第98話 傷と荒事
成馬宮城近郊 ク海潜水艇ムラサメ艦内 消灯後
「それで、あの日宝引に現れたということか・・・。」
シロウの言葉にサヤはうなづいた。
サヤはユウジが滝に落ちた宝引の日のしばらく前に懐剣と椀を雷蔵に託していたのだ。
宝引に出されれば、懐剣と椀は必ずサヤが触れれば錆を落とす。
サヤは宝の保有者候補として城に上がれることになる。
ただ、その後の騒動で虎成城は燃え、今こうしてムラサメの中にいるのだが。
シロウの脳裏にナツキがムミョウ丸を連れて帰ってきた日のことが思い浮かぶ。
あの日の前にそんなことがあったのか。
瞳の光を失い、右手には笛、左手には年の頃は四つか五つほどの男の子の手を引いていた。
ナツキはどこで、虎河朔耶介と繋がりを持った?・・・・分からない。
あの、炎の虎成城の奥に消えた二人。
事の真相は容易に分かるまい。奴らの口から聞き出さねばな。・・・会いたくもないがな。
シロウは艦長席から大型拡張視界を仰ぎ見る。
雨音は止み、雨粒は皆丸まっていた。
「眠ってしまったわ。」
マチルダがそっと毛布をシロウの体の上にかける。
「無理もない。近頃いろいろありすぎた。」
ステラはまだ眠っていなかったようだ。左耳の耳当てを外している。話を聞いていたのであろう。
「殿方は皆どうされておられるのです?」
メルがサヤに寄り添いながらその左に座っている。
「少年組は部屋で寝ているみたいですわ。もっともグンカイ殿と魂座殿は機関室で酒盛りをしているみたいですが。」マリスも起きている。こちらは毛布で顔を隠している。
「ああ、あそこなら音が漏れなさそうので、私が父上を押し込めておきました。ついでにローラも。」
騒がしいのに酒を飲ませて、璃多姫もサヤの身の上話を聞いていてくれたみたいだ。
「大事な人は、帰りましたか?」
メルがサヤの膝に手を置く。優しく温かい手だ。
「まだ、お話はできていないけどね。」
サヤは、そのかわいいおでこに手を置く。今日の大騒ぎが嘘のように、穏やかな時間だ。
「明丸様の肩の傷、治して消しましょうか?」
メルが言う。
サヤは少し考えているようだ。
「ううん、この子が話せるようになって、聞いてみてからにする。」
やわらかい髪を撫でて、無茶をして、とっちめてやるんだと囁いていた。
「これから、どうされますか?」
「・・・うん。」
いろいろとありすぎてサヤは言葉が続かない。
「急がなくてもいいわ。サヤ、寝なさいな。」
マチルダは席を立った。サヤの右横に腰をかける。
この三人は長いことこのように寄り添ってきたのだ。
「サヤ、我々が明丸殿を見ている。大丈夫だ。粥も十分に用意できたからね。」
この船にある食料で粥を作り、明丸に与えることができた。おかげで今は満足してねんねしている。
「寝るのも大事ですよ。体を壊しては面倒を見れないでしょう?」
メルの手が優しくサヤのふとももを擦った。
「ウチ、この子を安全な所に連れていきたい。」
サヤがポツリと言った。
「アダケモノや、怖い兵隊のいないところ。」
「そうね。」
「でもね。」
サヤが俯いた。
「この雨の中、家を追い出された虎成中のお母さん達もそう思っていると思う。」
今の今まで、逃げること精一杯だったけれど。
「大元をなんとかしなきゃ、いつまでも逃げることになる。」
自分に何ができるか分からないけれど。
「自分の家族も、周りの人たちも笑って生活できたらいい。怖いのはいらない。」
「そうだな、怖いのはいらないな。なら、サヤ殿、少し休んだ方がいい。」
ユウジが立っていた。
「少し、水をもらおうと思ってね。」
ユウジは空いている席に座った。
「ゆっくり話す暇はあまりなかったけど、虎成は俺が取り戻すよ。」
「荒事は我の仕事ぞ。全部取るなよ、ユウジ」
若様、寝ていたんじゃないのか?




