七
銀行の防犯カメラは、誠一の後ろ姿を捉えていたはずだ。しかし、誰も不審な目を向けない。スーツ姿の男と一緒だと、ごく普通の会社員の集金に見える。ATMで引き出された大金が、封筒に入れられ、誠一の鞄に納まっていく。その仕草には、もう慣れていた。
「いつもみたいに、頼むな」
男はそれだけ言って、オフィス街の雑踏に消えていく。誠一は封筒の厚みを確かめた。これまでで最も重い。電車に揺られながら、その重みの正体を考えないようにする。考えれば考えるほど、見えてくるものがある。封筒の向こう側にいる誰かの人生。誰かの苦しみ。
しかし、そんな想像は、現実の重みに負ける。先週、母に渡した仕送り。妹の塾代の補助。家計を支える自分の存在が、確かにそこにある。父との会話は依然として少ないが、少なくとも経済的な非難は消えていた。
「よくやってるよ」
上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくった男が言った。応接室のソファに座り、誠一は黙ってうなずく。机の上には、新しいスマートフォンが置かれていた。
「これからは、もっと動いてもらう」
男の言葉に、誠一は目を伏せた。組織の構造が、少しずつ見えてきていた。電話係。受け取り係。運び屋。そして、その上にいる人たち。自分が関わっているのは、その一部分に過ぎない。それでも、その部分が持つ意味は、痛いほど分かっていた。
銀座の雑踏を歩いていた時、誠一は警察官の姿を見た。交通取り締まりをしている父ではなかったが、その制服の青さが、胸に突き刺さった。父の背中を見る度に感じる重圧が、見知らぬ警官の姿にも宿っていた。
新しいスマートフォンbには、暗号化されたメッセージアプリが入っている。画面に届く指示は、以前より具体的になった。受け取りの時間、場所、金額。そして、相手の特徴。老人が多かった。男は、それを「ターゲット」と呼んでいた。
部屋に戻ると、机の引き出しに隠した封筒の束が目に入る。報酬は着実に増えていた。スマートフォンには、新しいアプリの通知が点滅している。暗号化されたメッセージの中に、明日の予定が記されているはずだ。
風呂場の鏡に映る自分の顔が、少し変わったように見えた。髪は美容院で整え、服もブランド物を身につけるようになっていた。外見は確実に良くなっている。しかし、目の奥に潜む何かが、違っていた。
新しいスマートフォンが震える。次の指示。次の場所。次の金額。数字の羅列の中に、誠一は自分の未来を見た。それは暗い光を放っていたが、その光から目を逸らすことはできなかった。むしろ、その光の中にいることで、妙な安心感を覚えていた。
枕元で、古いスマートフォンbが震える。母からのメッセージ。夕食の誘い。父が休みの日。誠一は既読スルーをした。制服の重みを感じる食卓は、今の自分には耐えられそうになかった。
新しいスマートフォンに、また指示が届く。誠一はその画面を見つめながら、自分がどこまで深みにはまっているのか、考えることを避けた。考えなければ、全てが普通の仕事のように思える。それが、最も恐ろしいことだと気づきながら。