表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クローモ・ファトゥム ― 色なき運命へ  作者: 霧雨桜花
第一章 : アストラの綻火
6/12

リュミナ・クラデシア

 塔は、空を穿っていた。天へ向かって伸びるその姿は、まるで世界の骨格そのものであるかのように、どこまでも無言のままそこに在った。


 地から突き出たのではない。ただ、最初から「そこにあるべきもの」として存在している。そんな気がした。


 それを前にした僕は、自分が極端に小さなものに感じられた。


 見上げるほどに視界が霞んだ。高さが現実の尺度を超えていたからだろう。もはや「構造物」とは呼べなかった。空と地をつなぐ黒い糸。あるいは、空が地上に垂らした鎖のような。


 だが、それが何なのか、僕にはまるで分からなかった。


 名前も知らない。意味も知らない。けれど、その存在だけは、異様なほど明瞭だった。


 それでも――


「入るべきではない」


 そう身体の奥底が叫んでいた。


 足が動かない。動こうとするたびに、皮膚の下でなにかが粟立った。塔の入口らしき裂け目は、どこまでも静かに開いていた。けれど、そこには明確な〈拒絶〉の気配があった。


 ここは、生きたものが踏み入れる場所ではない。


 背中に冷たい膜のようなものが張りつく。その正体は恐怖でもあるし、警鐘でもある。けれど何よりも、これは「本能」だった。


 それでも僕は、その前から離れられずにいた。


 歩き続けて、ようやく辿り着いた場所。ここに、誰かの痕跡があるかもしれない――そんな予感が、微かに僕を縛っていた。


 そして――そのときだった。


「……どうして、そんなところに立ってるの?」


 声。


 柔らかく、けれどどこか強い響きを秘めた声だった。


 振り返ると、そこに少女がいた。


 風が吹くたびに揺れる髪は銀色に近かったが、その内の一房だけが、星明かりを映したように淡く光っていた。銀と藍と紫の光がまばたくように混ざっていて、現実では見たことのない、けれど確かに美しい髪だった。


 肌は雪のように淡く、輪郭もどこか儚い。だがその佇まいは、逆に確かな存在感を放っていた。


 そして何よりも印象的だったのは、その瞳。


 群青の夜空を思わせる虹彩の中に、小さな光の粒が散っていた。星のような――いや、まさに星だった。人間の眼にはあり得ない、けれど吸い込まれるような輝き。


 僕は思わず問うた。


「……君は、人間じゃないのか?」


 少女は、少しだけ目を伏せ、そして静かに言った。


「私は、星読族――〈アステル〉」


 その響きは、まるで初めて聴くはずなのに、どこか懐かしい旋律のようだった。


「星読族……〈アステル〉……?」


 僕が繰り返すと、彼女は小さく頷いた。


「このあたりに、人の気配があったから。……あなたがそれ?」


「たぶん、そうだと思う」


 どこか安堵したように彼女は頷く。そして、僕の足元を見て小さく眉をひそめた。


「入ろうとしてたの?」


「……入れなかった。怖かったんだ。どうしても、足が……」


「当然だよ。あの塔の前に立ったら、誰だってそうなる」


 その言葉に、少し救われた気がした。


「……いったい、あれは何なんだ?」


 僕の問いに、少女――星読族の少女は塔を見上げる。


「名前はある。“十二星柱”――ドーデカ・アステリオ」


「十二星柱……」


 口にした瞬間、なぜか胸の奥がひどくざわめいた。音の一つ一つが、重く、冷たい。


「でも、中がどうなってるのかは誰も知らない。星読族の私たちでさえ、近づくなって言われてるだけ。理由は明かされないまま」


「危険だから?」


「きっと、ね。でも、それ以上に“触れてはいけない”って扱い方をされてる気がするの」


 少女はふと黙り、風に揺れる髪の星色の房が夜気にちらついた。


「……名前、聞いてもいい?」


「織宮 奏真」


「私はアレセア。星読族の中では、ちょっと……変わり者、かな」


「こんな場所に現れた僕のほうが変わり者だよ」


 思わず言ってしまったその言葉に、彼女はふっと微笑んだ。その笑みには、どこか光があった。


「……行こう。ここは、長くいるべき場所じゃない」


 そう言ったアレセアの声には、夜空の静けさに似た優しさがあった。


「うん」


 塔を背にして、二人は歩き出す。星読族の少女と、見知らぬこの世界に迷い込んだ僕と。

 そして遠く、夜の彼方で、星の一つが微かに瞬いた。

感想・誤字脱字報告などよろしくお願いします

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