第2章
今日のノルマは達成、と。
俺はすっかり冷たくなったコーヒーを飲み干し、さて、これから何をしようかと思考を巡らせた。
積んである本を読むか、それとも寝るか。
この永遠に続くかのような時間の中で、暇を潰すことだけが俺の課題だ。
――その、はずだった。
ピコン、と。
静寂を破って、コンソールから短くも鋭い警告音が鳴り響いた。
壁一面の立体マップを見ると、ダンジョンの最上階、つまり入口のゲート部分が、チカチカと赤く点滅している。
警告の意味は一つ。
新たな侵入者だ。
やれやれ、今日はもう店じまいのつもりだったんだがな。
俺は面倒くさそうに頭を掻きながら、メインモニターの映像をダンジョンゲートに切り替えた。
そこに映っていたのは、三人組の少女だった。
中央に立つ一人が、腰に下げた長剣を鞘から抜き放つ。
陽の光を浴びていないはずの剣身が、自ら光を放っているかのように白銀に輝いた。
聖剣、というやつか。厄介極まりない。
そして、次の瞬間。
「――神の威光をその身に宿し、我が刃は悪を断つ聖なる楔とならん! ホーリー・ブレード!」
少女の澄んだ声と共に、剣が眩い光を放った。
ズゥゥゥンッッ!!
轟音と衝撃が、この最下層の玉座の間にまで微かに伝わってくる。
モニターの映像が激しく揺れ、ダンジョンの大扉が、内側に向かって派手に吹き飛んだ。
光が収まり、舞い上がった塵がゆっくりと晴れていく。
逆光の中、三人のシルエットが浮かび上がった。
まず、最初に姿を現したのは、先頭に立つリーダー格の少女。
腰まで届く艶やかな金髪を、活発なポニーテールに揺らしている。
瞳は、一点の曇りもないサファイアのような碧眼。
そして、何より目を引くのが、その体を包む白銀の鎧だ。
教会から授けられたであろう神聖な紋章が刻まれたそれは、しかし、彼女の抜群のスタイルを全く隠しきれていなかった。
きゅっと締まった腰のライン、豊かな胸の膨らみを強調する胸当て。
鎧と肌着の隙間から覗く、驚くほど白い首筋や、絶対領域を形成する太ももが、神聖さとは真逆の生々しい色気を放っている。
聖騎士アリシア。
ダンジョンシステムのデータベースが、彼女の素性を瞬時に弾き出した。
教会期待の若きホープ。面倒くささも期待通り、特級だ。
そのアリシアが、聖剣を構え、凛とした声で高らかに宣言した。
「魔王よ! その卑劣な悪行、この聖騎士アリシア・サンクトゥスが断じて許しはしない!」
「……はいはい、出ましたよ、その手のやつ」
俺は思わずモニターにツッコミを入れる。
正義感の強いタイプは、トラップへの反応がいちいち大袈裟で、こっちの精神的にもよろしくない。
そんなアリシアの隣で、ふわりとローブのフードを揺らしたのは、対照的に小柄な少女だった。
顔がすっぽりと隠れてしまいそうな深いフードから、切りそろえられた神秘的な紫色の髪が覗いている。
手には、身長に見合わないほど分厚く巨大な魔導書。
その姿は、いかにも魔法使いか、あるいは賢者といった風情だ。
ローブはダボダボで体のラインは全く見えないが、それが逆に、この下に隠された少女の華奢な体を想像させ、妙な背徳感を煽ってくる。
彼女――ルナは、無表情のまま小さな口を開いた。
「アリシア、声が大きすぎます。魔王にこちらの戦力を悟られます」
「うっ……そ、それはそうだけど! 気合の問題よ!」
「非合理的な精神論です」
ぴしゃり、とアリシアを一刀両断するルナ。
見た目に反して、こっちも相当に厄介そうだ。
何を考えているか分からないタイプは、トラップの効果がどう転ぶか読みにくい。
そして、三番目の少女が、そんな二人の後ろからひょっこりと顔を出した。
「もー、二人ともぐずぐずしてないで、早く突撃しちゃおっ! あたし、もう暴れたくてウズウズしちゃう!」
こつん、と自分の拳と拳を打ち合わせる彼女は、これまた分かりやすい武闘家タイプだった。
燃えるような赤い髪を、動きやすそうなショートカットにしている。
服装も、胸当てと腰巻き、それに手甲と足甲だけの、極めて布面積が少ないスタイルだ。
おかげで、引き締まった腹筋や、健康的な小麦色の太もも、そして活発な動きに合わせて揺れる小ぶりながらも形の良い胸が、惜しげもなく晒されている。
彼女の名はエルマ。
脳筋特攻隊長、といったところか。
「まあ、こういう脳筋タイプが一番、トラップに引っかかりやすくて助かるんだがな」
俺の呟きは、誰に聞かれることもなく玉座の間に溶けていく。
「二人とも、気を引き締めて!」
アリシアがパーティの士気を高め、三人はついにダンジョン内部へと一歩を踏み出した。
ひんやりとした、少しカビ臭いダンジョンの空気が、彼女たちの熱気を冷ますようにまとわりつく。
俺は、大きく、深いため息をついた。
「……やれやれ。今日はもう仕事は終わったつもりだったんだがな」
口ではそう言いながらも、俺の目はモニターに釘付けになっていた。
特に、あの金髪の聖騎士。
あの正義とプライドに凝り固まった顔が、このダンジョンのトラップによって、一体どんな風に歪められていくのか。
柄にもなく、ほんの少しだけ、興味が湧いてしまった自分に、俺は気づかないふりをした。