第三十九話「狂気の実験」
「……来るぞっ!!」
天井の換気口が弾け飛び、黒い影が三つ、落下した――。
鋼鉄の床に響く低い唸り。
光の届かぬ闇の中で、三つの影が蠢く。
「……キタ、助ケ……」
かすれた声。
シンは即座に構え、コールとアンバーも左右に展開する。
照明が一瞬だけ点滅し、姿を照らした。
その光景に、全員が息を呑む。
ひとりは――人型の頭部を持ちながら、身体はまるで狼。
もうひとりは、鳥の頭と翼を持ちながら、人機のボディをしていた。
そして最後の一体――上半身は筋骨隆々のゴリラ、下半身は六輪タイヤ、背中には大型ブースター。
頭部は金色の鬣を持つライオンだった。
「……なんだ、こいつら……」
「獣の……人機?」
「グルルルルッ……!」
アンバーが低く唸る。
そのとき、再び声が漏れた。
「……タス……ケ? ……オレタチニ……?」
「そう! 僕たちは助けに来たんだっ……!」
シンが一歩踏み出す。
だが、すぐにその表情が歪んだ。
「……イマサラ……ナゼェェェェエエエエッ!!」
絶叫と同時に、三体が咆哮を上げた。
床が震動し、実験室の器具が吹き飛ぶ。
「来るぞッ!!」
狼体が獣のごとく跳びかかる。
アンバーが前へ出て受け止めた。
「ガァッ!!」
両前足の鉄のアームが交差し、火花が散る。
「グガァァァアアアッ!!」
背中のブースターを全開。
アンバーの体が閃光のように加速し、狼の脇腹へタックルを叩き込む。
金属が砕け、狼体が壁にめり込む。
同時に、鳥頭の人機が空中から急降下してきた。
「グギャァァァ!!」
シンは咄嗟に左腕を構え、フックショットを発射。
ワイヤーが翼に絡みつき、強烈な力で引き倒した。
「落ちろッ!!」
勢いのまま地面に叩きつけ、ワイヤーを締め上げる。
コールは正面の巨体――ゴリラ型へと向かう。
「……てめぇは見た目どおり力任せってわけかよ!」
ゴリラが巨大な拳を振り下ろす。
だがその瞬間、コールの影が一瞬消えた。
「ハッ!」
背後に回り込み、関節部を狙ってスティレットを突き立てる。
「ガァアアッ!!」
衝撃で拳の軌道が逸れ、床に亀裂が走った。
「今だ、押さえろ!」
シンが叫ぶ。
ワイヤーを巻き取りながら鳥頭の人機を拘束。
アンバーは倒れた狼の背を踏みつけ、動きを封じる。
コールはゴリラの関節を極めながら息を荒げた。
「落ち着け! 俺たちは敵じゃねぇ! おめぇたちも助けを求めてたんだろっ!!」
「……助け……?」
狼体の人機が低く唸る。
その声に、わずかな理性が混じった。
だが次の瞬間――全員の耳を裂く叫び。
「ダマレェェェェ!!!」
「コロスコロスコロスコロスゥゥゥゥ!!!」
「ナゼコンナコトヲォォォォォオオオオ!!」
狂気と悲鳴が混ざり、床を叩きつける音が響く。
コールが押さえながら歯を食いしばる。
「これ以上は……もたねぇぞ!!」
その時、ショウの端末に映像が浮かんだ。
アクセス中のデータラインが光を放ち、画面いっぱいに白衣を着た人機が映し出される。
歪んだ笑みを浮かべる――サディス。
「なっ……こいつは……!」
シンたちが反応するよりも早く、拘束されていた三体の人機獣がその映像を見て、同時に震えだした。
「コ……コイツダ……こいつノセイダ……」
「ソウだ、思いダシタゾ……」
「……ユルセナイ……ユルセナイッッ!!」
ゴリラ型が床に頭を叩きつけ、赤黒い血混じりの火花が飛び散る。
「たのム、ドウか離シテくれ……!!」
「オレたちハ、サディスを討たナクテハ……!」
「オマエたちにはテをダサナイ……!」
ショウは一瞬、仲間たちの顔を見る。
「ショウ? まさかしねぇよな? さっきまで正気を失ってたんだぞ?」
「でももう、威圧感も警戒心も消えてるよ」
「……わかった、解放しよう」
「おいっ、シン!!」
シンがワイヤーを外す。
アンバーが押さえを緩める。
「チッ、どうなっても知らねぇぞ!!」
コールが最後にゴリラ人機の関節技を解いた瞬間、三体は同時に立ち上がり、通路の奥へ走り出した。
