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第62話 少年と虫眼鏡


虎成(とらなり)城 隠し通路 仇花(アダバナ)


 一人の少年が立っていた。


 年の頃は、十を一つ二つ超えたところか。緑色の髪でこの世界にはめずらしく眼鏡をしている。襟巻をして、上着には四つの留め金あり、異国の細い袴を履いていた。


 少年の見つめる先。


 ひとりの老いた僧侶が扉を背にうずくまって死んでいた。


 両の手を広げ、その手のひらは上をむき軽く握っている。


 まるで、誰かに手を取られているかのようだ。


 そして、眠っているかのようだった。なぜなら、その顔には苦しみの欠片(かけら)ひとつこびりついてはいなかったからだ。


「新ちゃん。僕には挨拶(あいさつ)もなかったんだね。」

 少年は淋しそうに言う。


 少年には彼の流した血がこびりついていた。



 少年はいつもこの老人といろいろなものをのぞき込んだ。


 手相、顔相、草花から書物、宝もたくさん見たな。笛やお椀に懐剣、槍、風車。アダケモノもたくさん見たな。そっちは焼いてやったけど。


「新ちゃん、僕といつも一緒だったね。」


 だから、話す必要はないと思っていたんだ。だって何十年も同じものを一緒にのぞき込んでいたんだから・・・とつぶやく。


 新ちゃんは僕を通して世界を見ていた。僕を頼りにしてくれていた。


「でも、人間って言葉にしないと分からないってことあるんだね。」

 少年は静かに老人の前にしゃがみ込む。

 

 そして、いつも彼の手をつないでくれていた手にツト触れる。

「大事なモノをこの手に(つか)み直したかい?」

 少年は返ってこない質問をしてみた。


 沈黙の中に二人の笑顔があった。少年と老人。


「じゃあ、その大事なものは僕と交換なんだね!」

 吹っ切るように、自分を納得させるかのように少年は立ち上がる。


「驚いたな。こんな僕にも感情が芽生えるなんてね。」


「話せるうちに、たくさん話せばよかったかな。」

 少年は先に逝った老人を想う。


 これは何という感情なのだろう。後から想う・・・。


 見つめる先には、石の花があった。半分、溶けている。

 しかし、花は生きていた。


「なぜ、我が友がお前を焼き殺さなかったか、僕には分るよ。」

 少年は血まみれの虫眼鏡を取り出した。


「彼は、お前の根元に二つのものを見たんだ。」

 床下に飛び降りた。仇花を踏むが反応がない。


「一つは、この根の状態。蔓延(はびこ)ってとぐろを巻いているから遠目では分からないけど、この根の太さと位置、角度だと、この城の地中の中心を通ってここまできているに違いないよね。おそらく堀、城壁及び基礎部分を破壊して進入している。虎河(こが)の大将は、万が一仇花(おまえ)が討たれた場合は城ごと崩し勇那(いさな)の兵を地中に埋めるつもりだったんだろうね。ましては、あのサヤという女の子が逃げる先は地下の洞窟、焼いていいハズがない。」


 だから、死を覚悟したんだ。


 だから、子どもたちだけ逃したんだ。


 だから、最後の一撃をずらしたんだ。



 少年の眼鏡は根元であるものを拾っていた。着物の切れ端である。


 二つ目の理由。


「これは、彼と僕が長い時間を費やして追ってきたことに係わること。この持ち主の魂がきっとお前に飲み込まれている。」


 仇花(アダバナ)は大人しく話を聞いているかのようだ。


「彼はこういうのを傷つけずに観察したかったんじゃないかなぁ。」


 そして相手が悪すぎて、うっかりやられちゃった感じだと思う。


 新ちゃんは、いつもうっかりなんだ。少年は思い出す。


 あれだけ苦しんだ人生が、ついうっかりだよ。人の一生って理不尽なんだね。


 思いもつかないところでいきなり終わる。


 たくさん何か持っててもそうでなくても、偉くてもそうでなくても。


 不幸だらけでも最後は幸せに、そしてその逆も。


「じゃあ、本題は誰がなぜ飲み込まれてたかだね。」


 なおも、少年は花に語りかける。


「これは、あの笛を持った美しい女性(ひと)の着物の柄と同じ。」


 彼は虫眼鏡を仇の花一番太い所にかざす。


 彼はそこに何を見たのか。



「笛はもっていないんだね。ここまでして貴女(あなた)は・・・・。」



 炎はもう部屋中に回り、天井はもう見えないほど。


 その中で観の星王(少年)は石の花を見つめている。



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