第十二話「過去と誇り」後編 ―誓い―
三人の意識が戻る。
目の前は真っ暗だった。――停電だろうか。
「なんだ? 何が起こった?」
「体が動きずれぇぞ!」
「二人とも無事ですか?」
金属が擦れ合う、ガチャガチャという音。
「……なぜか全員、声が機械っぽいな。」
視界が一斉に開ける。
互いの姿を見た三人は、息を呑んだ。
「トライ・ブラザーズ……!?」
鏡のように映る三つのロボット。
その姿は、もう“人間”ではなかった。
だが、すぐにハッとする。
「――ソールは!!!」
少年はまだ意識を失っていたが、どこか凍りついているようにも見えた。
「ソール!!」
「ソール!!」
「落ち着け。……コールドスリープだ。」
ノールが冷静に装置を操作する。
「意識を失った時、誰かがスイッチを押したんだろう。」
何が起きたのか分からない。
だが、まずは――ソールを助けなければ。
「トール、ソールを背負え! コールは先頭だ、村へ戻るぞ!」
「了解!」
「俺に任せろぉ!!」
三人は無我夢中で外へと駆け出した。
誰も気づかなかった。
――その部屋に、“三人の遺体”がもう無いことに。
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外に出ると、日は高く昇っていた。昼頃のようだった。
村に着くと、静まり返っている。
家々の扉は開き、タンスは空っぽ。まるで、急いで逃げ出したかのようだった。
「なぜ誰もいない!」
ノールが壁を叩くと、埃が舞った。
トールがふと貼り紙を見つける。
それは三つ子とソール宛ての手紙だった。
> 『村人全員が農業用機械や介護ロボットに意識を移した。
ラジオの内容を聞き、我々は急いで避難場所へ向かう。
無事を祈る。――村人一同』
ノールは近くに転がっていた古いラジオを拾い上げ、スイッチを入れた。
> (繰り返す。我々人類は、とあるシステムの暴走により、成人した人間のみが機械に意識を移された。
未成年の人間は意識も消滅し、二度と戻ることはないと思われる。
さらにAIが、人間の意識を宿した機械――“人機”を敵とみなし、攻撃を開始している。
各地に避難所を設置中――)
「未成年は意識が……消滅……?」
ノールが呟くと、コールが叫んだ。
「信じねぇぞ! 俺はそんなの信じねぇ!!」
「まずは避難所で情報を確かめましょう。」
「俺が行く!」
「コールは私と一緒にソールを守ります!」
「……ちっ、わかったよ!」
「すぐに向かう。」
その時、村の大時計が鳴り響いた。
音に導かれるように見上げると――
デジタル表示は“5日後”を指していた。
時間が、飛んでいる。
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ノールは避難所に辿り着いたが、そこにも子供の姿はなく、肩を落として基地に戻った。
さらにソールを休ませる為、コールドスリープを起動しようとしたが装置はすでに壊れていた。
苦渋の末、三人はポットごと“土葬”することを決めた。
「ソール……ごめんなぁぁ!!!」
「これから私達はどうすれば……」
「せめて、堂々と生きよう。ソールの分まで。あいつが好きだった、俺たちのままで……」
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――現在。
何とか足止めには成功したが、ノールとトールの機体は限界だった。
装甲は剥がれ、動力もほとんど機能していない。
ベレムナイトはそれを見て、静かに言う。
「もはや稼働限界か。……終わりだ。」
振り向き、立ち去ろうとする。
ノールとトールはその背中を見つめ、力を抜いた。
だが次の瞬間、視界の端に“見覚えのないフォルダ”が表示される。
「……なんだ、このフォルダ……?」
互いに視線を交わし、同時に開いた。
画面に映ったのは、秘密基地でカメラを覗き込むソールの姿だった。
「あー、あー、撮れてる? 撮れてると信じるしかないかぁ。」
「ノール兄ちゃん、トール兄ちゃん、コール兄ちゃん、面と向かって言うの恥ずかしいから、動画にするね。」
ソールは、にかっと笑う。
「おいらね、物心ついてからずっと“さみしさ”を感じてたんだ。
村のみんなは優しかったけど、なんでだろうね。」
「でもね! 兄ちゃんたちに会ってから、さみしいなんて一度も思わなかった!!
ほんとだよ? 毎日ずっと楽しくてさ、これからもっと最高になると思ってる!」
「いつもありがとう、兄ちゃんたち。
トライ・ブラザーズよりも、世界で一番兄ちゃんたちのことが大好き。
おいらは宇宙一幸せな弟だ! これで終わりっ!!」
「うぉっ!? どこ押した!? 動画どこいった!? うわ、俺機械とか分かんないのにぃ!!
……まあいいや。いつか、兄ちゃんたちに届きますように――」
映像が途切れる。
「……ソールらしいな。」
「……こんなカッコ悪い姿、ソールに見せられませんね。」
二人は顔を上げ、静かに頷き合った。
そして――最後の力を振り絞り、ベレムナイトに飛びかかる。
不意を突かれたベレムナイトの動きが止まる。
「三人なら最大威力ですが……」
「ふたりでも――やってやれないことはない!!」
『トライ・ボム!!』
閃光が走り、世界が白く染まった。
遠のく意識の中で、二人は同じことを思っていた。
――これで少しは誇れるな。
宇宙一幸せな弟の“兄”として。
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コールはショウを抱え、一直線の通路を走っていた。
手の中では、どこからか届いた最後の映像が再生されている。
動画が終わる。
直後、トライ・ブラザーズの緊急回線が途絶えた。
それが何を意味するのか、コールにはすぐに分かった。
執務室の前でブレーキをかけ、振り返る。
心からの咆哮が、静寂に混じる。
「兄貴ィィィーーーーーーーー!!!」
金属の通路に、叫びだけが響き渡った。




