第6話 刀と犬
それから三人は山道をひた歩いた。辺りはもう真っ暗だ。
幸い今日は満月が近いので道は何とか見えるが、逸れてしまえばとすぐ分からなくなるだろう。
「もう少しで、村に着きます。」
サヤがポツリと言った。
獅子谷村は山の中という話だが、場所としては寺からはだいぶん南に行った重家の領内としては比較的に標高の低い土地にある。
「片城、気づいているか?」
沖が少し寄ってきて低い声で言った。
「ああ、しかしオレには動物のように思えるが。」
「そうだな、鹿はいると思ってはいたが、他に追ってくる気配がある。」
「野犬かな。しかし妙だ。」
沖を見ると目が合った。月の光が瞳に差している。
「息づかいがない。」
二人同じことを言っていた。
「和尚が妙なことを言っていたらしいな。」
二人はそっと刀に手を添える。
「ああ、宝に触れた今日は、嗅ぎつかれねば良いがと・・。」
ユウジは思い出していた。
短い和尚とサヤのやり取りであったが、おかしな内容だ。
ユウジは「嗅ぎつけなければ良い」という内容を、盗賊などが聞きつけて追って来なければ良い・・かと思っていた。
しかし、和尚の言葉では、今日宝に触れたから、まるで臭いの残っているうちに嗅ぎつけられる・・・と受け取る方が自然なのではないか?。
我々はサヤが小走りで飛び出したため、土産も貰わずに獅子谷村に行くことになっている。当然食べ物など持っていない。
「・・・俺も似たようなことを考えている。」
沖はすでに鯉口は切っていて目配せをしてきた。
「サヤ殿、こちらへ。」
ユウジはサヤを自分の背に隠すと同時にガギィインと何か固いモノ同士がぶつかる音がした。
「なんだコイツは!」
沖が唸る。
三人の前に現れたのは犬だった。
しかし、月の光を背に立つその姿は、犬であって犬ではない。
鎧を纏っているようだ。
いや違う。鎧ではなくこの犬らしきモノの体自体が・・白い・・・石?のようなものか。
しかもいつも見ている犬達とは違う種類のようだ。まるで異国の犬のような。
「片城!こいつ固いぞ。初撃で刃が刃こぼれたっ!」
「犬ごときにか?」
「こいつは犬じゃない。形だけだ。」
沖が左にゆっくり進む。
ユウジとサヤをこの犬モドキの攻撃の軸からそらすためだ。
「サヤ殿。ここら辺にはあんなの、いつも出るのか?」
一応、聞いてみた。
「何言いよっと?あんなの初めて見たがねっ!」
初めましてらしい。
沖は刀を右横に柄を前に構えた。薙ぐつもりだ。爪や牙を避けるためだろう。
侍の刀を一撃で刃こぼれさせた固さなのだ。充分に気をつけねばただでは済まない。
犬モドキは、常に沖が正面に移動するため、やはりまず彼に照準を定めたようだ。
沖の目が座った。
足音はする。ただ白い石のような体の各部分が擦れ合ったりぶつかるような音はしない。
目を凝らすと、関節に黒い筋繊維の様なものが見える。先ほどの動きからしてかなり強靭なものだろう。
「沖、関節の黒い筋みたいなところは、狙えるか?」
「オレもそう思うが、いかんせん、こやつは疾いっ!」
言うやいなや、犬モドキが音も立てず沖に一直線に飛び掛かる。
一瞬で左脚に体重を預け、右に構えた刀の切っ先が拳一つ分ほど沈んで跳ね上がった。
「ちぃええええっ!」掛け声とともに、下から首をはね上げる。
ーガキンッー
武士としては聞きたくない音だ。
すでに沖は左に回転して避け、折れた大刀を捨て脇差を抜き放ち右わきに構えている。
刺す気だ。
「あごの下にも石鎧を仕込んでいるとはな。」
沖の右腕の袂が破れ、血が滴っている。
「犬に刀を折られ手傷を負わされるとはな。末代までの不覚っ」
沖の目が再び座った。
先ほどより、より深く、固く、冷たく。
「代われよ。」
ユウジは沖に静かに言った。
「誰にだ?」
「オレによ。」
「風車にか?」
「他に誰がいる?」
「黙れ、オレはのっぴきならぬところまで来ておるのだ。」
沖は深く腰を落として構えた。
「沖、まずこやつをどうすれば動けぬようにするか考えよう。理の外のモノようだ。心の臓があるかもわからぬ。では脳天を狙うか?ではあの額の面当ては邪魔じゃのう。柔らかいとこはどこかのう?サヤ殿、どこと思う?」
ユウジはいきなりサヤに振った。
「はっ?なんでウチにいきなり聞くと?動いとるんやから、何か食うんやろうし、口ン中しかないっちゃないと?」
「そうだな。それが一番確率が高いか。それにな、沖。不忠を働かんためには、全員生きて帰らねばならん。今は俺の大刀は健在だ。その脇差より分があろう。しかも貴様は手傷を負っている。それでも俺に敵を前にして刀も抜かさずに帰らせるつもりなのか?」
「・・・そうとは言わん。」
沖の瞳が揺れた。
「では・・・任せよ。」
そしてゆっくりと刀を抜く。
「離れていてくだされ。」
サヤがゆっくり離れ、ユウジは刺突できるよう刀を寝かせて構えた。
今度はユウジの目が座った。
深く、固く、そして熱く。
「待たせたな。」
ーガッー
瞬間。音が鳴り、ユウジの刀は犬モドキの口に中にあった。
口から真っすぐ首、胴を貫いている。
しかし、犬モドキはまだ動く。ユウジがねじ込む。その分、前脚が近づきユウジの腕を襲う。
ユウジは全体重を乗せて腰を落として前進し、踏ん張らせるために前脚を地につかせた。
しかしとんでもない力だ。保たん、これは保たんぞ。
ーガツンー
保たなかったのは刀だった。
ユウジは後ろに退き飛び、脇差を抜き放った。
ゴウッと折れた刀が刺さったままで突進してくる。
横っ飛びから目を突いた。
しかし
ーキンッー
「目ン玉まで石かよ!?」
刃が通らない。
しかし刀を呑んでいるせいか、前にもまして一直線にしか攻撃してこない。攻撃の軸は読める。
でもどうするか?
ーゴキッゴキゴキッー
「はぁっ!?腹ン中で刀を折りやがった!」
関節部分でユウジの刀を折ったらしい。
今度は左右に動き回り、前脚の爪による波状攻撃に変えてきた。
「おっ前、賢いのおお。」
脇差は欠け、腕の痺れは限界である。
今、攻撃を受ければ防ぎきれるか?足元がぬかるんで倒れた。まずい。
襲い来る刀が口に刺さったままの犬モドキのアゴを蹴り上げる。
「ちぃええええっ!」と声がして犬モドキが吹っ飛んだ。
沖が立っている。
「交代・・・と言いたいのだが、今ので折れた。」
脇差の半分から上が無い。
「オレのも限界だ。どうする?木の上にでも登るか?」
「ぬかせ。しかし黒いところは切れるようだな。」
確かに沖が先ほど払ったヤツの腹には折れた脇差の先が刺さり青い液体を漏らしていた。
「しかし、まだピンピンしとるぞ。」
二人は脇差を握りしめた。