第二十九話「虫唾の屑」
「ほぉらほらほら、外堀から埋めてくじぇ〜?」
コラプトとグウェイドの変形バイクが、コメットの周囲を円を描くように走り回る。
そのタイヤの跡にドロッとした液体が撒き散らされ、鉄の床にぬめりを広げていく。
「……あの汚物、何を訳の分からないことしてるのかしら?」
「ぐへへっ、ぐへへへっ! 手も足も出せないじぇろ〜?」
コメットの瞳が細められた。
六本の槍を構え、脚に力を込めて跳躍――一瞬で敵の間合いにまで肉薄する。
「なぁ!?」 「これで――おしまいね」
渾身の一撃を振り下ろそうと足を踏み出す――が。
ズルッ。
「!?」
靴裏が滑る。
コラプトがにやりと口を裂いた。
「わっちゃの特製オイル、感触はどうだぁ? キヒヒヒヒッ!」
コメットは咄嗟に体勢を崩しながらも中心へと滑り戻る。
金属床が光を反射してぬらぬらと輝いていた。
「お気に召したかな? キヒヒヒヒィッ!」
「……お前の手の出せない場所から、ボコボコ......する」
「ウヒョヒョヒョ、ショウタイムだじぇ!」
銃声が響く。
ククリナイフとチャクラムが閃き、レイダーズの構成員たちが次々に倒れていく。
「くそっ、地味に数が多い……! コメットの加勢に行けねぇ!」 「まだ来るぞ、注意しろ!」
「シンさんたち、早く来てくれますように!!」
「コール、避けろッ!!」
構成員の刃が迫る瞬間――。
『ブレード!』
唸るような音と共に、回転する鋼刃が横から飛び込む。
敵人機を切り刻みながら通り過ぎたのは、シンだった。
「シン!」 「ごめんっ、遅くなった!!」 「アイツらは見つかったのか!?」 「ああ!」
「コールさーん!!」
倉庫の奥から、手を振りながら駆けてくるショウ。
その背にはセレナを背負い――そして後ろには、信じられない数のモフモフたち。
「ここに閉じ込められてたので助けました〜!」 「とりあえず敵じゃなくて安心したぜぇ!」
「おりゃおりゃくらえおりゃ〜! ムフフフフフーッ!」
コラプトとグウェイドのバイクが機関銃を乱射し、円を描くようにコメットを包囲する。
弾丸が金属を削り、火花が散った。
「グッ……グガァッ……!」
コメットが片膝をつく。
「一方的! わっちゃが一番好きな言葉なんじゃも〜!」
「……こんな時、セレナの応援でもあれば……」
「とどめも間近じゃ……おや? ぬわっ、アヤツら脱走しおったか! ”サディス”の取引材料を逃がすとはぁ!」
「おい、悪臭が何をよそ見なんてして――!?」
「ママ〜! アタシは無事よ〜!!」
「セレナぁっ! よかった……でもこっちに来ちゃダメよ〜、悪影響だわぁ!」
「分かったわママ! アタシの心配はいらないから、本気でやっちゃって!」
コメットの動きが、まるで踊るように滑らかに変わる。
足元の油をものともせず、紅い修羅が静かに構えを取る。
「セレナが無事なら心配事はない……久々に本気を出しましょうかしらね」
「足元はオイルまみれじゃ。こちらは遠距離から機関銃、勝敗は見えとる! 鬼シャンこちりゃりゃ〜!」
コメットは深紅のハルバード以外の槍を次々と投げ放つ。
金属床に突き刺さり、円状に配置される。
「ニャハハッ! 精度の悪いやり投げだじぇ〜!」
「……うふふ」
「魅了されておかしくなっちゃったのかしゃも?」
「セレナの褒め言葉が楽しみだわぁ」
――いつの間にか、コメットはバイクの座席後方に立っていた。
「槍が……道に……」 「テキトーじゃなかったしゃも!?」
コメットはハルバードを振り下ろし、バイクの真ん中に突き刺す。
貫通、地面がひび割れ、バイクが固定され動けなくなる。
「たひひっ! 退っ……」
道に使っていた五本の槍のうち四本を回収したコメットが舞い戻る
「全て消すのは無理だから、粉になるまでで赦してあげるわぁ」
『四槍・死時雨』
四本の槍が閃き、次の瞬間には機体の関節を貫いていた。
粉砕、突撃、分解――その連撃は容赦なく、機械を粉に変えていく。
「う、うしょだ……わっちゃが……こんな所でぇぇぇ〜!」
「くせぇから喋んなっつってんだよぉ!」
ゴシャッ――。
最後に残ったコラプトの顔面が粉砕された。
「……これで悪影響は、根絶やしね」
戦場に一瞬、静寂が落ちる。
「おっしゃ! こっちも制圧完了だぜ!」
「うわっ、なんじゃこれ!? 全員壊滅しとるやんけ!」
「………………」
「サラっ! 無事だったのか!?」
「ああ、ハデット! ウチは無事やで!
