十二
輸送車は、曇り空の下を滑るように走っていた。無線から断片的な声が漏れ、助手席の警備員が時折うなずく。ハンドルを握る運転手の目は、交差点の信号を追っている。その日常の風景に、突然の歪みが差し込むまでは、あと十七分。
誠一は建物の影で待機していた。拳銃の感触も、もう見知らぬものではない。警備会社の制服を着た男が近づき、小声で状況を伝える。耳元で囁かれる言葉に、現実感がない。実行役の配置。逃走経路。カメラの死角。データの上で見た情報が、生きた時間の中に溶け込んでいく。
白い車体が、角を曲がった。無線の声が急に大きくなる。何かがおかしいと気付いたのは、警備員の一人が不自然な動きを見せた時だった。誠一は直感的に悟った。組織の計画は、もっと深い場所まで及んでいたのだ。
閃光が、曇り空を引き裂いた。輸送車の周囲で、何かが起きている。無線が混乱の渦に巻き込まれていく。制服を着た男たちの動きが、突然無秩序になる。誠一は予定された位置から動けなくなっていた。目の前の光景が、まるで他人の夢のように流れていく。
その時、誰かが誠一の腕を掴んだ。強い力に引きずられるように、建物の陰に入る。掴んだ相手の顔を見て、誠一は血の気が引いた。眼鏡の奥で、父の目が光っていた。
無言のまま、制服の男に手錠をかけられる。誠一は抵抗しなかった。遠くで、サイレンの音が重なり始めていた。父の姿は、もうそこにはない。
取調室の壁は、無機質な白さを放っていた。机の上に置かれた新聞は、一面に組織犯罪の大々的な摘発を報じている。入れ替わる刑事たち。繰り返される質問。しかし、誠一の中で、もう言葉は形を成さなくなっていた。
父との最後の対面は、拘置所の面会室だった。厳格な背中は変わらないのに、肩の力が少し抜けているように見えた。誠一は、与えられた時間を無言で過ごした。話すべき言葉も、交わすべき視線も、もう何も残っていなかった。
投資詐欺組織の本格摘発。関係者数十名の逮捕。発表される被害総額。それらの数字の中に、誠一の存在は溶け込んでいく。夜の港で見ていた光は、こんな風に消えるものだったのか。
裁判が始まった。傍聴席に妹の姿はない。制服を着た父の姿もない。ただ、母だけが、小さく静かに座っていた。
検事は、誠一を悪逆非道と罵った。弁護士は、誠一を不運な前途ある若者と称した。
(違う、違う、違う)
手錠をかけられて以来、誠一にとって時間は止まったままのような気がしていた。だが、世界は決して歩みを止めない。
起立を命じられた。判決が読み上げられる。懲役十五年。言葉の重みが、誠一の中で、しっかりとした形を取り始めていた。誠一の心の中で、止まっていた時計の秒針が動き始める。今までと変わらない、選択肢の無い人生。深い穴の底で、誠一は天を仰いだ。闇になれていたはずの瞳に、もはや何も映らない。
(完)




