第三十七話「滝の要塞」
森を抜けた一行の前に、轟音と共に巨大な滝が現れた。
崖を削るように流れ落ちる水の勢いは凄まじく、足元にまで水飛沫が降り注ぐ。
「うわぁ……すごい迫力……!」
「一体、どれだけの水が流れてきてるんだ……?」
「音がでけぇ……会話になんねぇな!!」
「これ、本当にこの奥に研究所があるのっ?」
「ええ、滝の裏側に通路があります。壁側を歩いて、水が当たらないように気をつけて!」
案内役の人機が指を差すと、水煙の向こうにぼんやりと黒い影が見えた。
それは自然の洞窟ではなく、金属で補強された人工のトンネルのようだった。
「鉄の壁……間違いない、研究施設だ。」
「完全に隠し拠点って感じね……やるじゃないの。」
「この滝の音なら、爆発でも聞こえねぇだろうな。」
「逆に、相手も僕たちの接近に気付いてないかもね。」
「……道案内、ありがとうございました。――えっと……」
「カトレアです。ご迷惑であるとは思いますが、私も連れて行ってはいただけませんか?」
「!? あなたも危険であることはわかっているはずっ」
「わかっています……ですが、私も一度はここで働いていた身。関係者として片を付けたいんです。」
「……わかりました。カトレアさん、でも無理はしないでくださいね。」
「はい。戦闘は得意ではありませんが、道案内や扉のロック解除などでお役に立てればと思います。」
「そいつは心強いぜぇ……」
「改めて、よろしくお願いしますね!」
カトレアは力強く頷いた。
ショウは息を整え、研究所に入る前に確認する。
「三人とも、無線チェック。滝の内側は電波が不安定かもしれない。念のためショートレンジ通信に切り替えよう。」
『了解!』
「ワン!」
「……コメットさん、準備は?」
「もちろん! ワタシはセレナが居れば準備万端よぉ~!」
「相変わらずブレねぇな……」
「セレナ、ここではメインウェポンでは凸スナになるわ。室内の構造を把握するまでは近接戦になる。
セカンダリの準備をなさい……」
「わかったわ、ママ。」
セレナはライフルを肩にかけ、大きいサバイバルナイフとハンドガンを装備する。
「……セレナ、あなたのお守りは……?」
サバイバルナイフをまじまじと眺めながら、セレナは口を開く。
「……アタシは……コレだと思うわ……。」
「なんかここだけ雰囲気が洋画なんだけど……?」
「〇ンボーのBGMかけてもいいのよ?」
「〇タルギアでもいいわよ?」
「タイトル言わなくていいからっ!!」
「それでは私は“〇イ・リン”のポジションを希望します。」
「カトレアさんまで乗ってきちゃった!!?」
「……緊張感ねぇな……」
「……ガチガチよりは……いいんじゃない?」
「よし、みんな! 行こう!!」
「……さあ、鬼が出るか蛇が出るか……だな。」
「……鬼(修羅)も蛇ももう居るんだけど……。」
気を取り直した一行は準備を終え、お互いの目を見合わせて頷き合う。
滝の裏へ足を踏み入れると、空気の冷たさが一層増した。
ジメジメした岩壁の向こうには、明らかに人工物と分かる金属扉が埋め込まれている。
中央には錆びかけたプレートが取り付けられ、そこにはかすれた文字が刻まれていた。
【GERMANICA LABORATORY】
「……ここだ。」
「ゲルマニカ研究所……!」
「まさかホントに、滝の裏に隠してるなんてね。」
「隠しすぎだろ。出入りすんのも一苦労じゃねぇか……。」
ショウはゆっくりと扉に手をかけた。
その瞬間、内部から低い唸り声のような音が響く。
「……開くぞ、みんな構えて!」
「了解っ!」
「ワフッ!」
重厚な扉が、軋むような音を立てながら少しずつ開いていく。
暗闇の奥から、冷たい空気と鉄の匂いが流れ出した。
『……ようこそ、我らの“理想郷”へ――』
アナウンスが、奥から響いた。
その声はまるで、待ちわびた客を歓迎するように、不気味なほど穏やかだった。
扉が完全に開いた瞬間、冷気が一行の頬を撫でた。
内部は照明がところどころ点滅しており、整然と並んだ金属パネルの通路が奥へと続いている。
壁には古びた注意書きと、使われなくなった監視端末が無数に並んでいた。
「……人の気配がねぇな。」
「けど、空気が生きてる。――この施設、まだ動いてるね。」
「電源系統が生きてるってことだ。誰かが維持してる可能性が高い。」
