第十八話「哀都フェムニカ」
第十八話 「哀都フェムニカ」
一行は、フェムニカへと繋がる昇降エレベーターを上がっていた。
「フェムニカは軍人じゃない女たちの街。拠点より深くはないが、広さはこっちの方が上だから迷わないようにね」
「分かりました。気を付けます」
「……そろそろ着く」
チンッという音とともに、エレベーターの扉が開いた。
目の前には長い通路が伸びている。
「この通路を進んだ先だよ!」
進むにつれて、ざわめきと笑い声が少しずつ大きくなっていく。
通路を抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
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広い空洞の外周には、天幕と布シートだけのテントがバザーのように二列三列と並び、中央に近づくほど石造りの建物が立ち並んでいた。
「大きい……」
思わず呟いたショウの声に、ざわついていた空気がピタリと止まった。
通行人の人機たちが一斉にショウを見つめ、息を呑む。
「にん……げん?」
「えっと……」
戸惑うショウの前で、人機たちはハッとしたようにひざまずき、祈りの言葉を口々に漏らし始めた。
「奇跡だ……!」
「ああ、神様……!」
「なんということ……」
「戻ってきた……!」
「子供たちが……戻ってきたのね……!」
「私の息子はどこ!?」
賑わいは一瞬で混乱に変わりかけた。
その時、メルダの怒号が広場に響く。
「いい加減にしな! あんたら!! いつまで夢見てんだ!? そんなことあるはずないだろう!? この目で見たはずだ! この子は違う、お前たちの子供でもなんでもない! 生身の人間ではあるがな! 分かったらさっさと失せなっ!」
その声で人機たちは我に返り、静かに散っていった。
メルダは肩をすくめてショウを見やる。
「すまないね、ショウ。ここの女たちは自分の子供がだいたい、あんたぐらいの歳だったから……」
「いえ……大丈夫です……」
「よし、気を取り直して行ってみよー!!」
「ショウ……おすすめが、三つある」
「そうなんですね」
「まずはこのバザー。いろいろ置いてある」
「可愛らしいものが多いんですね」
「..........需要」
「どうやって買うんですか?」
「……物々交換」
「交換できそうなものは無いですね……」
「いらっしゃい、生身の人間だろ? 何でもタダで持ってっていいよ」
「えっ、いいんですか?」
「こんな奇跡、二度と出会えないだろうしね。記念に貰っておくれよ」
「ありがとうございます」
ショウは並べられた髪飾りや指輪を眺め、少し考えてから言った。
「これとこれにします」
選んだのは、水色の花の髪止めと、薄ピンクの花があしらわれた指輪。
「あいよ。なんでそれを?」
「この二つの花は、僕の前に住んでた家の庭によく咲いてたんです」
その言葉に、シンの体がわずかに強ばった。
だが誰もそれに気づかない。
「それは綺麗な光景だったんだね!」
「……はい」
シェルンが首を傾げ、エリナが口を開く。
「……次、行くよ」
「はい!」
「次は、私たちが降りてきたとこ」
「え? なんかありましたっけ?」
振り返ると、特大のアナログ時計が壁に埋め込まれた塔があった。
「これが時計塔だよ! 下から中に入って登っていくと、時計の針の間から顔を出せるんだ〜!」
「すごいですね……」
「ん……行く……」
エリナに続いて、エレベーター脇の扉から中へ。
長い階段が延々と続いていた。
一段一段上がり、途中で何度か休憩を挟み、ようやく十五分後に頂上へたどり着く。
「見て! ショウくん、最高の眺めだよ!!」
シェルンに促されて顔を上げたショウは、息を呑んだ。
フェムニカ全体が見渡せる絶景だった。
「す、すごい……」
「だろ? あたいらの自慢の景色さ」
「ここの空洞は昔からあったんですか?」
「ああ、よく知らないが、昔からあったらしいね。見つかったのは、あたいらが人機になった後だけど」
「それで、空洞をそのまま利用してできたのがフェムニカ!」
「なるほどぉ」
シンは感心したように頷いた。
「コールも来れば良かったのにね」
「ほんと、まだ体になれないから特訓するなんて、意外と真面目だよ」
二人が景色を眺めながら話していると、エリナが壁の板を外し始めた。
「……何してるんですか?」
「……次、行くよ」
「次って……?」
聞く間もなく、エリナはパイプ状の滑り台を指差した。
「とりあえずここ、入って」
「分かりました……?」
「いってらー」ドンッ。
「へ?」
「うわあああああああああ!!」
「……二名様ご案内~」
絶叫と共に二人は滑り落ち、下のクッションに勢いよく突っ込んだ。
「し、死ぬかと思った……」
すぐにエリナも降りてきて、涼しい顔で言う。
「……どんくさい……早く行くよ」
「いや、だから行くってどこへ!?」
「フェムニカの中央広場さ!」とメルダが笑う。
「中心にはねぇ、おっきい噴水があるんだよ!」
「……噴水の彫刻には……《紅修羅》が彫られてる……」
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噴水の中央には、紅蓮色の石で彫られた六本腕の女神像が立っていた。
その姿は、怒りにも悲しみにも見える複雑な表情を浮かべ、片腕で空を掴み、もう片腕で誰かを抱き寄せようとしている。
噴き上がる水は光を受けて淡く紅に染まり、像の表面を流れ落ちて血のように輝いた。
周囲を囲む人機たちは無意識に声を潜め、その像を見上げていた。
「……すごい、迫力だ……」
「だろ?あたいたち《クリムゾン・ウィドウ》の化身さ」
メルダが誇らしげに笑う。
「“強さ紅き修羅の如く”ってやつだよね!!」
「……かっくいい……」
ショウがその像に見とれていた、その時だった。
水面の向こうを、ひとつの小さな影が駆け抜けた。
「今のはっ!?」「女の子!?」
シンとショウは驚く、人間の少女がいたと、二人が追いかけようとする。
「ああ、違うよ。今のは――」
メルダが言いかけたその時、横から別の声が割って入る。
「あれは人間じゃないよっ」
振り向くと、ふくよかな家政婦風の人機が腕を組んで立っていた。
「ワタシの名前はレベッカ。あいつとは長い付き合いでね、よく知ってんのさ、あいつは生身の人間じゃない、ワタシらと同じ人機だよ」
そこで二人はさらに驚愕する
「成人前の意識は消滅したのでは?」
その背後から、低い声が続く。
「あれは子どもなんかじゃない、コメットさ」
「コメット……?」
「今じゃ気が狂っちまってね。街の連中は、憐れみを込めてこう呼ぶのさ――」
「《悲愴のコメット》ってね」




