第十一話「過去と誇り」前編 ―喪失―
轟音が響き、砂埃が広場を覆う。
その中心から、黒い機体がゆっくりと歩み出た。
全身を覆う漆黒の装甲。
細身ながらも、動くたびに刃のような冷気をまとう存在。
ノールがショウを背後に庇い、声を張る。
「貴様……何者だ。」
黒い機体はわずかに顔を傾け、静かに答えた。
「我が名は――ベレムナイト。機械軍戦闘部隊の部隊長だ。」
低く響く声に、空気が震えた。
トールが息を呑む。
「戦闘部隊……しかも名付き!?」
「ショウ! 後ろに下がってろ!!」
ノールが叫ぶ。
「問答は無用だ。」
ベレムナイトの右腕が変形し、鋭いブレードが閃光を放つ。
次の瞬間、広場の地面が爆ぜた。
三人は同時に飛び退く。
ノールが叫ぶ。
「フォーメーションBだ!」
「了解!」「任せろぉ!」
三人は瞬時に陣形を組み、息を合わせて攻撃を開始した。
リングが飛び、ピンが爆ぜ、ククリの刃が閃く。
ベレムナイトはそれらを容易く受け止め、無言で反撃を繰り出す。
だが、トライ・ブラザーズの機体はただの戦闘用ではなかった。
――曲芸仕様。
柔軟性とバランスに特化した身体は、直撃を受けても力を逃がす構造になっている。
ノールの胸部に一撃がめり込むが、装甲がしなり、致命傷を避けた。
「へっ、残念だったな……急所は踊って避けるもんだ!」
ベレムナイトの赤いセンサーが光を強める。
「そうか。ならば、粉々になるまで踊れ。」
黒い影が跳ねた。
――激戦が始まる。
鋭い衝撃音と爆風。
火花が散り、三人のボディに無数の傷が刻まれる。
それでも彼らは立ち上がる。
ショウを守るために。
その瞬間、ベレムナイトの放った光弾が逸れ、一直線にショウへと向かった。
「ショウッ!!」
ノールの叫びが響く。
ショウが振り返ったその時、古い機体が飛び込んできた。
「ボン爺!?」
車椅子型人機――ボン爺は、背中のミニロケットを最大出力で噴かし、ショウを突き飛ばした。
光弾が直撃。
爆炎の中で、ボン爺の体が焦げ付き、崩れ落ちる。
ショウが駆け寄り、震える手でその腕を掴む。
「ボン爺! ボン爺! しっかりして!!」
焦げた顔がかすかに動いた。
「……わしの……まご……」
その言葉を最後に、ボン爺の光が消えた。
ノールは歯を食いしばる。
「……トール、コール。あの子を――守るんだ。」
トールが振り返る。
「コール! ショウを連れて工場長のところへ!」
「バカ言うな! 今行ったらお前らが――」
「頼みましたよ。弟に任せるのは兄の務めです。」
トールの声は穏やかで、それでいて覚悟に満ちていた。
「……ちくしょう、絶対戻ってこいよ!!」
コールは叫び、ショウを抱えて走り出す。
ベレムナイトが振り返る。
「逃がすと思うか。」
ノールとトールがその前に立ちはだかった。
「通さん……俺たちは兄だからな。」
黒と金属の光がぶつかり合い、再び激戦が始まる。
――だが、力の差は歴然だった。
ベレムナイトの一撃ごとに、機体が砕け、関節が悲鳴を上げる。
「まだ、だ……」
ノールが膝をつきながらも立ち上がる。
トールも同じく、ボロボロの腕を構えた。
「もうあの子のように……奪わせない……!」
脳裏に、あの日の記憶が蘇る。
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――あの夜、ソールが作ってくれた料理は、正直お世辞にも美味しいとは言えなかった。
それでも、三人は綺麗に完食した。
「ねぇねぇ、そろそろケーキいっちゃう?」
「食べよう。」
「手伝います。」
「俺、でっけぇやつな!」
――笑い声。
そして、三つ子のためにケーキを配ろうとしたソールの体が崩れた。
「うわぁぁぁ!」
苺が地面に落ち、(ベチャッ)と潰れる。
「ソールッ! どうした!?」
「うわぁぁぁ、兄ちゃん、兄ちゃん助けてぇぇぇ!!」
少年は暴れ、のたうち回った。
三つ子は訳が分からないまま、ただその手を掴む。
「トール、コール! ソールを抑えるぞ!」
三人は少年を押さえ込み、必死に落ち着かせようとする。
「ソール、大丈夫だ! 落ち着け!」
その時、少年は糸が切れたように――ぷつりと動きを止めた。
「……ポットに運ぶぞ!」
前にソールが原因不明の熱で倒れたとき、廃棄された美容ポットを改良して作った簡易医療ポットに、慎重に運び込む。
なんとか落ち着いたと安堵したのも束の間――
三人も、意識を失った。
――闇が、世界を包む。
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