第59話 酒色と間諜
燃え落ちる虎成城 奥の奥 秘密の逃げ口 扉前
ジカイ
元の名を重 勇王 新三郎。
64年前、当時の重家の三男としてこの虎成に生を受けた。4歳上には、兄で嫡男の現太郎がいる。末の子として伸び伸びと育った。
しかし、長じてそのお調子者が災いしたか、我儘が影響したか、ある事件をきっかけに城を抜け出しては遊び惚ける生活を始める。そのうち、悪い取り巻きを侍らせ始めた。酒色に溺れだんだんと手がつけられなくなっていく。
16歳のある日、城下の往来にて、取り巻きのひとりが若い娘にちょっかいを出した。皆、殿様の三男坊のすること、怖くて何も言えない。遠巻きに見守るだけである。
もう、すでに立派なゴロツキと成り下がっていたのだ。
皆が恐怖する嫌な空気が流れていた。
しかし、そのゴロツキども次々に素手でなぎ倒していく者がいる。
酔っているとはいえ侍、しかしまるで木の葉のように舞っていく手下達。
いきり立つ新三郎。しかし、瞬間、頬を張り飛ばされ水たまりの泥にまみれた。
「しっかりせんかっ!新三っ!」
重臣、魂座家の長女、陽弧であった。
2年前、二人の妹が賊に攫われた際、兄とともにク海に踏み込んでくれた幼馴染である。
この2年行儀見習いとして他所で修行をしていると聞いていた。
新三郎が身を持ち崩した原因は、己の不注意で妹二人が攫われク海において帰らぬ人となり発見されたことだ。
あの時の兄の泣き崩れようはなかった。
己がしっかりと妹達をみていれば、しっかり手をつないでいれば。戦の混乱の中、国主の家族が狙われることは多いとはいえ、14歳の少年の心は張り裂けんばかりであった。
「お前はそこまでかあっ!」
胸倉をつかまれ反対の頬もぶたれた。
少年は自分の心の中にある憧れに近い感情に初めて気づくことになる。
夕日の中、水たまりが散らばる雨上がりの空の下、白い鶴のような肌、輪郭が溶けてしまいそうなほど美しく映える瑠璃色の髪。そして何事に負けない強い瞳。
その日以来、新三郎の素行は変わった。
しかし、しばらくして新三郎は聞き捨てならない話を聞く。
魂座のところの天巫女が嫁に行くそうだ。しかも、相手は片城とかいう新参者らしい。
新三郎は、当時の勇那守、つまり父に詰め寄った。どうして陽弧を片城などに嫁に出すことを認めたのか、重の家に嫁に貰えぬのか、いや己にくれと。
父の答えは小僧にはもったいない。片城のセガレは陽弧と釣り合う。あきらめよと。
二人の晴れ姿を見せられ、心は血と溶岩を合わせて飲んだ。
そして、30年前、虎成で一軍を指揮する将となっていた時、天巫女城が那岐の彩琶の急な南進により孤立、落城寸前との報が入った。戦況を鑑みるに動ける部隊は新三郎の隊しかなかった。直ちに父、勇那守から救援に急ぎ向かえとの指示出る。それに従い、天巫女に向かう新三郎。天巫女城を守るのは、魂座一族と姉婿の片城神鹿郎の一党である。
しかし、新三郎は途中で部隊を止めてしまう。
原因不明の体調不良だという。
部隊を割く余裕はないし危険であった。時間にして二刻、しかし決定的な遅れであった。
結果、天巫女城はすんでのところで落ちなかった。しかし、正体不明の化け物の襲撃も同時に受け、城主、魂座現八郎とその娘璃多姫、姉婿の片城神鹿郎が討ち死にしたという。今思えばこれはアダケモノの襲撃でもあったのだろう。嫁に行った長女が薙刀を振るって城を守っているらしい。
結局、新三郎は間に合わなかった。
当然、新三郎は責任を問われた。一種の裏切りであるとまで言われた。父、勇那守の怒りはすさまじく切腹をせよという勢いだったのだ。
そこで、兄、現太郎があの手この手でなだめてくれた。最後には、新三郎の持つ観の星王は類稀なる宝であり、失うには惜しく、自分が面倒をみるので身分は はく奪されても、命だけは取ってくれるなと懇願するに至った。
そして兄の元に預かりとなった。
しかし、天巫女城を見殺しにしたという評価はついて回った。切腹からお情けで生かしてもらっていると。
暗澹たる日々であった。
ある日、兄の現太郎がやってきて茶をともに飲みながらこう言った。
「新三よ。我のために外に出てみんか?」
その日以来、虎成城に新三郎の姿はなくなった。
髪を下ろし、僧の姿をした間諜になった。