「おい、どこ行くつもりだ!?」
「サディス……倒ス……!!」
その言葉だけを残し、闇の中へ消えていく
「シン、追いかけようっ!!」
「了解ッ!!」
彼らもすぐに駆け出した。
---
――一方その頃。
「……セレナが、いない?」
カトレアがコメットの声に振り返る。
そこには、誰もいなかった。
「まさか……」
焦りが顔を覆う。
コメットは無言で周囲を見渡し、ゆっくりと床に手をついた。
「……ここから、斜め下よ」
「え?」
「セレナの気配がする」
コメットの六本の腕が展開する。
その手には、それぞれ鋭い槍が握られていた。
「まさか、掘るつもりですか!?」
「道は、作るものだわ」
一瞬、彼女の瞳に炎が宿る。
『六槍・地獄団駄!!』
轟音が響き、六本の槍が同時に床を突き破った。
鋼鉄が紙のように抉れ、粉塵と火花が舞い上がる。
「ウォォォオオラァァァアアア!!!!」
金属の床を突き抜け、下層への通路が開かれる。
コメットが前を見据えた。
「行くわよ」
「わ、わかりましたっ!!」
二人は崩れた穴の中へと飛び込んだ。
---
――そしてその頃。
「……さて...」
デヘンは宙吊りにされたセレナを無造作に掴み、台の上にそっと横たえた。
「やめなさいっ! 何をする気!?」
「レミリア、すぐに元のかわいい女の子に戻してあげるでござるね?」
「ちょっと、やめなさいっ! これはショウがアタシのためにカスタムしてくれたのよ!? ふざけないでっ!」
「ショウ? お友達ができたんでござるか? 確かにセンスいいでござるが……幼女感が減っちゃってるでござる。拙者ならもっと可愛くできるでござるよ?」
「……え? アタシをもっと……可愛く?」
「そうでござる、もっともっと可愛い姿に!その辺の男ならイチコロでござるよぉ~?」
セレナは一瞬、顔を赤らめて目を逸らした。
「もっと……可愛く……ショウも……喜ぶ……かな?」
デヘンの自信満々に手を広げて口を開いた
「どう致す? 拙者は準備万端でござるよ?」
セレナは唇を噛み、覚悟を決めて顔を上げた。
「……わかったよっ! さっさとやりなさいっ! 可愛くなかったら承知しないからね!!」
「合点! 拙者に任せなされっ! そのお友達の心意気も活かしたいでござる! 今の雰囲気もしっかり残しつつ、幼女感をぐっと上げていくでござるよぉっ!! まずは――」
金属音が鳴り響く。
デヘンの手元に、光を放つ改造ツールが構えられた。
「――解体から始めるでござる♡」
「え? ……解体!? ちょっと聞いてないわよ!! やめっ……やめなさっ……やめろぉぉぉおお!!!」
冷たい光がセレナの視界を覆い尽くした。
金属の悲鳴のような音が、実験室に響き渡る。
その光の中で、セレナの意識が次第に遠ざかっていく。
「……いいですぞ……この音、最高でござるよぉ……♡」
デヘンは恍惚の表情で呟き、ツールを止めない。
天井の蛍光灯がちらつき、黒い液体が床を伝う。
そのたびに、彼の笑い声が低く反響した。
「さぁ、もっと“かわいく”生まれ変わるでござるよ――レミリア♡」
……そして、暗転。
次の瞬間、天井から轟音が響いた。
金属の壁が爆ぜ、粉塵と光が乱舞する。
「ここね――!」
槍を構えたコメットが、煙の中から姿を現した。
その瞳は、獣のように光っている。
「セレナを返してもらうわ、誘拐犯!!」
デヘンがゆっくりと顔を上げた。
目の前の台には、まだ光に包まれたセレナのシルエット。
「おやおやぁ、またレミリアのお友達? もう少しで完成だったのに……残念でござるねぇ?」
コメットは槍を構え直す。
「――残念なのは、テメェのほうだゴラァァァアアアッ!!!!!」
光が弾け、床を揺らす。
怒号と爆音が交差する中、セレナの身体を包んでいたガラスがふっと弾けた。
「……セレナッ!!」
その声に、彼女がゆっくりと目を開ける。
薄紅色の瞳が、かすかに震えながら光を反射していた。




