第十九話「少女」
二人の住人は、噴水で見かけた少女──もといコメットの話をしてくれた。
彼女はかつて「友情を育む」ことをコンセプトに作られた、親友のような少女型ロボット。
そこに意識を移したのが、結婚を機に退役した元軍人・コメットだったという。
「九年前、ゼウス暴走から一年経ったある日、あいつは急に発狂して、あんな風になっちまったんだ」
「あの子は普段、誰とも話さない。“コメット”と声を掛けると、自分は“セレナ”だ!って叫んで去っていくんだよ」
その機体は、近くでよく見ないと機械だと気づかないほど精巧で、配属先として初めてここに来た三十代の女たちはパニックを起こし、抑えるのが大変だったそうだ。
「今でも傭兵団や補給隊が来ると、“聖街の巫女”と間違えられるくらいだからね」
「巫女?」
「噂じゃ、数年前に聖街で“人間の少女”が降臨したって話しさ」
「囃し立てられて、今じゃ《廻帰教》の巫女になってるらしいよ」
シンとショウは互いに目を合わせ、頷き合う。
「次の目的地が決まったね」
「うん」
ショウは、自分と同じ“子供”がいると聞いて、胸の奥が少し震えた。
「少し自由時間にしよう。好きに回るといい。だがショウは必ず誰かと行動するように!」
「はい!」
「よーし!ショウくん私と回ろー!!」
「……いや……エリナと行く」
「いやいや、あたいだろ?」
「えっ?……いや〜、そのっ」
ショウは揉みくちゃにされていた。
「まあまあ、ショウも困ってるし、ジャンケンで良いんじゃない?」
「じゃあ、それで決めよう!」
「……負けない」
「そんじゃ行くよっ!赤薔薇ジャンケン!ジャンケンぽいっ!!」
喧騒の中、広場の脇でボール遊びをしていた少女が、ふとショウの背中を見て立ち止まる。
「…………ロン?」
その一言が、静かに、しかし確かに物語を動かした。
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「やったー、ショウくんとデートだぁ〜」
「よろしくお願いします、シェルンさん」
「デートする仲なんだしもう呼び捨てでもいいよね!」
「え?あっはい!」
「じゃあどんどん回るよ〜」
バザーは相変わらず賑わっていた。洋服やカバン、ストールにマニキュア、本屋にレコード、楽器……食べ物屋はないが娯楽は山ほどあるようだ。
「これもいいし〜、あれも良いな〜」
シェルンはどんどん夢中になっていった。
ふと、ショウがテントのすぐ後ろ──建物の間の狭い路地を見やると、あの少女が近づいてきていた。
「あれは……コメット?」
「ロン!やっと見つけた!!」
「!?」
少女型の機体はショウの両手をぎゅっと掴んだ。
「ほら、行くよ!」
強く手を引かれ、ショウは路地の奥へ奥へと連れていかれる。
突然の出来事に動揺しながらも、ショウは声をかけた。
「待って、コメットさん!」
その瞬間、少女は勢いよく振り返り、叫んだ。
「アタシはセレナよ!セレナ!幼なじみのセッレッナァァァ!!」
大絶叫でショウの耳がキーンとなる。
「わ、わかった、ごめんね、セレナ」
「アタシを忘れるなんて、失礼しちゃうわ!」
「あはは……」
「そんなことより、いつもの冒険をしましょ!今日は南の方が楽しそうよ!」
“ロン”とは誰なのか分からないまま、ショウはとりあえず彼女と話してみたいと思い、着いていくことにした。
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裏路地に小さな影が二つ。
ふたりは塀を登り、バランスを取りながら上を歩く。
セレナが梯子を上がり、屋上に立ったと思えば、屋上から屋上へと飛び越えていく。
「ま、マジか……でも、ぼくだって!」
ショウは声を上げる。
「フローティングボード、起動!!」
リュックの背が展開し、スケボーほどの板が地面落ちる寸前で止まる。
ショウが乗ると、ボードは勢いよく加速した。
「よしっ、問題なし!」
軽快に浮遊しながら進むショウの横を、セレナが並走する。
「なにそれ凄い!!」
「でしょでしょ?」
「ね!南の端まで競走よ!」
「いいよ〜、手加減しないからね!」
「当然!」
小さな速き者たちは、屋上に飛行機雲を描いて駆け抜けていった。
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「う〜ん?やっぱりこれかなぁ〜?こっちかなぁ〜?決めらんなぁ〜い!!」
シェルンはまだバザーで悩んでいた。
「よしっ!ショウに決めてもらおう!ショウ、これとこれどっちがいい〜?」
振り向くと、ショウはいなかった。
「あれ……?」
数秒の沈黙。
「ショウがいなぁーーい!!!!!」
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「いやー遊んだ遊んだ!」
時刻は夕方。
ショウは疲れ果てて広場で大の字に寝転がっていた。
「はぁはぁ……それは……はぁ、よかっ……はぁ」
「ちょっとロン!なにバテてるのよ!ほら行くわよ!」
「はぁ、行くって……どこに?」
「この時間なら誰も来ない場所よ!」
辿り着いたのは、時計塔の頂上だった。
「着いたわっ!やっぱり誰も居ないし、最高の眺めね!!」
「はぁ、かはっ、おぇ……」
ショウはバタンと倒れ込む。
