第五十九話「命の価値」
「うぅ……こ、ここは……?」
ショウは重たい意識を押し上げるように体を起こし、見覚えのない天井と部屋をきょろきょろと見渡した。
「目ぇ覚めたか? ショウ」
ベッドの横、丸椅子に腰掛けていたコールが声を掛ける。
「ぼくたちは……確か……沼地でナーガと戦って……それで……」
ぼんやりしていた意識を手繰り寄せるように整理していくショウ。
そして、ようやく“道を開いてくれた仲間”のことを思い出した。
「……そうだ! デへんさんはっ!?」
「……ショウ。あいつは……もう……」
「っ!! 今すぐ戻ろう! 今ならまだ間に合うかもっ!」
ショウは跳ね起き、扉へ駆け寄ろうとする。
だがコールが声を張り上げ、ショウの足を止めた。
「無理だ! ……この目で見たんだ。あいつは……もう……」
ガクッ──。
振り向いたショウは、椅子に座ったまま項垂れるコールを見て、力なくその場へ膝を落とした。
「ウソだ……ぼくは……また……」
ショウの瞳から、ぽたりと涙が落ちる。
それは二つ、三つと増え、止めどなく零れ落ちた。
「ショウ……デヘンの死はお前のせいじゃねぇ……」
「っ!! デヘンさんは、ぼくを守って死んじゃったんだよ……!
これがぼくのせいじゃなくて、なんだっていうのっ!? そうでしょう!!?」
「落ち着け…。とにかく、ここは聖街の中にある宿屋だ。ここは戦闘用の人機も多いし、安全だから....」
ショウは怒りと後悔を抑えきれず、無理やりベッドに潜り込むと布団を頭からかぶり、小さく呟いた。
「……一人にして……」
コールはしばらく思考を巡らせたが、今は何を言っても届かないと悟る。
静かに扉に向き直り、言葉を残した。
「ここもいつまで安全かわからねぇ。……早いとこ前に進むのが賢明だぞ?」
扉が閉まる。
ショウは布団の中で、小さく絞り出すように呟いた。
「……わかってるよ……そんなこと……」
◆◆◆
「ショウの目が覚めたぜ……」
コールは階段を降り、一階の“元酒場”でテーブルを囲んでいたシンたちに声を掛けた。
「ホントに!? 今すぐ見に行こー!」
「やめとけ」
すぐさま階段へ駆け出しそうになるシンを、コールが腕で制した。
「……ショウは、デヘンが死んだのを自分のせいだと責めてる……」
「なら今すぐ行って慰めてあげないと……」
「それが逆効果だっつってんだよ!
とにかく今アイツには時間が必要だ」
一行は無言で階段の上を見つめた。
その先にいるショウへ、それぞれの想いを抱えたまま。
「……ショウ……」
◆◆◆
ショウはシンやコール、セレナ、コメットと並んで笑いながら道を歩いていた。
だが──。
突然、足首を何かに掴まれ、その場に倒れ込んだ。
「え……?」
誰もショウを振り返らない。
笑い声のまま、歩き去っていく。
「ねぇ! みんなっ! 待って!! 待ってってば!!!」
叫んでも届かない。
いつの間にか周囲には誰もいなくなった。
ショウは恐る恐る足元を見る。
そこには──ボロボロになったデヘンが、倒れたままショウの足を掴んでいた。
「っ……!?」
「ショウ殿ぉ……なぜ拙者を……犠牲にしたのですか……」
「でっ、デヘンさん……それは……!」
「拙者は……レミリアに会わなくてはならなかったのに……ショウ殿だけ、生き残って……」
「うぅ……ごめんなさっ……」
「ご自分の下に、どれだけの犠牲があるか……考えたことあるでござるか?」
「っ!!」
強く握られた手を振りほどき、ショウは距離を取る。
だが振り返った先に──凍りつく。
デヘンを中心に、もういないはずの者たちが立っていた。
ドランク、アルボリアの人機たち。
ゴリラや狼、鳥の改造人機。
森の使者。
メルダ、ボン爺。
皆、崩れ落ちそうなほどボロボロの姿で。
「助けてくれ……ショウ……」
「どぉして……」
「なぜ俺たちが……こんな目に……?」
「アタイたちが何したっていうんだい……?」
「やめてよっ!!」
ショウは逃げようと背を向けた──が、そこにはトールとノールが立ちはだかっていた。
「どうしてなんです……ショウ……」
「次はコールたちも犠牲にするつもりなのか?」
「ちがうっ! ぼくはただ、人に会いたいだけで!!」
取り囲まれる。
視界がぐるぐると歪み、回り始める。
「──その目的のために、どれだけの犠牲を払うのか理解しているか?
