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第88話 月光と影

十年前、歷弩(れきど)の国 松栄山(まつばやま)城下 旅芸人一座の小屋


 黒髪の少年はたちまちのうちに、懐剣に虎を宿し仇花(アダバナ)を討ちとった。


 お藤の亡骸(なきがら)は座長夫婦と一座の者達が(ねんご)ろに葬ってくれた。


「さて、どうするね?」

 サヤは座長夫婦の前に座っている。あれから三日経っていた。ほぼ放心状態である。


 サヤは何もしゃべらない。

「これは貰えないよ。」

 女将さんは手紙と巾着袋をサヤの前に置いた。

「この手紙には、自分に何かあった時は、この袋の中の金でアンタを頼むって書いてある。火事の騒ぎでみんなを起こして回ったら、アンタ達だけいない。代わりに藤の寝ていた枕元にこれがあったのさ。」

 座長が煙管(きせる)を揺らしながら、空を見つめて言った。

「そりゃぁ、多分、お藤が奉公に上がってからのほとんどの稼ぎだ。お前さんが生きるために使いねえ。それが一番喜ぶだろうよ。」

 あの満月の夜、お藤はどんな気持ちでこの手紙を書いたのか。

 張り裂けんばかりの不安の中、一縷(いちる)の望みを託したのか。予感があったのか。


 サヤは手紙を手に取ると泣きはじめた。それはそれは思い遣りのある美しい字だった。

 温かい涙が垂れるとその文字はゆっくりと(にじ)んだ。

 

 女将さんは、そっとサヤを抱きしめる。

「ええわ、ウチへおいで。」

 それ以上何も言わなかった。


 その後、旅の一座は、松栄山(まつばやま)城下を旅立った。


 サヤを荷車に乗せて。


 そしてもう二度とこの地には戻らなかった。

 

 しかし、一座の者は気が付かなかった。


 一匹だけ花を宿した小さな小さな子グモが荷の中に息を潜めていたことを。


 それから一座はうまいことク海を避け、西へ、西へ向かった。朝御代(あさみよ)(みやこ)を目指したのだ。


 しゃべらないサヤを荷車に乗せて。


 一月も旅をした頃だ。朝御代(あさみよ)の国で一番大きい湖である海阿湖(みあこ)が見えてきた。都まではもう一息、御国言葉に都の匂いが混じり始めると土地柄だった。


 あの事件の後、何かと気にかけてくれたのは、黒髪の少年、ムミョウ丸であった。


 彼は、炎の懐剣で仇花(アダバナ)を討った後、それを上手く隠しサヤの元に戻してくれていた。


 なぜ、彼が懐剣を扱えるのかは分からない。


 元気のないサヤにいつも話しかけ、いろいろな話をしてくれた。


 サヤもムミョウ丸が話かける時だけ、少しづつ表情が戻るようになっていた。


 そして、それは満月の夜だった。


 湖のほとりで、輝く月が湖面に光の橋をかけるのを眺めていたサヤ。


 いつものように、懐剣は袋に入れて帯に差している。


 彼女が見つめる先には、ひとりの少年がいる。


 静かな、波の音だけが繰り返す湖畔(こはん)


 膝まで水に浸かった彼は、まるで満月の光の橋を渡っているようだ。


 彼は懐から何かを取り出す。


 サヤには見覚えがあった。

 

 忘れる訳がなかった。


 あの気が狂いそうだった炎の夜、ひと息の潤いをくれたモノ。


 サヤは思い出す。


 自分の震え以上にその背中が震えていたことを。心臓が波打っていたことを。


 その恐怖から守ってくれたのも、十七にしかならない少女(お藤)であったことを。


ーごめんなさい。怖かったね。姉様(お藤)。ー


 目をとじて、震えるサヤに少年はそれを差し出した。


「もう、帰ってきていると思うよ。」


 小さなお椀。


 そこには湖の水がすくわれ、揺らめくその内側には満月が落ち込んでいた。


 サヤはのぞき込む。


 その自分の影に寄り添うもうひとつの影があった。


ーありがとう。約束を守ってくれたのねー


 

「・・・藤は必ず帰ります。だから・・・」


ーもう、泣かないでくださいましね。ー


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