第84話 姫と謀
サヤの母方の祖父は久瀬揺の先代の当主であった。
しかし、その母、つまりサヤから見て祖母にあたる女性の身分が低かったため、扱いとしては重くは置かれなかった。有能な家臣である現在の夫と結ばれサヤを産んだ。一人娘である。
祖父の正室が現在の久瀬揺の当主を産み現在に至っている。
普通の大名の家なら何ら問題がない。
しかし、久瀬揺の威厳は姫に受け継がれる懐剣にある。
実は、炎の懐剣は人を選ぶのである。
性根の悪い娘は懐剣が抜けず、ひどい者は火傷をする者もいた。聖獣を呼び出すどころではない。
久瀬揺の家はこれを秘密とした。
一族の姫、もしくは当主の妻になる者に懐剣に認められる者がいなければならない。
空位は許されぬ。
普通、護り刀は生まれた時に授けられるものだが、火傷の恐れがあるため七つになった娘に刀を触らせて判断する慣習ができた。
次の姫が決まるまで、当代の姫は嫁には行けぬのだ。
それはお役目となった。悲劇も起きた。
そして、時を経るにつれ懐剣の秘密は家臣達に気づかれるようになる。
当然、それを利用しようと思う者等が生まれてきた。
自分の娘を当主の嫁に。心根の良い素直な娘を養女としてでも嫁に。
それはそうだ、当主の座より強い権威が手に入るのである。上手くやれば権力も握れよう。
そういう悪だくみが過去何度も働いた。
しかし、久瀬揺の家は何とか直系で繋いできた。
そして今、那岐の彩芭が南で蠢きはじめた。歷弩と那岐は美野世の国人領主を巻き込んで戦を始める。
国元が手薄になった。
当主の当代の懐剣の担い手である幼き姫が身罷った。
護り刀の加護は無かったのか?そうではない。
真実はこうだ。
本当に加護を受けていたのは、御台所だ。御台所は当主のいとこであり、久瀬揺の血筋だ。そしてその一人娘の姫も七歳になる。慣例に従い懐剣に触れさせねばならない。
我が娘しかいない。この娘が懐剣に認められなかったら他の家に懐剣が移る。
そこまで、追い詰められていた。
そして、姫は懐剣が抜けなかった。
しかし、両親は抜けたことにした。事実をごまかした。
本当は御台所が持っていて、姫のそばにいればいいのだと。
アダケモノを討つ加護は続くと。
ー那岐の国は、この時とばかり攻めてくる。ー
当主が戦に出かけているとき、ある家臣が告げる。
海の方からアダケモノが攻めてきていると、姫様、聖獣様のお力をと。
姫は懐剣に認められているということになっているのである。断れない。
事は急を要すると、懐剣を持つ姫は騎馬武者に連れられ駆け去る。
御台所は我も行くから待てと言うが、当主不在の折、その妻たる御台所が城を離れられない。
懐剣は力を発揮することは叶わない。
姫は帰らなかった。生きているのか死んでいるのか。
ー那岐の国は、この時とばかり攻めてくる。ー
謀をした者には、消えて貰わねばならない姫がもう一人いる。
先代の当主の孫娘だ。
身分が足りず、城下で暮らしているという。
計画が上手くいかず、那岐の国が当主を討ち滅ぼすことができなかった場合、姫無き今、その娘にも懐剣を握らせてみるだろう。折悪く七つになったという。
娘の父親は当然、戦に出向いている。
ならば、奪ったこの懐剣をその屋敷に忍ばせ、自分の娘をお役目にしたいばかりに事を企てたことにしてやろう。役人どもを使い押し寄せ適当なところで懐剣を取り出せばよい。
雑な仕事だが、今やあの御台所は・・・
ー那岐の国は、この時とばかり攻めてくる。ー
アダケモノが沸いたという偽の報せは、当主の陣に届いていた。そして姫が懐剣を持って事に当たっているという。あきらかに当主は動揺した。どうしても不安が拭えぬのだ。そのために歷弩の兵は押されていく。
ー那岐の国は、この時とばかり攻めてくる。ー
御台所は気が触れてしまっている。
それならば、彼の家から懐剣が出てきたことにしよう。姫がいなくなって一番得をするのはあの家だと。なぁに、証拠が出てしまえば、半狂乱の今なら始末せよと言うだろう。
しかし、謀をした者は甘く見ていた。
アダケモノなど、そうそう出てくるものではない。我らは生まれてこの方、この国でアダケモノに会ったヤツなどいない。頃合いを見て良い娘を見繕い、我が娘として送り込むまでよ。そのころは彩芭が殿を葬ってくれているだろうよ。まぁしくじれば、那岐の国に退けば良い。
ー那岐の国は、この時とばかり攻めてくる。ー
そう上手くいくものだろうか。
アダケモノの糸が城に巻き付いた。
那岐の国は、いくつもの手を使い、この時とばかり攻めてくる。




