第五十八話「託す」
一行は撤退を余儀なくされ、沼地を東へ進んでいた。
「もうすぐ沼の終わりよ。すぐにセクリプレスの街壁が見えるはず!」
「アオーン!!」
「この声は──!」
白い翼を持つ狼が東から飛来し、コールたちの前へ降下する。
「アンバー! 助かったぜ!!」
「ワンッ!」
「とりあえずショウとシンを背負って飛んでくれ!」
「クゥン……?」
「大丈夫。気絶してるだけで、どこも怪我してないわ」
心配するアンバーにセレナが声をかけ、安心させる。
ショウを背に乗せ、シンが同乗して落ちないよう支えた。
「このまま二人をセクリプレスの入り口まで運んでくれ。降ろしたら今度は俺たちだ、頼むぜ?」
「ワンワンッ!」
アンバーは力強い鳴き声とともに飛び立ち、東へ一直線に消えていった。
「さて……こっちはもう大丈夫だぜ。安心してくれ、デヘン……」
◆◆◆
ナーガは高速で動き回る黒い機体に翻弄(?)され、防戦を強いられていた。
「どう倒そうかしら」
「これだけの実力差で余裕そうでござるなっ!」
デヘンの高速ライダーキックが炸裂する。だが、ナーガは外装がわずかに剥がれただけ。
「ダメでござるかっ……」
「実力差、ね。随分笑える冗談だわ」
デヘンは停止し、距離を取る。鋭い視線でナーガを見る。
「拙者の動きについてこれず、防戦一方だったのは……何かの間違いでござるか?」
「ええ。間違いよ」
ナーガは姿勢を正し、静かに呟く。
『コード0──鋼鰐騎士 起動』
瞬時に上半身だけを残して全身が変形していく。
長身の女性騎士のようなシルエット。背には鰐の大口が回り、そこから青い炎が噴き出した。
「ついて来れるかしら?」
「え──?」
デヘンが気づいた時には、すでに目の前。
右ストレートが顔面に炸裂し、視界が回る。
続く攻撃は反撃の隙などなく、デヘンの体はスーパーボールのように空を跳ね回った。
「グゴッ! グゲッ! ゴゴッ! ガバァア!!」
最後は渾身の叩き落とし。岩場にめり込み、そのまま沈黙する。
「やはりついて来れなかったようね……」
ナーガはつまらなそうに東へ向き直る。
だが、その足首を──何かが掴んだ。
「……? まだやるのかしら?」
うんざりした声。その、ナーガの足にしがみつき、止めているのは──
「行かせないでござる……! ショウ殿は我々の希望……人機たち全ての希望でござっ──ぐあっ!」
「ウィルスの目的なんてどうでもいいのよ」
ナーガはデヘンを蹴り飛ばす。
弧を描いて宙を舞い、落下したデヘンを再び高速連打で殴り、蹴り続けた。
「私はべレムナイト様の望みを叶えるの。それ以外は無価値。
あの方は一度も躓いたことがない……けどね? あなたたちウィルスのせいで滞ってるのよ。
おとなしく人間を渡して、殺菌されなさい!」
「それは……無理な相談でござるな」
渾身の蹴りをデヘンは身を捻って空振らせ、地面に転がりながら立ち上がる。
「ショウ殿はゼウス暴走から生き残った唯一の人間……全ての人機が彼を護り、戦い続けるでござる……」
「アンタみたいなゴミウィルスが何千体いようと止められないわよ?」
「はて……それはどうでござろうなぁ……?」
「……?」
沼にそよ風が起こり、徐々に強くなる。
風は吸い込まれるように渦を巻き──ナーガは踏ん張った。
風は、デヘンを中心に吹いていた。
「そろそろいいでござるな……」
『ブラック・ホール・ダウン』
風が轟音を上げ、葦がざわめき、周囲の泥や残骸が吸い込まれていく。
「何が……起こっているの……!?」
渦は凄まじい力でナーガをも引き寄せ始めた。
「希望を未来に託すには、命を懸けなくてはならぬでござるな……」
デヘンは胸を張り、渦はさらに勢いを増す。
「これくらいで……っ! 私はべレムナイト様の傍に戻るのよ!! ああっ!!」
ナーガの悲鳴が渦に消え、ついに巻き込まれた。
「皆、ここでお別れでござる……またいつか、どこかで逢いましょうぞ。
レミリア……悪いが先に逝く。後にくるお前は、大往生でないと...承知しないでござるよ……」
「クソクソクソクソガァァァァァアアアア!!!!!!」
渦は収束し──最後にデヘンを吸い込み、静寂を残して消えた。
だが、その静寂を破る声があった。
「くっ……なんという技……! これでは追跡もままならない……。
申し訳ありませんべレムナイト様、一度撤退します......。
回収要請──至急、信号ポイントへ回収チームを」
「リョウカイ。シキュウムカイマス」
「……それと”アレス・ギア”の招集を」
「ショウチシマシタ」
◆◆◆
「アンバー、頼むぜ!」
「ワンッ!」
コールと、コメットを抱えたセレナがアンバーに跨がり、空へ舞い上がる。
西を見ると──岩場の近くで巨大な竜巻。
その中心に、漆黒の装甲を纏ったデヘン。
「デヘンッ!!」
セレナが身を乗り出すが、コールが肩を掴み、首を振った。
「……ッ!! ごめんなさい……ありがとう……デヘン……」
アンバーは東へ向き直り、聖街へ向かって飛翔する。
「アオーン!! アオーン!!」
俯き、悔しさを押し殺す仲間たち。
その上空に──翼狼の雄叫びだけが響き渡っていた。




