできるという盾で”何されてもいいよね?”という非人機道的な扱いを受ける罰




