第四十四話「樹都アルボリア」
朝霧がゆっくりと薄れ、冷たい風が頬を撫でる。
滝の裏側にあった研究所跡から、少し離れた場所。
耳を澄ませば、木々のざわめきに混じって小鳥のさえずりが聞こえてくる。
「……行こうか」
シンの小さな声に、全員が静かに頷いた。
背後には、爆発で黒煙を上げる旧研究所。
ショウはそっとその方角を振り返り、一礼した。
「マルカさん……どうか安らかに。
そしてカトレアさんの未来に、光が訪れますように……」
「……行くぞ。振り返ってたらキリがねぇ」
コールの短い一言に、皆の視線が前を向く。
乾いた大地を踏みしめ、一行は森の奥へと進んでいった。
***
昼頃。
深い森を進み続けていた一行の前に――急に視界が開けた。
「……なんだぁ、あれ……?」
どこまでも続く森の中央に、
蔦でびっしりと覆われた巨大な四角い構造物が現れた。
近づくと、蔦の隙間から石壁らしきものが覗いている。
「城壁……かしら?」
「う~む……近くまで行ってみぬと分からんでござる」
「なんか空気が違うね。森の中なのに街みたいだよ……」
「ええ、それに結構な“気配”を感じるわ……」
蔦の塊の中央あたりに、大きな門があり。
その脇には、一人の人機が立っていた。
「人機だ!」
「どうやら敵ではなさそうだな……」
「おーい! 行商かぁ~??」
門番らしき人機が、全身を使って手を振ってくる。
「いいえ~! 旅の者でーす!」
シンが大声で返すと、門番はタタタッと走ってきた。
「こりゃ珍しい! 旅のもんか!!」
近くで見ると、好奇心が全身から漏れているような人機だった。
「……あの、えっと?」
「悪ぃ悪ぃ! 旅のもんなんざ、今までで二組目だからな。珍しくってよ!」
「……二組目?」
「おう! 三ヶ月前に人機の旅団が来たんだ。セクリプレスからな。
なぜか辺境に向かうのに遠回りするってよ、わざわざ海渡って氷山越えるルートでな」
「……遠回り?」
「そんなルートとるか?普通……?」
「で、お前さんらは知らずにここへ来たのか?」
「ええ。森を歩いてたらここにたどり着きました」
「そいつは運が良かったな。ここは“樹都アルボリア”、ジャングルの中にある街だ!」
「こんなとこに街があるとはなぁ……」
「木で完全に囲まれてっから、上からじゃ見えねぇのさ。
――ってお前、生身の人間かっ!?
こりゃ驚いた……こりゃ派手な客だぁ……!」
ショウは少し肩をすぼめながら聞いた。
「ぼく……入っても大丈夫ですか?」
「ハッハッハッ、この街は機械軍と悪党以外は誰でも大歓迎だ!
むしろ喜ぶぞ! 心配すんな!」
「っ……ありがとうございます!」
「お前さん、名前は?」
「ぼくはショウです! あなたは……?」
「オレはボイル。しがない門番だ。よろしくな!」
「よろしくお願いします!」
「門入ってすぐ前にな、“酒場”がある。まずはそこ行って挨拶してこい」
「酒場……? 挨拶……?」
「行きゃ分かるさ!」
ショウたちは門をくぐり、すぐ正面の建物――
**『ドランクの酒場』**の看板の前に立った。
「……ほんとに真ん前だな」
「ここに入るのが通過儀礼なのかしら?」
「セレナにこんな場所入らせたくないわぁ~」
「ママの背中におんぶなら、どう?」
「それなら全然オッケーよぉ~!」
「……コメットの扱い上手すぎるだろ……」
「そりゃほぼ本人だし……」
「ショウ殿が話していた奇跡、こうして見ると信じられぬものですなぁ……」
「まあ知らなければ親子にしか見えねぇよな……」
「みんな何してるのよ! 入るわよっ!」
セレナがコメットにおぶられたまま胸を張る。
「セレナは私が守るからねぇ~」
「アタシがママを守るのよっ!」
「きゃ~////」
親子(?)コンビが騒ぐ中、ショウが扉を開けた。
「おじゃまします!」
「おおボイル、やっと仕事ほっぽり出して来た――って客ぅ!?