「ロンはだらしないわねぇ、見ないうちにずいぶん弱っちゃって」
「いや、だからぼくは違っ……」
言いかけて顔を上げた時、幻想的な光に包まれたフェムニカが目に飛び込んできた。
「……綺麗だ……」
「え?ロンったらっヤダッ、照れるわね」
セレナが両手を頬にあて、くねくねと体を揺らす。
ショウは苦笑しながら、静かな声で問う。
「セレナ、もう街は真っ暗だよ。家に帰らない?みんな心配してるよ?」
「アタシのおウチはもうないの……ママにも、ずっと会ってないわ」
「そうなんだ……」
「ロンだって久しぶりに見かけたのよ。ほんっとに嬉しかった!たまに見るのはバレッタおばさんと、怖い顔のロンのお母さんくらいだったし」
「……そうだったんだね」
「ロンは、お家に帰っちゃうの……?」
ショウは少し迷いながらも答えた。
「いや……ぼくもここにいるよ」
「ほんとに?ほんとに一緒に居てくれるの??」
「うん、ほんとだよ」
「やったやった、やったー!」
セレナが飛び跳ね──天井に頭が突き刺さった。
「セレナ!?」
(ズボッ)
何事もなかったように降りてきて、照れ笑いを浮かべる。
「えへへ、お恥ずかしいところをお見せしました」
「恥ずかしさより恐怖だよ!!」
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暗い街を、無我夢中で走る人機が一人。
「ショーウ!どこだ〜!!」
別方向から数名の人機が駆けてくる。
「いたかい!?」
「どこにもっ!」
「も〜、ショウどこ行ったの〜!」
「……シェルンが見失うのが悪い」
「それはごめんなさ〜い!」
「とりあえず、まだ探してないとこを……」
「シン、どうしたの?」
「ショウだ」
シンの視界の右端に、文字が浮かび上がった。
「え?」
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「これでよしっと!」
時計塔の最上階でショウは、変形したバックパックを開き、何かを打ち込んでいた。
「ロ〜ン!何やってるの〜?」
バインバイン跳ねながらセレナが覗き込む。
「いや、みんなが心配しないように連絡してたんだ。まだこっちから送ることしかできないけどね」
「へぇ〜。それよりこのベッドすごいね!ふかふかじゃん!」
セレナの横に寝転がりながら、ショウも目を細める。
「うん、エアバックボックスもいい寝心地だ」
少しの静寂の後、セレナが呟いた。
「ロンがまた戻ってきてくれて嬉しい……アタシね、大きくなったらロンのお嫁さんに……って、えぇぇぇ!」
横を見ると、ロン(ショウ)は爆睡していた。
「全く、なんで大事な時に寝てるのよー……まあいっか。おやすみ、ロン」
セレナはショウの頬にキスをして、目を閉じた。
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「ロン!ほら朝よ!」
「う〜ん」
「起きなさいっ!」
「うう〜ん」
「モーニングコールビンタ!!」
「痛っ!?なに!?機械軍!?」
「きかいぐん?なにそれ?いいから、行くわよ!」
「痛いし眠いし……今日はどこ行くの?」
「決まってるじゃない、いつもの秘密基地よ!」
「せめて朝ごはんを食べさせて〜」
「しょうがないわね、アタシはお腹空いてないから待ってあげる」
ショウは携帯食料を食べながら尋ねる。
「秘密基地って、どの辺りにあるんだっけ?」
「なに?忘れたの??」
「いや、確認確認。随分行ってないし」
「それもそうね。北側よ。人気の少ない外周──空き店舗の横路地を突き当たりまで行って、小さな穴を通るの」
「ふぅ〜ん」
カタカタと装備を整えるショウに、セレナが手を差し出した。
「準備はいいかしら?」
「うん!いつでも行けるよ」
「じゃあ行くわよっ!」
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二人は路地の突き当たりに辿り着いた。
「さっ、ここを上がれば基地よ!」
子供なら簡単に、大人でもなんとか通れる程度の穴が掘られている。
セレナに続き、ショウも登っていくと──そこには、広大な空間が広がっていた。
「ひ、広い……」
「でしょでしょ!前より拡張したんだから!」
セレナが壁沿いを走り抜ける。ショウもボードで追う──
その時、壁に亀裂が走るのが見えた。
「セレナッ!危ないっ!!」
ショウは最大出力で飛び込み、セレナを抱えて跳んだ。
間一髪で崩落を避け、中央まで退く。
お姫様抱っこの姿勢で止まったショウに、セレナの目がハートになっている気がした。
「きゅ、きゅん……」
ショウはセレナをそっと降ろし、庇うように前へ出る。
その壁の裂け目の奥から、現れたのは──昨日戦ったワームよりも一回り小さいワームだった。
ショウはリペアツールを構える。
「セレナは僕が守る!!」
「きゅきゅきゅきゅん!」
セレナの目は──間違いなく、ハートになっていた。
セレナ(コメット)
「友情を育む」ことをコンセプトに作られた(表向きは)、少女型親友ロボット。
実際は、かつて物好きな職人が合法を勝ち取るために作った少女型のロボット。
とても精巧に作られているため、ぱっと見ただけでは機械とは気付かないほどの出来栄え。
見た目はハリウッドで言うならミーガン、アニメなら〇ーゼンメイデンの〇紅です。




