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第九話「食事と改造」


「はぁ……はぁ……!」


果樹園の木々をかき分け、少年は必死に走っていた。

振り返ると、遠くで赤い一つ目のクラゲのような機械が、地を滑るように迫ってくる。


「シン! どこ!? シン!!」


――守ると約束してくれた、あの青い機体を探してもがく。


だが焦った足はすぐに限界を迎え、木の根に躓いた。

ドローンがすぐ目の前まで迫る。


「うわぁぁぁぁぁ!!」


ショウは叫び声を上げながら飛び起きた。

視界の端で何かがガタンと倒れ、床にぶつかる音が響く。


「どうした!? 何があった!」

コールとトールが部屋へ飛び込んできた。


「なんだ……ボン爺かよ」


壁際には、車椅子の上半身に機械が融合したような存在――ボン爺がひっくり返っていた。


ショウは怯えながらつぶやく。

「ぼん……じい?」


トールが穏やかに説明した。

「大丈夫ですよ、ショウ。こちらはボン爺さん。会話はできませんが、70代の人間の意識が入った“最高齢の人機”なんです」


「最高齢……?」

「ええ。我々人機は、生身の時と違い歳を取らない。しかし60代を超えると意識が薄れ、70になる頃には完全に消えてしまう――“人機の死”です」


ショウの目が大きく見開かれる。

「そんな……どうして……?」


「原因は、生身の脳と機械の脳の違いだと考えられています」

トールが静かに言葉を続けた。

「見た目は変わらずとも、私たちにも“死”があるのです」


「そんな中で、ボン爺がまだ動いている。それだけですげぇんだ」

コールが笑いながら、老機の頭をポンと叩く。


ボン爺はゆっくりとショウの前に進み出て、無骨な金属の手で少年の頬を優しく撫でた。

何も言わず、静かに去っていく。


「……今の、驚きましたね」

トールが息を漏らし、

「いつもはただぼんやり動いてるだけなのに」

とコールがつぶやく。


ショウは、去っていく老機の背をじっと見つめていた。


その静寂を破ったのは――。


「ぐぅ〜〜〜」という大きなお腹の音だった。


「な、なんだぁ!? 敵襲か!?」

コールが叫び、ショウは顔を真っ赤にして俯いた。


「バカ言うんじゃありません、コール」

トールが苦笑する。

「ショウは生身の人間です。お腹も空くんですよ」


「メシか! 懐かしい響きだな〜」

「では行きましょうか」

「行くって……どこに?」


「うるさいヤツなんだが、ショウのためなら仕方ねぇ」

コールが肩をすくめた。


トールが笑って言う。

「“頑固者のクーパー”。かつて超一流と呼ばれた料理人のところです」



---


――ノールも合流し、四人は古びた建物の前に立っていた。

錆びた看板には、達筆な筆致で「クーパーレストラン」と書かれている。


「じゃあ、入るぞ」

ノールが扉を開けると、カランカランと鈴の音が鳴った。


「おいおい、また冷やかしか? 食える奴なんざいねぇんだから帰んな!」

低く太い声が響く。


「特にお前は出禁のはずだろ、コール!」


カウンター席に座っていたのは、真っ白な長いコック帽を被った大きな調理ロボットだった。


「細けぇこと気にすんなよ、クーパー」

「細かくないわ! この厄介者!!」


「まあでも、この店にお前ら3人が揃うなんて珍しいな」

「ちょっと事情がありまして」トールが言う。


その背後から、ショウが恐る恐る顔を出した。

クーパーのセンサーが赤く点滅する。


「なっ……生身の人間だと!?」


「この子に、料理を作ってほしい」

「よ、よろしくお願いします……」ショウが小さく頭を下げる。


クーパーはその場で硬直した。

「おい、コール。俺をぶん殴れ。夢見てんのか?」

「人機が夢なんて見るかよ」


クーパーはショウの前に跪き、金属の指を組んで頭を垂れた。

「おお、神よ……まだワシの役目は終わっていなかったのですね……」


「え、えっと……?」ショウが戸惑う。


「おい、ショウが困ってるじゃねぇか」

トールが促す。「クーパーさん、さっそく何か作っていただけませんか?」


「お、おう! 久々の本物の客だ! 最高のもてなしをしてやるさ!」

クーパーは勢いよく厨房へ向かった。


中華鍋を豪快に振るう音が響く。


四人がテーブルに着くと、ショウがぽつりと尋ねた。

「そういえばノールさん、今までどこに?」


「シンのところだ」

「えっ……まだ戻ってないですよね?」


「シンは右腕が取れてたしな。パーツ交換だろ」

コールが腕を組む。

「ここじゃコンバートはできませんしね。拒否反応が出てなければいいですが……」