シンは胸部パネルを操作し、周囲の熱反応をスキャンした。
反応は薄い。だが、完全に“ゼロ”ではない。
「……何かいる。数は少ないけど、確かに動体反応がある。奥の階層だ。」
「ふふ、歓迎されてるってことね?」
「歓迎なら紅茶くらい出してほしいものね……。」
軽口を交わしながらも、全員の表情は真剣だった。
コールが先頭に立ち、通路の先を偵察する。
モニターに映し出された映像には、無人の研究室や壊れた試験管、そして――赤黒い液体のこびりついた壁。
「うわ……なんか不気味……。」
「これは血? いや、油? ……なにか、混ざってるわね。」
「おぇ……どっちでも嫌なんだけど!」
セレナが顔をしかめ、ショウが嫌悪で吐き気を催す。
そんな中、コメットがふいに立ち止まった。
壁に残る焦げ跡を見つめ、その中心に指を当てる。
「この焼け跡……高出力ビーム兵器の跡ね。しかも最近の。」
「つまり……ここで戦闘があったってことか?」
「いいえ、他に争った形跡もない……何かの実験……?」
「こんな所で何の実験を……?」
「それはわからないけれど、この焼け跡……何か生き物の形よ。」
その言葉に、一瞬空気が張りつめた。
ショウは静かに深呼吸し、前方を見据える。その顔は怒りに満ちていた。
「……どうやら“交渉材料”ってのは、相当胸糞わりぃもんらしいな。」
横からコールがショウの肩をポンッと叩く。
「……私が働いていたのは三年前。その時よりもおかしな実験が増えている……。」
「もし捕まっている無事な生き物たちがいれば、助けてあげたいね」
「うん! とにかく捜索を続けよう!!」
「あの時から変わっていることも多いはずっ。私の知らない罠があるかもしれません!」
「安心しなぁ。全部任せようなんざ、はなから思ってねぇよ。自分の身くらい自分で守るさ。」
「アタシたちの実力、甘く見ないでよねっ!」
「セレナ、セリフも玄人よぉ~。」
「よし――二手に分かれよう。
シン、コール、アンバー、ぼくは右の通路。
コメットさんとセレナ、カトレアさんは左の通路。
何かあったらすぐに無線で連絡して。」
「了解よ!」
「任せとけ!」
「ワン!」
チームが散開すると、無人の研究所に再び静寂が訪れた。
薄暗い照明の下、遠くから水の滴る音が響く。
その中に、かすかな電子ノイズのような声が混じった。
「――アア……ア……“来タ”……?」
「――助ケ……キタ……助ケ……テ……? 助ケ……ル? 俺ヲ……? 私……ヲ? ……ナンデ?」
「――ヤット……来タ。」
ショウが思わず振り返る。
だが、そこには誰もいなかった。
ただ、通路の奥にひとつ――赤く光るカメラアイが、じっと彼らを見つめていた。
「……シン。誰かに見られてる。」
「わかってる。全員、警戒を上げて――ここはもう、“敵の領域”だ。」
滝の裏に隠された研究所。
かつての科学と狂気が混ざり合ったその場所で、彼らはまだ知らない“真実”と対峙することになる――。
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研究所の奥。
カタカタ、カタタ、カタタタタ、タァーン。
暗闇の中で一人、コンソールを前にいそいそと何かを打ち込む人影があった。
「で、デフフッ! つ……遂に完成していたんだ!! ご、合法が……!! 念願のっ! 合法幼女が!!」
口を開くたびに打ち込むスピードが上がっていく。
「幼女ラミアっ! なんて凄い掛け合わせっ。デフフッ、拙者の中ではパワーワードでござる。
サディスじゃこんなことはできない。念願を叶える為とはいえ、小さいものが大好きな拙者にあんな地獄で働かせやがって~!
拙者との約束は全く守らないアイツには、もううんざりだっ!!」
不満のあまりコンソール台を叩こうとするが、小心者ゆえにギリギリで止めた。
「……いい子で待ってるんだよ、レミリア……?
兄者デヘンがお前をもっと可愛い元の姿に戻して、一緒に暮らしてあげるでござるからな??」
小心者はモニターいっぱいに映るセレナを見ながら、空を抱きしめた。
「……ようやく……ようやく会えるでござる……デュ、デュフフッ……デュフフフ、デュフフフフフフ……!」
空を抱いた怠惰の何某が、くねくねと悶え続けていた。




