第三十五話「本能、或いは渇望」
夜の森を、シンとコール、そしてアンバーが駆けていた。
「いた?」
「いいや、どこにもいねぇ!」
「こんな広い森でどうやって探せばいいんだよっ!」
「セレナもコメットさんもいない……誰か、嗅覚とか感覚が鋭いやつがいればな……」
途方もない捜索範囲に焦燥を滲ませる二人。
その足元で、ひときわ力強い気配が動いた。
「ワフッ!」
「アンバー!!!」
「そうか……お前ならショウの匂いを追える!」
アンバーは鼻を地面に近づけ、匂いを辿る。
やがて南の方角へ向かい、吠えた。
「ワン!」
「そっちかっ!」
「よし、行こう!」
アンバーを先頭に、二人は夜の森へと駆け出した。
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一方そのころ、森の奥――。
三つの顔と六本の腕の人機、そして蛇の尻尾を持つ人機が木に溶け込むように佇んでいた。
「いい? セレナ。ゲリラ戦で大事なのは“自分を人間だと思わせないこと”。
自然に溶け込み、相手の死角から命を狙うのよ」
「ええ……もうみんなとは離れちゃったし、訓練に集中するわ。ママ」
「いいセンスね。その調子よ。
次は罠の張り方と、自然を利用した擬態——ギリースーツの作成を教えるわ」
コメットとセレナは、まるで戦場の亡霊のように、夜の森でラン○ーばりのゲリラ訓練をしていた。
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「う……うーん、ここは……?」
ショウは、誰かに担がれて運ばれていた。
「……シン?」
「…………」
「焚き火用の枝を拾ってて、それで……」
記憶をたどりながら、担いでいる人影を覗く。
「だれ!?」
見覚えのない人機が、無言のままショウを担ぎ、森の奥へと進んでいた。
「あのっ! ここは!?」
「…………」
返事はない。無機質な足音だけが森に響く。
「ぼく、仲間のもとへ戻らなきゃいけないんです!」
「…………」
訴えても、無反応。
やがて木々の隙間から明かりが見えた。
「あっ! テントまで連れてきてくれたんですね!」
「…………」
歓喜も束の間、違和感が走る。
——明かりが多すぎる。
三箇所も、四箇所も焚き火があるなんてあり得ない。
そのとき、ハデットの声が脳裏をよぎった。
『その森は、人機が“野生に帰る”と噂されている……戻らない者もいる、と』
ショウは悟った。
——警告していた“何か”に出会ってしまったのだ、と。
明かりが近づく。そこには数十体の人機が集まっていた。
それは村......というよりは、巣と呼ぶほうがしっくりくる光景だった。
腰に斧を提げながら、石を砕いて新しい斧を作る者。
食事の必要などないはずなのに、肉を掴み、開かぬ口に押し込んでぐちゃぐちゃにする者。
丸焼きのイノシシを囲み、踊り狂う者たち。
木々に何も出ていない“マーキング”を繰り返す者。
ヤシの実を抱き、あやし、その横でいないいないばあを繰り返す者。
壊れた人機を囲み、悲しみのこもった叫びをあげる者たち。
——その光景は、違和感の塊だった。
「この人たち……一体……」
ショウは震える指でバックパックを操作しようとした。
「メッセージを送れれば……!」
だが、手が縛られて届かない。
「うわっ! これじゃ手が……!」
その声に、人機たちが一斉に振り向く。
「こ、こんにちは……?」
ジリジリと距離を詰めてくる。
「うわああああ!」
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「セレナ、次が最終訓練よ」
「しっかり身につけてみせるわ、ママ!」
「フフッ、その意気よぉ〜!」
セレナはどこからか取り出したバンダナを額に巻いた。
「次は模擬戦。お互い離れて、相手を探しながら、見つからずに動く訓練よぉ」
「おさらいってわけね!」
「おさらいだけじゃないわ。自分で“進化”してみせなさい!」
「っ!!」
「では、スタートォ!!!」
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アンバーを先頭に、シンとコールは疾走する。
「アンバー、頼んだぞ!」
「ワンッ!」
森を抜けるように駆け続けるが、突然アンバーが立ち止まった。
「どうした!?」
シンは勢い余って何かに引っかかり、派手に転倒した。
「ぐえぇっ!」
「ママ討ち取ったりぃ!!」
「……あれ?」
セレナの尻尾だった。
「ママかと思ったら、シンたちじゃない……」
「無事でよかったぜ、セレナ!」
「……ショウがいないのね。何かあったの?」
「じ、実は……」
シンが事情を説明する。
「はぁ〜……まったく、ショウったら!」
「一緒に探してくれ!」
「もちろん! 訓練中に見つけた崖があるの。そこからスコープで探すわ!」
「助かるっ!」
「ショウはいつもいつも心配かけるんだから!昔も——」
セレナはぶつぶつ言いながら無限語りを始め、コールがぼそっと言う。
「……早くチャンネル合わせようぜぇ」
一方そのころ。
ショウは巣の中心まで担がれ、周囲には踊る人機たちがいた。
「降ろして……降ろしてくださいっ!」
訳のわからない言語が飛び交い、焚き火の炎が踊る。
中央に太い丸太が立てられるのを見て、ショウは青ざめた。
「こ、これ……生贄にされるやつだぁぁぁ!!!」
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夜が明け始めた。
セレナは崖の上からスコープで森を見下ろす。
「……あの開けた場所、煙が上がってる?」
すぐに無線を開いた。
「シン、コール! 怪しい場所を見つけたわ、煙が昇ってる場所がある!高い木の上から確認してみて!!」
「了解っ! 」
「俺が登るぜぇ!」
コールが木を登り、煙の方向を確認する。
「あった! 西だ! 真っすぐ行けそうだぜ!」
「よし、急ごう!」
「アタシもスコープで視認できそうな場所に移動するわっ!」
二人と一匹は森を突き抜け、やがて開けた場所に出た。
そこには——
柱に縛られたショウと、狂気に踊る人機たちの群れがいた。
「ショウっ!!」
「大丈夫か!!」
「グルルルルッ!」
「みんなっ!!」
侵入者に気付き、人機の群れが一斉に振り向く。
「……敵意、むき出しだ!」
「どう見てもやべぇ数だぜ……」
「シン!コール!何とか、壊さずに無力化して!!」
「んなこと言われたって.......!」
沈黙のあと、一体が走り出す。
「来るぞ!」
「っ、応戦だ!」
だが——
ズダァァァァアンッ!!
地面に銃弾が突き刺さり、突撃が止まった。
「ちょっと、どういう状況なの? 撃っちゃっていい?」
「いや、もう撃ってるし……ショウがダメだって!」
「はぁ!? 何言ってんのよあの甘ちゃんは!!」
ショウが叫んだ。
「 この人たちは“人に戻りたい”だけ!
食べること、作ること、営むこと……
人だった頃の名残が、本能としてこの人たちを突き動かしてるだけなんだよ!!」
シンは歯を食いしばる。
「……だけど襲ってきてるんだぞっ!」
再び人機たちが動き出す。
ダァァァァアンッ!!
空から光が降った。
「セレナぁ? 訓練中に何してるのかしら〜?
それとももう実戦??」
「ママぁぁぁぁ!!!」
——救世主、現る




