断章:織り手は嘲う
「……ふふっ、やっぱり生きてるんだね、ライセルくん。」
その名を囁くだけで、空気がわずかに震える。
織られた運命の布が、そのたった一声に怯えたように揺らぐ。
「ほら、他の子たちはもう“糸”なのに、君だけ勝手に“針”を持ってる。
ねえ、それってズルくない?」
王座とは名ばかりの気まぐれな舞台。
その中央に、無邪気に寝転がる神がいた。
唯一神エリオヌス。
運命を紡ぎ、解き、気まぐれに笑う戯れ手の神。
彼の目の前には、あらゆる運命の糸が張り巡らされていた。
過去も未来も、生も死も、全ては彼の指先で震える。
「殺す、って言葉はあまり好きじゃないんだけどさ……
でも君だけはね、ちょっと、許しちゃいけない気がしてきたんだよ。」
理由は要らない。悲劇も要らない。
ただ、「不愉快」――それが、彼の理不尽のすべてだった。
「秩序を乱すのは大好き。でも“演目”ごと焼き払うやつは、面白くない。」
ライセルは、それをやってしまった。
織られたすべての布の意味を、根底から壊そうとした。
「だから、僕もひとつ、面白い手を打ってみることにしたんだ。」
彼はひとつの糸を摘み上げる。
それはこの世界のものではない。
遥か遠く、彼の興味が一度も向かなかった辺境――地球から引かれた一本。
「名前は……まだいいや。
どんな“綻び”になるかもわからないし、どんな“色”に染まるかも楽しみだしね。」
彼の指先から、力が流れ込む。
だが与えたのは“運命の再編”ではない。
「ずれ」そのもの――“都合のいい歪み”という、概念の種。
「ねえ、誰だって、物語の主人公になりたいでしょ?
ご都合主義って、だからこそ……最高に滑稽で、最高に魅力的なんだよ。」
ひとつ息をつき、糸を軽く投げた。
それは時空を超えて放たれ、混線し、やがて「誰かの運命」となる。
「……さあ、面白くなってきた。
誰が一番先に、綻びに気づくかな?」
そしてエリオヌスは、再び笑う。
この世界に退屈が訪れない限り、彼の遊戯は終わらない。
たとえその先に、彼自身の“終わり”が待っていたとしても。
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