途中で力士みたいなんに飛ばされよったけど、ボウリーに会うて……」
和やかな空気――だが。
コメットの姿が、ふっと消えた。
一瞬でボウリーの目の前に現れ、槍を突き出す。
「コメットさん!? 何を――!」
ナイフの一閃がそれを受け流した。
「……どうしたんだ、コメット。俺たちは仲間だろう?」
「ワタシは今、娘に悪臭を付けないために全力で戦っているわ。どんな相手でもね」
「……俺の何処が悪臭なんだ? 人機に匂いなど――」
「匂いではなく“臭い”。アンタの姿が臭すぎるのよ。
久しぶりね、コンラッド。いえ――コラプト・グウェイド」
「!?」
「コラプトとグウェイドは粉になったはず……」
「アナタもそっち側なのね? サラ?」
サラが、嗤った。
「ハハッ、感の鋭い女ねぇ? キハハハァア!」
「サ、サラ……?」
「悪いけど、私はあんたの妻なんかじゃないわ。さらってコンバートした別人よ。
本物はトイレにコンバートさせてプレス機で潰してやったの。『ハデット達には手を出さないでぇ〜』って泣いてたわ。
ぺしゃんこな便器、アハハ! あなたにも見せてあげたかったぁ!!」
「……そんな……」
ハデットが崩れ落ちる。
その傍らで、コメットが静かに槍を構えた。
「おとう……さん?」
気づけばセレナがコラプトの近くまで寄っていた。
「やめなさいっ!セレナ!!」
コラプトが微笑み、髪を撫でる。
「大きくなったな、セレナ。……母を捨て、私のもとへ来い、お前の望みならなんでも叶えよう」
「お父さんなら、娘を“高い高い”くらいしてくれないのかしら?」
「……それもそうだな」
コラプトはセレナを抱き上げる。
その瞬間、少女は囁いた。
「アタシは“ママ”はママって呼ぶって決めてるの」
「……そうか。なら俺はパ――」
カチ、ガガンッ!
銃声が響いた。コラプトが吹き飛ぶ。
「テメェが“パパ”を語る資格はねぇわ」
「流石私の娘だわっ!でも汚いからもう触れてはダメよォ〜」
飛ばされたコラプトは体制を立て直しサラの横まで戻った。
「……母似だな」
「母そのものなんだけどね……」
ショウが小声で呟き、シンとコールが静かに頷く。
「……今日のところは退散しよう。だが必ず、人間は手に入れる。また会おう」
「ちょっと待てやゴラァ!!」
コメットの渾身の槍が閃く。
ギィィイインッ
しかし、その前に巨体が割り込んだ。
「!!? 力士……?」
「相撲は武器禁止じゃぁなかったっけ? あで? どうだったがな?」
「ダウパ、ここは任せたぞ」
コラプトとサラがステルス機に乗り込み、去っていく。
「待ちなさい! コンラッド!!」
コメットは残りの槍を回収し、すべてを豪速球のように投げ放った。
「張り手はこうだどっ!!」
巨体が右手を突き出す。
生じた風圧が槍を跳ね返し、逆流した槍がコメットを壁に叩きつける。
ズガガガッ!
「このっ!!」
『地獄稽古・千張り手』
巨体に似合わぬ速度で突進し、無数の掌打がコメットを襲う。
「ママァァァ!!!!」
「ごっつぁんです。我が名は“力皇ダウパ”。
人類最後にして、人機唯一の横綱――まかり通るでごわす!」
力皇ダウパ
武器は一切装備せず、その身一つで戦う人機、無手にも拘らず、その攻撃は強烈の一言である。
相撲に対しての関心が非常に強い
見た目は力士そのものだが、マゲの結いが外れると顔が獅子舞のような表情に変わる。特に性能は変わらない......




