第五十七話「鋼鰐獣ナーガ=ギアロス」
「このゴミは返すわよ?」
葦に覆われた湿地へ、コメットが鰐の顎に咥えられて放られた。
抵抗する間もなく、泥をまとった体がショウたちの目前に着地する。
「ママ!!」
「ごめんね……セレナ……? 油断したわ……」
「いいから喋らないでっ! 今、あたしに括りつけるから!!」
「フフッ……むすめのおんぶ、さいこう……」
コメットの力ない声に、仲間たちの顔色が変わった。
「……あのコメットが、接近に気付けずに深手……?」
「これ、逃げ切れるか……?」
「全員で掛かっても難しいかもしれない……」
「みんな弱腰になってないで、やるわよっ!!」
セレナはコメットを落とすまいと糸で全身をぐるぐる固定し、背負ったまま巨大な対戦車ライフルを構えた。
「セレナ……」
「アイツはママをこんな目に合わせた……絶対にただじゃおかない!!」
「娘の勇姿が……糸で見えないわぁ……」
「うん、そうだね! やろう!!」
「どのみち、戦わねぇとだしな」
「……覚悟を決めるでござる!」
対峙するは、大きな鰐とその背中から生える女性の上半身を持った異形の獣機――ナーガ=ギアロス。
「人間も、水竜も確保しなくてはならないの。すぐ片付けてあげるわ」
「突撃っ!!」
セレナの声とともに全員が地を蹴った。
先頭に出たデヘンが加速し、回転しながら体当たりを放つ――
だが、ナーガは巨大な顎でそのボール状の身体を捕まえた。
「はい、さよなら」
「デヘンッ!!」
「離脱!!」
顎が閉じる寸前、デヘンは外装だけを残し脱出。
残された外装は丸まり、喉奥へと飲み込まれていく。
『スタースプラッシュ!』
直後、鰐の腹が大きく膨れ上がった。
「グガッ……!」
「コール殿! 今でござる!!」
『連結――スリー・トス・ボム!』
コールのピン爆弾が串団子のように連なり、鰐の口内へ投げ込まれる。
ボゴォォオンッ!!
「やったでござる!」
「まだだっ!!」
爆煙の中から現れたナーガは――傷一つない。
「はぁ……この程度なのね」
「想像よりヤベぇな……」
ナーガは身体を伏せ、蛇のように地を滑る。
女上半身はショットガンを構え、低く狙いを定めていた。
「させないわよっ!」
セレナが射撃を開始するが、初弾を難なく回避される。
次弾装填の前には、すでにデヘンの間近へ肉迫していた。
「ッ!!」
デヘンは後退し顎を避ける――だが、その視界にはショットガン。
「一つ」
ガガンッ!!
猛烈な衝撃がデヘンを襲い、沼の端まで吹き飛ばした。
「このクソッ!!」
コールが背後からスティレットを突き立てるも――
ショットガンのストック側からも火を噴いた。
「マジかよッ!?」
ガガンッ!!
今度はコールが反対側へ吹き飛ぶ。
「他愛もないわね」
『ブレードォオッ!!』
シンの切り下ろしが襲う――が、
「四十点」
尻尾で軌道を逸らし、鰐の顎で腹を打ち上げ、尻尾で追撃。
シンは岩場まで吹き飛んだ。
「グァッ!」
「シンッッ!!」
ショウが駆け寄り損傷を確認する。
「ショウ……僕たちはいい……君だけでも逃げるんだ……」
「何言ってるの!? そんなのできるわけない!!」
沼中央。
セレナはライフルを捨て、ナイフと拳銃を構え、ナーガと対峙していた。
「人間が厄介なら、引き取るわよ? 今だけは見逃してあげる。どう?」
「はぁ? 良いわけねぇだろ。母性がくすぐられてんだよ。わかんねぇのか?」
「理解できない」
「だったら潰れろ、鉄クズ」
「ウィルスに言われたくないわ」
「…セレナッ………」
ショウの声を引き裂くように、激突が始まった。
◆◆◆
「オラオラオラオラァァァ!!」
「ハァァァァアア!!」
目にも止まらぬ攻防。
セレナはしっぽの刃で斬撃を繰り出し、拳銃で牽制する。
ナーガは巨体に似合わぬ速度で反撃、顎で捕えようと機会を狙う。
「ここっ!!」
「今っ!!」
互いに懐へ飛び込み、しっぽブレードと大顎が交錯――
だが同時に身を捻り、すれ違う。
しっぽは二丁のショットガンを両断。
大顎は拳銃とナイフを砕き散らした。
「やるじゃないの」
「貴方もウィルスのくせに、結構やるわね」
「一言余計よ……次で決着になりそうね?」
セレナの左腕は破損し、ナーガの下顎はぶら下がっていた。
「……そのようね」
二匹は四つん這いで構え、飛びかかろうとした――
その瞬間、黒い影が割って入った。
◆◆◆
「セレナ一人じゃ分が悪い……でも、どうすれば……」
セレナとナーガの目にも止まらぬ攻防の最中
ショウは何とか助力できないかと考えていた。
「ショウ殿」
胸部装甲が剥離し、コアが露出したデヘンが、足を引きずりながら現れた。
「デヘンさん!? 損傷がひどい……応急処置を!」
「それには及ばんでござる……」
ショウを制したデヘンは、自身の頭部から一枚のチップ、
胸部パネルから小さな箱を取り出した。
「これは……?」
「この箱には、拙者のメカスーツ制御端末が入っているでござる。
チップには、試作段階のスーツ設計書データが」
「……なぜ今これを?」
「白の球体スーツ、青の飛行スーツ。
双方の動力でホバーを直せるはず。
設計書は……拙者に代わってショウ殿が完成させ、有効に使ってほしい」
「デヘンさんの……代わりに……?」
「其方は人類の希望。
そして拙者は、お嬢の護衛。
最後にお嬢を守り、人類の希望も守る。
それが拙者の大役でござる!!」
デヘンは走り出し、叫ぶ。
「レミリアのことは頼むでござる! 会えたら――
『兄はお前を今でも愛している』
『結婚できなくてすまない』
そう伝えてほしいでござる!!」
「デヘンさん!!」
『ムーブオン・ブラックホール!!』
漆黒の塊が降下し、デヘンの身体へ吸い込まれるように纏わりついた。
◆◆◆
飛びかからんとする二匹の間に、デヘンが滑り込んだ。
「なにっ!?」
「……お嬢、ここは拙者に任せてほしいでござる」
「嫌よ! あたしが――」
「任せてもらえないでござるかッ!!」
「……わ、わかったわ……」
「ありがとうでござる」
デヘンの気迫に、セレナは後退した。
「殿は拙者が務める。皆はすぐ退避を!」
「そんなのだめだよ! デヘンさん!!」
「ショウ! 漢が一度決めたことだ……水を差すな」
コールがショウを押さえる。
「でも……っ!」
ドスッ
コールがショウの腹を殴り、気絶させた。
「……すまねぇ、ショウ。
デヘンに任せて引く。頼んだぜ、デヘン」
「相わかった」
皆がショウを担ぎ東へ退避する。
ナーガが追おうと跳躍した――その瞬間。
視界が回転した。
「なっ……!?」
ナーガは地から浮き、回転し、逆方向へ吹き飛ばされた。
直後、頭上からの黒い衝撃が叩きつける。
ドゴォォッ!!
「そう簡単に追わせるわけにはいかないでござる」
岩場に叩きつけられたナーガの横で――
黒く染まったデヘンが仁王立ちしていた。




