表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
標高差  作者: 赤坂九丁目
7/12

銀行の防犯カメラは、誠一の後ろ姿を捉えていたはずだ。しかし、誰も不審な目を向けない。スーツ姿の男と一緒だと、ごく普通の会社員の集金に見える。ATMで引き出された大金が、封筒に入れられ、誠一の鞄に納まっていく。その仕草には、もう慣れていた。


「いつもみたいに、頼むな」


男はそれだけ言って、オフィス街の雑踏に消えていく。誠一は封筒の厚みを確かめた。これまでで最も重い。電車に揺られながら、その重みの正体を考えないようにする。考えれば考えるほど、見えてくるものがある。封筒の向こう側にいる誰かの人生。誰かの苦しみ。


しかし、そんな想像は、現実の重みに負ける。先週、母に渡した仕送り。妹の塾代の補助。家計を支える自分の存在が、確かにそこにある。父との会話は依然として少ないが、少なくとも経済的な非難は消えていた。


「よくやってるよ」


上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をまくった男が言った。応接室のソファに座り、誠一は黙ってうなずく。机の上には、新しいスマートフォンが置かれていた。


「これからは、もっと動いてもらう」


男の言葉に、誠一は目を伏せた。組織の構造が、少しずつ見えてきていた。電話係。受け取り係。運び屋。そして、その上にいる人たち。自分が関わっているのは、その一部分に過ぎない。それでも、その部分が持つ意味は、痛いほど分かっていた。


銀座の雑踏を歩いていた時、誠一は警察官の姿を見た。交通取り締まりをしている父ではなかったが、その制服の青さが、胸に突き刺さった。父の背中を見る度に感じる重圧が、見知らぬ警官の姿にも宿っていた。


新しいスマートフォンbには、暗号化されたメッセージアプリが入っている。画面に届く指示は、以前より具体的になった。受け取りの時間、場所、金額。そして、相手の特徴。老人が多かった。男は、それを「ターゲット」と呼んでいた。


部屋に戻ると、机の引き出しに隠した封筒の束が目に入る。報酬は着実に増えていた。スマートフォンには、新しいアプリの通知が点滅している。暗号化されたメッセージの中に、明日の予定が記されているはずだ。


風呂場の鏡に映る自分の顔が、少し変わったように見えた。髪は美容院で整え、服もブランド物を身につけるようになっていた。外見は確実に良くなっている。しかし、目の奥に潜む何かが、違っていた。


新しいスマートフォンが震える。次の指示。次の場所。次の金額。数字の羅列の中に、誠一は自分の未来を見た。それは暗い光を放っていたが、その光から目を逸らすことはできなかった。むしろ、その光の中にいることで、妙な安心感を覚えていた。


枕元で、古いスマートフォンbが震える。母からのメッセージ。夕食の誘い。父が休みの日。誠一は既読スルーをした。制服の重みを感じる食卓は、今の自分には耐えられそうになかった。


新しいスマートフォンに、また指示が届く。誠一はその画面を見つめながら、自分がどこまで深みにはまっているのか、考えることを避けた。考えなければ、全てが普通の仕事のように思える。それが、最も恐ろしいことだと気づきながら。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