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第6章

 第二階層の探索を終えたあいつらは、フロアの隅にある小さな空洞――俺の祖父が気まぐれに残した「セーフゾーン」で、休息を取ることにしたらしい。

 ここはダンジョンの法則が唯一及ばない、いわば聖域だ。

 トラップもモンスターも、この中には入ってこない。


 俺は、管理人室の玉座で頬杖をつきながら、その様子をモニターで眺めていた。

 正直、一番見ていて落ち着かない時間だ。

 戦闘中なら、まだ「仕事」として割り切れる。

 だが、こういうオフの時間は……なんだか、いけないモノを覗き見しているような気分になる。


 三人は、傷ついた鎧を脱ぎ捨て、ラフなインナー姿になっていた。

 中央では、ルナが起こした魔力火マジック・ファイアがぱちぱちと音を立てて燃えている。

 その暖かな光が、少女たちの柔らかな輪郭を、そして汗でしっとりと濡れた肌を、なまめかしく照らし出していた。


 エルマは、乾燥肉の串を豪快に頬張りながら、元気よく口火を切った。

 

「ねーねー、思ったんだけどさ、ここのモンスターって意外と弱くない?」

 

 彼女はあぐらをかいているせいで、短いホットパンツの裾から、引き締まった褐色の太ももが大胆に覗いている。

 本人は全く気にしていない様子だ。


 その言葉に、焚火の火力を調整していたルナが、フードの奥から顔を上げた。

 

「ええ。それに、トラップも不快ではありますが、私たちの命を奪うような、明確な殺意は感じられません。まるで……」

 

 ルナは、そこで言葉を切ると、思案するように自分の唇に細い指を当てた。

 その仕草が、彼女の年齢不相応な色気を際立たせる。

 

「……何かの『試験』をされているような。そんな気さえします」

「試験、ですか……?」


 それまで黙って、硬いパンをかじっていたアリシアが、か細い声で呟いた。

 

 彼女は、焚火から少しだけ離れた場所に、体育座りでぽつんと座っている。

 脱ぎ捨てられた白銀の鎧が、すぐ隣で空しく転がっていた。

 鎧の下に着ていた簡素な白いチュニックは、先ほどの戦闘と汗でところどころ肌に張り付き、豊かな胸のラインをくっきりと浮かび上がらせている。

 うなだれた拍子に、結んでいたポニーテールがほどけ、数本の金髪が、汗で濡れた白い首筋に貼りついていた。


 その姿は、聖騎士というより、傷つき、迷子になった一人の少女にしか見えない。

 アリシアは、震える声で、ずっと胸の内にあったであろう葛藤を吐露した。

 

「あの力は……本当に、聖なる力なのかな……?」


 焚火の光が、彼女の潤んだ碧眼をきらりと照らす。

 

「あんな、はしたない感覚の果てに得た力で敵を倒して……聖騎士を名乗る資格が、今の私にあるのかな……」


 重い沈黙が、三人を包む。

 その沈黙を破ったのは、エルマだった。

 彼女は、もぐもぐと肉を飲み込むと、いつもの元気な調子とは違う、真剣な顔つきでアリシアを見た。


「あたしは、難しいことよくわかんないけどさ」

 

 こつん、と自分の胸を拳で叩く。

 

「でも、アリシアがその力を使ったから、あたしたちは助かったんだよ。それに、あたしも、さっき変な感じになっちゃったけど、すっごいパワーが出た。それって、良いことじゃん!」

 

 単純明快。だが、それがエルマの優しさだった。

 続いて、ルナも静かに口を開く。

 

「力の源が何であれ、それを使う者の心が正しければ、それは正義のための力です。少なくとも、私は、あなたの心を信じていますよ、アリシア」

「二人とも……」

 

 アリシアの瞳から、大粒の涙がぽろりとこぼれ落ちた。

 炎に照らされたその一筋の涙は、まるで宝石のように煌めいて見えた。

 

「……ありがとう」

 

 そう言って微笑んだ彼女の顔は、これまで俺が見たどんな表情よりも、ずっと綺麗だと思った。


 俺は、モニターの前で、その光景をただじっと見ていた。

 胸の奥が、ちくりと痛むような、それでいて少し温かいような、奇妙な感覚。

 これが、仲間……これが、パーティー……。

 

 ずっと一人でこのダンジョンを管理してきた俺には、眩しすぎる光景だった。


「……試験、か」


 ルナの言葉が、頭の中で反響する。

 祖父が遺したマニュアルに書かれていた「試練場」という言葉と、奇妙にリンクした。

 

 こいつらは、ただの侵入者じゃないのかもしれない。

 俺がこのダンジョンでやるべきことは、本当に、ただマニュアル通りにトラップを起動させることだけなのだろうか。


 俺は、そっと、モニターの音声をミュートにした。

 彼女たちのこの時間を、これ以上、覗き見るべきではない。

 そう思ったのは、気まぐれか、それとも――。


 冷たくて座り心地の悪い玉座に身を預けながら、俺は、自分の知らない感情が芽生え始めているのを感じていた。

 

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