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第93話 夕陽と香り

 アダケモノが、ムミョウ丸を見つけた。


 動きが変わったのだ。明らかに彼に向かって動く。


 そうそうに座長夫婦を手短に糸で絡めとり、放り投げるように転がした。まったく興味がないとうように。犬がおもちゃで遊んでいても、飼い主が餌を手に現れたら一直線に駆けてくる感じだ。


「逃げろ、逃げてくれ。」

 言葉にならない叫びが夫婦の頬をつたう。


 目もつぶれているから、見えてはいないのだろう。ただ、石の化け物にそんなものが必要だったのか?やつらはきっと、そんなものより確実に追いかけているものがある。感情の流れだ。普通であれば、恐怖や怒りであろう。しかし、ムミョウ丸はそういう感情をこのクモモドキに抱いていない。


 もっと、根源にあるものだ。魂の振動と呼ぶべきものか。


 それが何なのか、詳しくは分からない。ただそれが一番アダケモノが引き付けられるものなのだろう。

 

 言わば、感情などは魂が体を通して揺れた結果にすぎない。その大元をムミョウ丸はその濃い人生の中で普通の人間より、多く強いものを持っているのかもしれない。


 クモのアダケモノ。その尻に咲いた仮の石の花で疑似のク海を作りだしている。ク海の侵攻が多いこの地で荷車の奥に潜み仮死状態になっていたものが、僅かにでもク海の際を交差したことで目覚め、種の目的を果たそうとした結果がこれだ。


 ムミョウ丸。しかし、炎の懐剣を取り石の花を討ち果たした四年前とは違って幼くなりすぎた。


 二人は逃げる。鐘楼(しょうろう)の石段を駆けあがった。


 クモが追う。


 なんと見たくない光景か。子どもが人食いオオグモに追いかけられるところなど。しかも毛だらけのクモの上に首のない女の上半身を乗っけているのだ。おぞましき恐怖でしかない。


 逃げろ・・・逃げろ!その糸の届かないところまで。



 鐘を間に挟んで、二人と一匹は対峙する。


 ムミョウ丸は目を閉じて鐘に手を触れた。

「もうすぐ・・・サヤ!耳をふさいで!」


 何かを感じとったのか、クモモドキが糸を吐いた。

 同時に破邪の振動が鐘から鳴り響く。


 もんどりを打って、転げまわるクモモドキ。石の鎧が砂のように崩れ去る。

 夫婦に絡まる糸も音が溶かしてくれたようだ。


「現太が、そろそろ海星の涙(ステラマリス)を鳴らす刻限だったからね。」

 ムミョウ丸は大殿が鳴らす探信音(ピン)を鐘を使って増幅したのだった。


「まだ、生きちょるっ!」

 サヤが指を指す。左側の半身の足を失ったクモが上体を引き起こしていた。

 どうやら左半身を捨てて、右半身を辛うじて生かしたのであろう。


ーしぶとい。どうするか?-

 次の探信音(ピン)は、明日なのである。


 クモの口が開く。糸を吐く気だ。逃げられる距離ではない。


 あの穢れた糸を吐く!


 しかし、その糸はムミョウ丸に届くことはなかった。


 飛んだ汚い糸の束は、紅く燃える炎で燃やし尽くされていた。


「サヤ、もう大丈夫だよ。」


 サヤは懐剣を引き抜きクモに向けている。糸がムミョウ丸に向かった瞬間にムミョウ丸を(かば)ったのだ。


 二人とクモモドキの間。霧が晴れ、太陽が手を振る間際、紅く染まる境内(けいだい)に、その娘は立っていた。


 髪は短く夕陽よりも紅く燃え、異国の軍服を着た少女。


 振り向いて、にっこりと笑う。


 そして、その先には、長い藤色の髪。紫の服に銀の甲冑を(まと)う姿の少女。


「お怪我はありませぬか?」

 あの、甘い匂い。恋焦がれた甘い香りがする。

 少女は一礼してほほ笑むと、雷蔵のもとへ向かう。


 雷蔵のクモに貫かれた足を診るとそっとお椀からそっと水を傷口に注いだ。白い湯気が出る。

「おっおまっ、ふ、ふじ、お藤!」

 雷蔵が少女の肩を掴む。これは痛みの涙ではない。

「お藤っ、あんたっ!」

 お辰が、駆け寄ってきてその手を握る。もう顔はグシャグシャだ。

 少女の背が揺れた。サヤが飛びついて泣いているのだ。

 あの日以来泣いたことは無かったのに。


 その香りは本物だった。家族の匂いだった。


 紅い瞳の少女は剣を死にかけのクモに向けて言う。

「もう少しだけ、生かしてやるよ。やっと会えたんだ。今、ク海に消えられるのは困る。」


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