……しかも人間!!?」
酒場中の人機が、一斉に立ち上がった。
コールたちは反射的に武器に手をかける。
「シン! ショウを連れて逃げ――」
「客だぁぁああああ!!!」
「!?」
「ウォォォォォオオオ!!」
「酒だ! 酒持ってこぉぉおおい!!」
「……なんだこのテンション……」
「開戦の合図ねぇ~(うっとり)」
「違うわママ、ステイ」
「はぁ~い////」
「お前たち、よく来たな。
オレはこの街の“酒場長”ドランクだ!」
「酒場……長……?」
「ガッハッハ! 初見はみんなそう言う!」
脇の人機が説明してくる。
「ここは酒の街さ。町長より酒場長の方がしっくり来るんだよ!」
「それにしても生身の人間なんて、この街始まって以来初だ!
野郎ども、今日は飲むぞぉ!!」
「だと思ったぜドランク!」
「酒盛りだぁぁ!!」
「坊主、名前は?」
「ぼ、僕はショウです! この街には聖街セクリ――」
「おうおう、酒も飲ませずに長話すんなよ。まずはメシだ。
何が食いてぇ? 大体作れるぞ?」
「いやぼくはご飯を食べに来たんじゃ――」
ぐぅぅぅううう……
場の中心でショウが真っ赤になって俯いた。
「敵か!? 警戒態勢!!」
酒場全体が武器を構える。
ジョッキの中、床板の下、机の裏――あらゆる場所から武器が飛び出す。
「……っっ!!」
「プッ……ガッハハハハ!!!!」
ドランクが大笑いし、全員がつられて笑い出す。
「悪かったな! で? 何が食いたい?」
「……じゃ、じゃあ……お肉とパンとスープで……」
「よーし聞いたな! 厨房、頼んだぞ!!」
ほどなく運ばれてきた皿は――
「特製アルボリアンステーキ、パンとスープの従者付きだ!」
ジュウウウと音を立てる巨大ステーキ。
パンとスープも、ステーキを食べろと主張するかのように堂々としている。
「……美味そうだなぁ……」
コールが誰よりもステーキに見とれていた。
「さて、オレたちはこっちだろ?」
ドランクがコールへジョッキを差し出す。
「……人機って酒飲めねぇだろ?」
「飲めねぇけど、“思い出”は飲めるぜ。こいつはオイルさ!」
「…なるほど、オイルか……」
「“酔えないドランク”の振る舞いだっ!」
「うっせぇわ!!」
爆笑が起こる中――
「ったく、で? 飲むのか? 飲まねぇのか??」
「ああ、有り難く貰うぜぇ…」
「おっしゃショウ以外の客に酒を回せぇ!!」
「それ、アタシも貰えるのかしら?」
「セレナ~お酒はダメよぉ~」
「オレの勘だとお嬢さんはいける口だと思うが、止められてるなら無理強いはしねぇよ」
「……オイルだから酒じゃねぇんだけどな……」
誰かが小さくボソッと呟く。
「……じゃ、じゃあこのオイル……オレンジジュースってことで……」
「それならおっけいよぉ~!」
「……いいんだ……」
全員が心の中でつっこんだ。
「さぁ全員、行き渡ったな?
それじゃあ――」
「乾杯だぁぁあああ!!!」
「うおぉぉぉおおおお!!!」
酒場の喧騒と笑い声は、アルボリアの天井を震わせるほど賑やかに続いた。
ショウは温かな食事に胸を満たし、仲間たちは酒――いやオイル――を片手に、束の間の安らぎを味わっていた。
その夜。
街を包む木々が風に揺れ、葉音だけが静かに響く。
そして――同じ頃、遠く離れた場所。
***
暗闇に沈んだ司令室。
無数のモニターが淡い光を放ち、その反射により一体の機械の顔がぼんやりと浮かび上がった。
「……まだ生命体は見つからんのか?」
低く押し殺した声。
コンソールを叩く音がピタリと止まり、室内の空気が凍りつく。
表情を持たぬはずの機械たちでさえ、主の“怒気”を察し、誰ひとりとして返答しようとしない。
やがて、一体が震える声で報告した。
「先日入手した情報をもとに拠点を捜索しましたが……発見が困難だった“森の街”をようやく特定。
現在、攻撃準備へ移行するところです。」
「……森の街、か。」
短く息を吐き、指揮官は一秒の迷いもなく言い放つ。
「その地形なら――エテ・パウパを向かわせよ。」
「御意。」
一つのモニター画面が切り替えられ、通信回線に接続される。
「エテ・パウパ、仕事だ。準備をしてB12区へ向かってくれ。
可能性は低いが……もし生命体を発見すれば“捕獲”するように。」
『御意。
ベレムナイト様……少し遊んでも?』
「問題ない。任せたぞ。」
『それは楽しみだ。すぐに向かうとしましょう。』
通信が途切れ、司令室は再び静寂に包まれた。
冷たいモニターの光が、ただ無機質に瞬き続ける――。




