グラウ・アステロファゴス
星の声が、途絶えていた。
ドゥレイ・カンザリオは、天穹の沈黙の中で膝を折った。星魂詠唱の核心、空に瞬くあらゆる光が、彼に何も告げなかった。いや、それどころか、かすかにだが「恐れている」とさえ感じた。神暦以来、星々が人に背を向けるなどあり得なかった。深淵詠みである彼が最も忌むべき兆候——それが、己の中から始まっていた。
「……奪われたのか。力ごと、星の系譜まで……」
息が詰まる。内奥で燃えていた星の焰が凍るように消えていく感覚。身体の芯から世界との接続が断ち切られた。
王座はすでにない。かつて自らが担っていた深淵詠みの座、星々の系譜を統べる継承の力は、何者かに書き換えられ、根こそぎ奪われた。儀式なしに、血筋を無視して。
それが誰によって為されたか。見当はついていた。
「……カシエル」
静かに呟いたその名は、やがて空を裂くような遠雷にかき消された。
◆
星読族の聖堂跡。大理石に刻まれていた星辰図は抉れ、天文儀を模した機構は砕かれていた。星の欠片が飾られていた祭壇の中央——そこに、鍵が嵌められたであろう“玉座”はもはや存在しなかった。
カシエルはそこにいた。かつての名残を欠片も残さぬ姿で。
肌は黒鉄のように沈み、髪は白銀ではなく、闇の底に溶けるような星の反転色——否、全ての色を喰らった“色無き色”が滴っていた。
その瞳。あれはもはや、星を読む者のそれではなかった。星々の光を喰らい、摂理を逆撫でする獣の目。
「……やっと、わかったのか、ドゥレイ」
声は掠れていたが、確かに人語だった。
「継承の鍵……君が手放したその瞬間、すべての糸がほどけたんだよ」
それは理ではなく、歪んだ歓喜の響きだった。
◆
ドゥレイの背後で、空が一閃した。
彼の目に映るのは、既に“人”ではない何か——星読族の理を超えて変質した存在だった。
エリオヌスの織物には、想定されていた。
深淵詠みがいずれ誰かに継承を果たす時、その座を手にした者が起こす“歪曲”。
それは、本来ドゥレイが担うはずの運命だった。だが、奏真が起こした“綻び”により、その定めはずれた。
カシエルにその“遊戯”は回った。
「どうして……こんな姿になってまで……!」
ドゥレイの問いに、返答はなかった。ただ、異形のものが宙へと跳ね、星々の残響を呑み込むように咆哮した。
その音は、深淵の底から滲み出す、喰星の獣の咆哮だった。
世界が、歪む。
神の帳が、焼かれはじめていた。
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