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第5話 少女と村


「和尚さま、ウチは自分の名前はサヤとだけしか知らんが。」


「そうよな。だから獅子谷村(ししやむら)のサヤ殿とお呼びしたぞ。」

 鑑定の時、この少女にだけにどこから来たかと(たず)ねたのはこの為らしい。


「だがの、何も武士でなくとも名字はあるのじゃ。そなたにも、もちろんある。しきたりに従い()せておるうちに分からなくなった家もあるからの。そして伏せたままの方が良い場合もある。」

 和尚がサヤに目配(めくば)せをした。


「この国の人の名前の仕組みは、名字 (みょうじ)氏名(うじな)(とう)() じゃな。」


(うじ)()など、よほどの名家(めいか)でないと分からないではないですか。」

 沖が()みついた。


「それが分かるのよ。宝は正確に指し示す。仕組みは知らんがな。」

 ジカイ和尚はまたゆっくりと茶碗を傾けた。


「それでな。宝がどこまで所持者の名を明かすかによって宝の力が変わりよるのじゃ。言葉を変えると宝の力を引き出すのに段階があるということじゃな。」


「宝にどれだけ認められるかということですか?」

 ユウジが問う。


「それだから、その認められ具合により、宝の等級を区別しておる。まず、錆を落とせるだけならば『宝』じゃ。まぁ丈夫さは段違いじゃがな。次に宝が自身の名を教えてくれたのなら『メイ宝』と呼ぶ。この段階からその宝ごとの特殊な力を使えるようになる。その後に現れるのが、通り名じゃ。これで『シ宝』となる。能力が増えたり、強力になったりする。そして名字が見えたのなら、それは『カ宝』じゃ。このあたりになるともはや、手に負えん。そして氏の名が見えるようならそれは『コク宝』となる。ひとりで国の切り札にもなる力がある。」


「なんと・・・では、我らの名字が分かるということは・・・」


「そう、三人は少なくとも、『カ宝』の持ち主ということになる。」


「手に負えない力とは・・」


「だから慎重(しんちょう)になる。判別できぬ力が暴発せぬよう。何も口に出すなというたのじゃ。」


「そういうことか」

 三人はなんとなく理屈が分かってきた。


「それとな、人の名前にはもう一つある。(いみな)じゃ。実名(じつめい)のことだの。これに関しては、このメガネでも見えん。だが通り名の後ろが光るから存在はわかる。この名は真名(まな)であり魂の名じゃ。天が与えたもうたもの。もしこれが他人に知られたならば、たちまち命を失う。これを『ヒ宝』と呼んでおる。」


「もし、間違って読んじゃったら・・・」

 サヤがおびえている。


峰打(みなう)ちくらい優しいじゃろ。『ヒ宝』だけに悲報(ひほう)になる。なんちゃって」

「和尚様!真剣に聞いてたのにっ」

 サヤが頬を(ふく)らませた。


「まっまあともかくじゃ。たかが名前と思ったであろう?大人が適当につけたものと。しかしじゃな。言葉とは言霊(ことだま)。呪いの側面も持つ。名とは人に最初に贈られる呪いでもあり言霊でもある。人は死んで、血肉が無くなり骨が散ってしまっても、名で数えられ名において思い出されて残っていくものじゃ。そして本当の魂名(こんめい)は天の川を泳いで何度も天の試練を繰り返すと聞いておる。」



 ジカイ和尚によれば城のお殿様に今日の結果を届けて、宝を所持する許可は七日ほどかかるとのことだった。そこで、今日のところはそれぞれ家に帰ることとなった。


 ユウジも帰ろうと本堂を出ようとすると和尚がサヤを引き(とど)めていた。


「サヤ殿、これから村に帰るのなら夜更(よふ)けになってしまう。用意をするから泊まっていきなされ。」


「和尚様、とてもありがたいっちゃけど、病気の婆ちゃんが心配やから帰るわぁ。」


「ふむ。しかし獅子谷村(ししやむら)はク海に近くなってきておるからのう。心配じゃ。」


「ウチは()れちょっから。」

 サヤはにっこり笑った。


「いや、今日の今日宝に触れておろう。()ぎつかれなければ良いが。」


「だぁいじょうぶよぉ。ありがとごぜぇました。」

 サヤは履物(はきもの)をつっかけると、小走りに()けていった。

「こっこれ!待ちゃれ!待てというに!」


 なかなか人の話を聞かない元気な娘のようだ。もうそこら辺りにはいない。


 さすがに、娘の夜歩きはいただけないなと思いユウジも駆け出す。


 獅子谷村(ししやむら)はここから南東だ。走り出すと意外と早く娘の後ろ姿が見えた。ウキウキ歩いているようだ。


「ウチが宝持ち、ウチが宝持ち。」


 自分が宝持ちって、普通に危ないよな。

 盗賊や追いはぎは結構いるんだぞ。とユウジは頭を抱えた。


「婆ちゃん、婆ちゃん、薬、薬。」

 サヤはピョンピョン()ねている。


 婆ちゃんの薬か…仕方ねぇな。

「サヤ殿!」

 サヤがくるりと振り返る。

 年の頃は十五、六。ユウジと変わらない。目元は涼し気で、まつ毛は長い。日には焼けているがスッと薄く美しい桜色の唇にユウジは思わず息を呑んだ。


「あれ、お前さまは・・・風車(かざぐるま)のお侍さま・・」

 風車は余計だ。でもそういう印象だろうなとユウジは苦笑(にがわら)いした。


「ウチに何か御用(ごよう)でしょうか?」


「ああ、いや、申し訳ないが先ほどの和尚とのやりとりが耳に入ってしまって。獅子谷村(ししやむら)は遠い。お送りしますよ。」


「えっ?それは、あなた様に悪いですよ。」

 サヤは困惑(こんわく)しているようだ。


「自分は宝を持っているって口ずさむ娘さんがひとりって危ないですよ。」


 サヤはすーっと目を横に流すと

「やだ、恥ずかしい。聞かれちょったんじゃ。」

 (たもと)で顔を隠した。


 しかし

「でも、結構です。ご迷惑になります。」

 きっぱりと断った。


「では、オレも一緒に送ってやろう。」

 男の声がした。


「沖!」

 いつの間にか沖が二人の後ろに立っている。


「なに、オレも獅子谷村(ししやむら)と聞いて、少し気になっていてな。和尚に事情を訊くとあまり良くないことだと思って追ってきた。」


「しかし、お侍様方にご迷惑は掛けられません。村に行ったら夜更けにどうされるおつもりです?帰られるとですか?」

 サヤは心配してくれている。いや追い返そうとしているのか?


「いや、その辺はどうとでもなる。それよりは、我らは宝の所持者候補だ。影響力を持つ存在、国としても必要な人材になるという可能性がある。ここで何かあれば、お上に対しても不忠(ふちゅう)。我等のような武士ならば身を守れようがあなたは違うだろう?」


「そうやけど・・・」

 サヤはうつむく。


「それにな、美しい娘にお調子者の風車侍(かざぐるまざむらい)がついていく方がよほど危ない。」

「お調子者・・・風車…オレか!」

「お前以外いるか?」

 腰の刀に手置いている。


 ヒグラシが鳴いている。もうお天道様(てんとうさま)は店じまいをするだろう。


「わかりました。今夜は家に泊まっていってくだせえ。狭いっちゃけど文句とケンカはなしですよ。」

 サヤが観念(かんねん)したとばかりにため息をついた。


 どうすっかな。どっかで適当に・・・。


 サヤのつぶやく声が聞こえたユウジは、寝場所(ねばしょ)とか迷惑にならねば良いがと思った。


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