「コンバート? 拒否反応って?」

不安そうにショウが首をかしげる。


「人機にとって重要な仕組みです。今説明します――」

トールが口を開きかけた時、ショウが立ち上がった。

「そんなのいいです! 早く行かないと!」


ノールが静かに言葉を挟む。

「その心配はいらない。あいつは――」



---


――白い整備室で、シンが新しい右腕を握りしめていた。


「こいつは驚いた」

ダンが感嘆の声を漏らす。

「まったく拒否反応が出ないとは……違和感は?」

「いえ。驚くほど自然です。まるで、最初からこの腕だったみたいに」


「そうか……」ダンは少し考え込み、静かに言う。

「腕の問題はない。だが、今後お前と少年は機械軍に狙われる。

逃走も、戦いも避けられん」


シンは拳を握る。

「僕に……できることを教えてください」


「短期間で戦闘訓練は無理だが、回避と立ち回りなら教えられる」

「お願いします!」


ダンは無言で立ち上がり、扉の方へ歩く。

「ついてこい。訓練場だ」

「はいっ!」


シンの胸が熱く震えた。



---


「――とまあ、シンの様子を見てきたが、ピンピンしてたぜ」

ノールが笑いながら言う。

「そうですか、良かった……」ショウが胸をなで下ろす。


「できたぞぉ!」

クーパーが鍋を持って現れた。

湯気と共に、黄金色のチャーハンと澄んだスープが運ばれる。


「美味そうだなぁ〜」コール。

「おめぇの分はねぇぞ」クーパー。

「わかってらぁ! クソジジイ!!」

「クソジジイとはなんだ! バカコール!! 表に出やがれ!」

「ほんとのこと言ってるだけだろがぁ!」

「少しは年長者を敬え!」

(クーパーにガッチリとヘッドロックを決められる)

「老害ががががががっ!」


ショウはゴクリと唾を飲み、スプーンを手に取った。

一口――目を見開く。


「……美味しい……」


コールとクーパーの喧嘩がヘッドロックのまま止まる。

静かな空気の中、ショウの目から涙がこぼれ落ちた。


「不味かったかぁ〜」

「ワシの腕でそんな事あるか! 美味しいって言っとっただろ!」


「今まで……果物とか、生の野菜しか食べたことがなくて。

こんなに温かくて、美味しいごはん……初めてです」


クーパーは目を細め、大きな声で笑った。

「ハッハッハッ! そうだろう! 好きなだけ食え!」


ショウはボロボロと涙を流しながら、夢中でスプーンを動かした。

その姿を見て、店内は柔らかな空気に包まれた。


やがてクーパーが思い出したように厨房の奥へ消え、

ごそごそと何かを探して戻ってきた。


「こいつを持ってけ」

差し出されたのは、金属製のリュックのような装置だった。


「携帯食料を作れる装置と、浄水機能付きの水筒だ。

子供でも使える。レシピも入ってるからな」


「ミメルツ合金か、すげぇな」コールが感心して叩く。

「当たり前だ。料理人は道具が命なんだよ」


「よく手に入りましたね……」

「ちょいと縁があってな」


ショウはリュックを抱きしめるように受け取った。

「ありがとうございます」


ノールがふっと笑う。

「久々に“アレ”でもやるか」

「アレ?」ショウが首をかしげる。


トールが弾む声で言う。

「私たちの代名詞です」

コールが立ち上がって拳を突き上げる。

「そう、“トライ・ブラザーズ”の――」

ノールが続けた。

「三つ巴曲芸舞台劇、だ」


「食ったら広場に行くぞ、ショウ!」

暖かな笑い声が、古びた店内に広がっていった。

ボン爺

車椅子型介護用ロボットに意識を移した七十代の老人。

見た目は、背もたれ部分が“ボーボボのところ〇の介”のようになっており、肩からは食事介助用の細いアームが二本伸びている車いす。背面にあるほとんど機能していないミニブースターは設計者がロマンでつけたもの。


クーパー

文字通り「料理の鉄人」。

人間だった頃から料理人として腕を振るい、どんな料理でも作れるが、特に得意なのは中華料理。

人機になってからも料理の探求をやめず、味覚のない身体で日々研究を続けている。

「天才に味見はいらねぇ」とよく言っている。

しかし、人機に食事の習慣はないため、周囲からはすっかり変人扱いされている。

見た目はメカ○ッキングパパのような、どこか温かみを感じる頑丈なロボット。


ミツメル合金

軽量、扱いが容易、なのに”頑丈”な希少万能合金、結構お高い万円します。

クーパーが料理道具を新調しようと旅に出て、拠点とは真逆の辺境に向かった時に出会った人機に譲ってもらった合金。

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