その犠牲の上に成された結果は、本当に価値のある事なのか?
何の意味もないことに、これ以上犠牲を出すのはやめろ」
『返せ、返せ、今すぐ俺たちの命を返せぇぇぇえええ!!!!!』
恐怖に色を染めた視界の中、ショウは叫びながら飛び起きた。
「うわああああああああ!!!」
全身が汗で濡れ、息は荒い。
簡素な部屋。
小さなランプ台、丸椅子。
灯りが消え天井からぶら下がる裸電球。
暗い窓の外。
ショウは震える呼吸を繰り返しながら、かすかに呟いた。
「……なんだ……夢か……」
落ち着きを取り戻していく中、ショウは自分の手を見つめる。
「……このぼくに、守られるほどの価値が……あるのかな……?」
視界が滲み始めたその時──。
コンコンッ。
ドアが叩かれた。
(こんな時間に……誰?)
「……はい……」
「ショウ……? 起きてる? アタシよ」
「セレナ……? どうぞ、入って……」
ガチャッ。
いつもより静かなセレナが、ゆっくりと扉を開けた。
そのまま歩いてきて、ショウのベッドに腰を下ろす。
「ショウ……泣いていたの?
それに……すごい汗……」
「悲しくて……少し怖い夢を見たんだ……。
今までぼくを助けて死んじゃった人たちが出てきて……
“これ以上犠牲を払って前に進むのはやめろ”って……。
ねぇ、セレナ……
ぼくに命を犠牲にしてまで、守られる価値はあるのかな……?」
その瞬間、セレナがショウに強く抱きついた。
「あなたは商品じゃない!」
「セレナ……?」
「たしかにあなたは、この世界でたった一人の人間よ。
人類の未来に光が差すとしたら……間違いなくそれはあなただわ。
でも!
みんなそれだけで命を張ったわけじゃない!
あなたを見て、話して、触れて……
“生きてほしい”と思ったから、あなたを助けたの!
みんな、嫌がりながら助けたの?
誰か代わってくれって懇願してた?
敵に命乞いしてた?
違うでしょ!?
……もう一度、死んでいった皆の顔を思い出して。
その顔は、誇りに満ちていたはずよ!」
「生きていて……ほしい……」
「この選択に意味があるのか、それは分からない。
でもね、ここでやめて逃げたら──死んだみんなの想いは、間違いなく無駄になる。
アンタはそれでいいの?」
ショウは胸の前で右手を握り締める。
一つひとつの想いを刻み直すように。
「……みんなの……想い……」
「ほら、立ちなさい?
アンタには、まだやるべきことが山ほどあるんでしょ??」
「……セレナ……ありがとう……」
「フンッ! これくらい、いくらでもやってあげるわ!」
「また……何度もお願いするかもしれないよ……?」
「言ったでしょ? いくらでもやってあげるって。
もう行くわ、明日からはまた頑張りなさいよ?」
セレナは立ち上がり、ズカズカと歩いて部屋を出ていく。
「……うん、ありがとう……。ほんとうに……」
ショウは胸に添えた拳をそのままに、窓の外の夜空を見上げた。
「……弱気になってごめんなさい。
みんなの想いは、必ず無駄にしないから……
だからどうか……見守っていてください」
その祈りに答えるかのように、夜空を一筋の流れ星が横切った。




