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第81話 雨と氷

成馬宮(なるまみや)城近郊 ク海潜航艇ムラサメ艦内 消灯後


 雨がポツポツと降っていた。場の概念は今だに雨なのだろう。


 露嶽丸(つわたけまる)の自己申告によれば、排水量1000トン、全長80m、最大幅8mの涙滴型。動力は対消滅量子振動感情波増幅型。・・・主目的、脱出用潜航艇なのだそうだ。

 

 ムラサメの艦内には居住区と呼ばれる部屋が左右に二つあった。それぞれ十名が寝ることができるらしい。便宜上、右舷(みぎげん)側を女性用、左舷(ひだりげん)側を男性用とした。それぞれに便所、簡易浴室、収納があり、共有として、食堂、調理室、浴場、洗濯室などもある。二十人程度が共同生活できるようだ。


 しかし、一番の特徴は唯一、人間と宝が共に存在できる場所ということ。


 ムラサメはその外殻によって、ク海からの振動感情波というものを遮断している。つまりはこれにより、ク海が人間の感情を揺さぶり奪い去り、五感等の心身に影響する現象を防いでいる。

 しかし、この艦は、燃料自体がその感情波である。内殻においては、人間に影響しない程度に調整されており、ク海のその波を活動源としている宝は姿を現すこと程度はできるようになっている。


 つまり、この場所では、みな人間の姿で存在できるということ。



 サヤは艦橋にいた。


 モモが艦橋の広い所で休んでいるからだ。


 女性陣では明丸の取り合いがあり、寝かすならやはりモモの背中が良いのではということで落ち着いたのである。


 夜はもう遅く、消灯しているが全天型の大型拡張視界(フル・スクリーン)には雨粒の落ちてくる波紋の光が無数に弾けた。


 ステラとマリスは中央の艦長席の両側にある席で耳当てをして毛布を被っている。


「やあっと、会えたねぇ。」

 サヤは眠っている明丸の手を優しく握る。明丸が指を開き、握ったその時にはサヤの親指はその温かさに包まれていた。



「眠れないのか?」 

 シロウが立っていた。


「ほら、水じゃ。」

 シロウはサヤに水の入った器を差し出し、艦長席に座る。


 シロウは席に身を預けて、サヤの方は見ない。

「すごいものよの。ギヤマンの器にこれほど透き通った冷たい水。朝御代(あさみよ)の将軍さえも滅多に見ないはずの氷が入っている。風呂は栓をひねれば、たちまち心地の良い湯が出る。外はこれほど降っているのに、部屋の中は一切ジメジメとしない。いや、それどころか、夏の終わりだというに、涼しい。・・・快適じゃ」


 サヤは水は受け取ったが何も言わない。


「その子が、ムミョウ丸か?」


「・・・はい。」


 シロウがゆっくり水の器を傾けた。

「探していた人物なのか?」


「ええ、六年近く。」

 

 六年も、ひとつ、ふたつの年の赤子を探し続けるとはな。


 普通なら、頭がおかしいと思うところだ。しかしこの子は・・・。


「間違いはないのか?」

 シロウは水の器越しに天井の雨粒を見つめながら、静かに聞いた。


「ええ、ウチを(かば)って肩に()うた傷がある。そしてウチがこの傷を見間違えるワケはない。」


「・・・それは良かったな。」

 シロウはそれ以上口を開かない。


「サヤ様、お話してもよろしいのでは?」

「夜はまだ長いよ。サヤ。」

 メルとマチルダが立っていた。


 雨がポツポツと天から叩く。


 サヤもポツポツと口を開く。


 サヤの生まれは、この勇那(いさな)の国よりも遥かに北。


 那岐(なぎ)の国、その北の美野世(みやよ)の国を挟んで北にある国らしい。


 かつてその国は、南にではなく、北に広大な海を抱いていたという。


 その国の名は歷弩(れきど)、そしてその国もク海に呑まれていた。


 かつて、北の王として()を唱えた()の国もク海と敵国の間に滅びたと聞く。


 サヤが言うには彼女はその国の武士(もののふ)の家に生まれたという。


 家が崩れたのは、その父が南から侵攻してきた那岐(なぎ)彩芭(さえば)との戦に出ていた時の事だった。


 それが十年前、サヤ七歳の時。


 「その日、ウチは手習いに通い始めていて、屋敷に戻った時のことでした。」

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