第60話 愚僧と白波
間諜
いろいろな姿に身をやつし敵国に忍び込み情報を集める者。
それは、彼の性には合っていたのかもしれない。
一応の心得を得るとその才は芽を出した。
もともと,陽気な性分で人当たりも良い。酒も大好きで、こだわりはない。観の星王を片手に人々の手相などをみれば、おのずと人気を得る。新三郎は何年も何年も旅の中に身を置いた。
そして、とある組織の存在に行き着いた。
この世界には四鬼もしくは識と呼ばれる者たちがいるらしい。
この朝御代という島国全体の裏で蠢く忍びの集団なのだという。各大名に取り入り戦況を有利に導く忍びの者たちの集団はいくつかある。その中でも伝説と語られる存在であった。
新三郎は細かに細かにその情報も集めていった。酒を飲み、人と触れ合い広く、広くいろいろなところを旅して回った。そして、勇那の国に仇為すと見極めるとできうる限りの調べを兄に伝えていく。しかし、いつのまにか一番の目標はその四鬼とやらの存在の足取りを追うことになっていた。
四鬼には四つの流派。いや取りまとめる家と党があるらしい。
武芸に秀で、荒事を得意とする蘇芳党。
民の間に潜み、諜報にかけては他の追随を許さぬ浅葱党。
技術に深い造形があり武器などの流通の裏にいるという縹党。
そしてその三党を取りまとめ差配するという澄美家。
澄美家を中心にまとまっているが、蘇芳、浅葱、縹の三党には交流がないらしい。
しかし見事な手腕だった。どの家も仕事の痕跡などほとんどない。しかし、この者らは確実に朝御代の国で起こる重要な出来事、戦の後ろにいる。直感でもある。新三郎は観の星王で読み取れることがあって、やっと点と点をつないでいくことができていた。
長い年月を過ごすうち、修行も修め新三郎は名をジカイと改め僧となっていた。
そして、痕跡と情報を追って回るうちにひとつの場所に行きついた。ここでは、蘇芳党と浅葱党の存在が濃厚だと踏んでいた。
勇那の国、天巫女城・・・それが件の場所だ。
天巫女城が落城し、ク海に沈んだ今は虎成に戻りいまだに調査をつづけていた。
天巫女城の関係者の中に蘇芳と浅葱の頭目がいるはずだ。ジカイはそう確信していた。
父、勇那守が重臣の魂座家と新参者の片城家に無理に縁を組ませた理由。
天巫女城が落ち、片城のセガレが討ち死にした時に切腹まで迫られた裏の理由。
「まぁ、誰であるかはもう分るがな。しかし本人らに聞いたところで死んでもしゃべるまいて。」
虎成城 奥の奥 秘密の逃げ口 扉前
ジカイは鉄の扉を背に立っている。
その姿は暗澹たる雲を抜け出るように旅立った青年の日のジカイである。
「ワシ結構モテるんだがなぁ。」
ジカイは自分の頭をなで、その黒く艶やかな髪に触れたとき、ほほ笑んだ。
「あな、嬉しや。」
ジカイは観の星王越しに仇花を観る。深くうなずいた。
「のう、石の花よ。答えてはくれぬか?誰の魂を喰らって咲いたんじゃ?」
仇花は、根を持ち上げた。同時に複数のそれがジカイを襲う。これが答えだ。
「ふん、灰は尽きたかよ。」
ジカイは袋に残った最後の灰を巻く。光線が乱れて宙を舞う。焼けなかった根がジカイの右肩と右太ももを鉄の扉に縫い付けた。
「ううぅおぁぁぁあ」
ジカイは縫い付けられた足で仇花の根を踏みつける。後ろからはサヤが扉を叩いて叫ぶ声がする。
「フフ・・・命とは、半端なところで尽きるもんじゃのう。まだまだじゃのに。」
血が滴る先を見つめる。
「しかし、人間、いつ死ぬとしても、まだまだ、これから・・と悔やむのかもしれんの。」
観の星王はまだその手に握らている。その主人の血を滴らせながら。
「へえっ。ここらで・・・、ここらで、観念して託すかのう。」
ちらと後ろの鉄の扉を見た。
「仇の花よ・・・。だんまりもいいんじゃが。」
震える手で観の星王はその焦点を石の花の真ん中に定める。
「ワシのささやかな願いを聞いてくれんか?・・・それはの。もう二度と幼子が腐った牙にかからぬようにすることじゃ。心配なく遊べる虎成を取り戻したい。それだけじゃ。」
仇花もゆっくりと正面をジカイにむける。
「そなたの根元に巻き込んだ着物。・・・ナツキのものじゃろ?」
棘をはらむ根の一撃。これがこの花のバカの一つ覚えなのだろう。
瞬間に観の星王は煌めきを放った。
サヤは見ていた。
扉の向こうからいきなり飛び出た仇花の根に血が伝い、そして力尽きるのを。
そして、モモの背で気を失っているシロウのうなじにある紋章が光り、二人の女の子の影が扉の向こうに消えていくのを。
どこまでも続く花畑。
ひとりの青年が、二人の女の子に囲まれうずくまっている。二人の女の子はそっと青年の手をそれぞれに手にとる。
「死に際に現れる神というものは・・・もっと怖いものだと思っておったぞ。」
青年はうつむいたまま少女たちに話しかける。
「兄様、痛かったでしょうに。」
「なんの、あんな花の棘、ちょっと刺さっただけじゃ、何のことはない。」
青年は強がりを言う。
「いいえ、私たちのことで兄様はずっと心が痛かったのでしょう?」
初めて青年はうつむいた顔を上げた。
青年は見た。これが己の守りたかったもの。そして悔いの根元。故郷とこの優しい幸せを自分も守れるようになりたかったのだ。いつまでも、ともに笑えていられたら良かった。
「懸命に生きてみたのだが、ワシはお調子者だから・・・上手くできず・・・。」
「そんな兄様が大好きよ。」
「だって楽しいんだもの。」
二人の妹はそっと青年の背中を抱きとめてくれた。
「温かいのぉ、そなたらの手ぇは、ほんに温かい。」
「さぁ、兄様、次の船に乗せてもらいましょう。」
「岸までお送りいたします。」
両の手を取られ青年は歩きだす。
「そなたたちは行かぬのか?」
青年は離れたくない。
「私どもは、兄様方に託されたものを見届けてから参ります。」
「そう、子どもの背中で。」
青年は少しうつむいた。しかしすぐにこう言った。
「最後まで、機嫌ようせんとな。兄上がそう言っておった。」
どこまでも続く花畑で、三人の笑う声が遠くまで聞こえた。
また、船が来る。白波を蹴って「レダ」という名とともに。




